3-2
ちゆりさんがおっちょこちょい、というか落ち着きはあるものの結構そそっかしいのは知ってはいた。
「くしゅっ」
肌寒さからくる、くしゃみ。
現在の俺は、というと全身ずぶ濡れである。まあ、その対価にちゆりさんを守れたことは誇らしく思う。というか、思っていないとやってられない。
「ご、ごめんね! わたしのせいで智也くんに被害がっ」
「いえ、大丈夫なので……その、離れてください。服、濡れちゃいますよ?」
慌てふためくちゆりさん。可愛い、非常に愛おしいが呑気に過ごしている場合ではない。
「着替えは、あったり……?」
「ないですよ。事前に水遊びをするってわかってるなら、持ってきてたかもしれないですけどね」
「うっ。そ、そうだよね」
本当にごめんなさい、とわかりやすくシュンとなってはいるが別に怒っているわけじゃない。
倒れる寸前、彼女の腕を精一杯引っ張ることでちゆりさんはびしょ濡れになることは免れた。代わりに俺が犠牲になったけど。
……あの時は本当に必死で、今更ながら驚きに満ちている。まさか日々の部活動が筋肉となって女性一人を引っ張れるなんて。
「とにかく、ちゆりさんが水の中に落ちなくてよかったです。水温、ちょっと冷たいので」
五月とはいえ、これは泳げるものじゃないな。長く浸かるなんて狂気の沙汰だ。
「くしゅんっ……はー」
ああ、思い返すだけでも身体に悪い。
「寒いよね。あ、タオルはないけどハンカチなら!」
「……ボケですか? さすがに小さすぎますよ」
「そうだよね。でも、このままだと風邪引いちゃう。どうすれば……」
携帯はなんとか生きてる、から最悪助けを呼ぶことは出来る。財布の二枚はおじゃんとなったがあとは問題ない……いや、中学生の小遣いとしては痛手ではあるが仕方ない。
定期券は、わからないけど、どのみちこの格好でバスに乗るのは避けたいかな。常識的に。
「ちゆりさん、俺のことは気にしなくていいので滝、楽しんでください」
「そういうわけにはいかないよ。ちょっと待ってね、今、調べてみるから」
女性らしいスマホケースを片手に、彼女は真剣な面持ちでスマホと向き合う。どうやら何か調べている模様で。
「あった。えっと……うぇ⁉」
そして、検索の結果。なぜか、ちゆりさんは顔を真っ赤にしていた。
「ちゆりさん? どうしたんですか」
「あ、えっと……そのぉ。簡単に温かくする方法を調べてみたのだけど、ね」
歯切れが悪い。
一番簡易と言えば、自然乾燥が手っ取り早いと思うが……にしても、こんな赤くなるだろうか。
「……そんなにオドオドすること、なんですか?」
「えっ、ええっとね。……うん」
そりゃ率直な、素直なご返答で。
「なら、別に無理しなくていいですよ。これくらい放っておけば自然に」
「それはダメだよ‼ ……あっ」
彼女による大声の後、不穏な空気感が流れる。
赤面から軽い怒りへ。表情豊かというか、こういう面ではちゆりさんに限らず女性という別の性は異次元だと思う。言わば、わけがわからない。
「……ごめんね。その、嫌かなって思って」
「嫌、とは? ……話が見えませんね。想像力が高いのは悪いことではないと思いますが、ある種、都合よく勝手に解釈されるのはあまり好ましくないです」
「うっ、そうだよ、ね。ごめんね」
ダメージ、ヒット。
あぁ、なんとなくわかってしまったかも。ちゆりさんがそうまでして頑なに拒む理由というか。仕草について。
「あ、あの! もし、もしも、だよ? 智也くんはわたしにハグされたら嫌、かな?」
沈黙。静寂。無言。
初夏の風が木々にぶつかり、揺れる。その静かな効果音だけでたっぷりと時間を割く程度には俺の思考が停止していた。そして、息を吸う。大きく。
「嫌……なわけないでしょーが‼」
阿呆みたいに大声で放った。ついでにこの際だからら想いも馳せて。
「以前も言いましたが俺はあなたのことが好きなんです。異性として! まだ未成年の上、中坊という餓鬼なのは自分が一番理解してます、でも!」
「智也くん……」
ちゆりさんへも想いは誰にも負けない自信がある。あのヒロ兄だって、認めてくれたのだから。
「だから俺、もう我慢しません。少しずつ、時には大胆にいきます」
「っ、それはどういう――っ⁉」
ちゆりさんの携帯が地面に落下する。
おそらく彼女は今、驚きの感情に満ちているのだろう。俺が、躊躇いもなく……否、震えた手で抱き付いたことによって。
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