げんじー

 その日の深夜。

五人は例の建物の近くにある公園にいた。


「よし。それじゃ泥棒するかー。大和、準備はええか?」

「だいじょぶです」

「ほないくで~。それ」


日向が指パッチンすると同時に、日向と大和は勇者の剣の目の前にテレポートした。


すぐさま大和が指先で剣身に触れる。

途端に勇者の剣は本来の姿を取り戻した。


ふと、大和はケースに展示されていた持ち手側の方を見てみた。

分かっていたことだが、跡形もなく消滅していた。


ミヤネルさんブチギレそうだなと思い、苦笑した。


視線を剣に戻し、グリップを掴み、引き抜く。

剣はなんの抵抗もなく、するりと抜けた。


それを確認した日向がまた指を鳴らす。


二人は、けいたちのいる公園にテレポートした。

大和が手に持っている剣を見て、けいが感激する。


「おぉ! スゲー! それが勇者の剣かー。ちょっと触らせて」

「いいですよー」


大和から剣を受け取ったけいは、思わずにやけた。


「これ凄いな。……うん。凄いわ」

「どう凄いんですか?」


「なんか、この剣自体が持ってる力みたいなのが伝わってくる」

「んー俺にはあんまり分からなかったですけど」


けいは大和に剣を返した。

大和は改めて剣を眺めてみた。

白い、綺麗な剣だ。


「それ使ったら大和でも勝てる魔物がいるかもね」

「おー! だったらあのワンちゃんにリベンジしたいです。ん? どうしたんですか天音?」


天音がスマホの画面を見つめたまま固まっている。

そして呆れたような表情を浮かべ、画面をけいたちに見せた。


「なに? ……は!? げんじーが脱獄!?」


画面に映されているのはネットニュースの記事で内容は、

「コードネームコザクラを育て、結果として魔王を生んだ大罪人島崎玄柊しまざきげんとがシグロ・ゼラクの協力で脱獄した」

というものだった。


「なにやってんだげんじー……」

恭介が呆れた様子でため息をつく。


「げんじーさんって確か反魔の書を作った人でしたよね」


「そうそう。ん? ちょっと待って。げんじーの脱獄に協力したこの人って……やっぱりおっちゃん!?」

けいが驚愕した。


「知り合いですか?」

「えーっとね、行きつけのバーのマスター。ついこの間、旅立ちの日に会ったばっかりだよ」


「行きつけのバーって、年齢的にお酒飲めないでしょ?」

「酒飲みに行ってたんじゃないよ。おっちゃんと話しに行ってただけ」


「はぁ。それで結局このシグロ・ゼラクさんって何者なんですか?」

「元国際魔法連合事務総長」


「え!? 国魔連のトップだったってことですか?」

「まぁそんな感じ」


「そんな人がなんで日本でバーのマスターを?」


「先生を擁護したせいで猛批判を受けて、役職を解かれたの。んでなんか余生を穏やかに過ごしたいとかなんとかで」

「なるほど」


突然、後ろから話しかけられた。

「よぉ。この前ぶりだなクソガキ」

「!」


五人とも話しかけられるまで、全く気配を感じ取れなかった。


大和はともかく、他の四人に気づかれずに接近することができる存在など世界にも数えるほどしかいない。


反射的に振り返ると

「……あーびっくりしたー。噂をすればってやつだね。この前ぶり、おっちゃん」

シグロ・ゼラクが立っていた。

「だからマスターだっつってんだろ」


「元気そうだね」

「お前もな」


けいとシグロは互いに微笑んだ。


「あんたがシグロ・ゼラクか。なぁ質問してもええか?」

「なんだいお嬢ちゃん?」


「対応が違いすぎる」

けいがつまらなそうに愚痴る。


「なんでげんじーを脱獄させたんや?」


「わしにもやらなければならんことができたからじゃ」

再び、前触れなく後ろから声が聞こえた。


「うぉ! 居たんかい!」

振り返るとげんじーがいた。


「久しぶりじゃのー。ん? 日向は確か今年で九歳じゃなかったかの? あれ?」

げんじーは日向の姿を見て困惑した。


「そのくだりは何回もやったからもうええわ」

「んーそうか。まぁみんな元気そうで良かったわい」


「玄柊、悪いがあんまり悠長にしてられないぞ」

「分かっとるわ。じゃあ単刀直入に言うが、その剣譲ってくれんかの?」


げんじーは大和の剣を指差した。


「えーっと。一応理由を伺っても?」

「おう。もちろんじゃ」


げんじーは、脱獄した理由や勇者の剣を欲する理由、これから何をしようとしているのかを説明した。


「なるほどねー。だったらしょうがないんじゃない? 大和、悲しいかもしれないけど、譲ってあげてくれない?」


恭介が申し訳なさそうに大和に言う。


「……はい」

大和は渋々といった感じに頷いて、げんじーに剣を渡した。

「ありがとうな」

「いえ」


「せっかく手に入れた剣を手放したくないけど、話を聞いてげんじーに剣を渡すことが正しいと納得してしまったから、不本意ながらも剣を譲る、って顔してるね」

天音が大和の顔を観察してから言った。


「俺そんな具体的な表情してました!?」

「まあまあ気を落とすな。餅、食べるかい?」

「要りません」


「そんじゃ、わしらはそろそろ行く」

「うん。気をつけてね」

恭介がげんじーに手を振る。


「そっちもな」

げんじーは穏やかに微笑んだ。


「じゃあなクソガキ」

「またねおっちゃん」


げんじーとシグロは去っていった。


「反魔の書の方は行かなくて良くなったし、そろそろ次の国に行こうか」

けいが伸びをしながら言った。


「せやな」

「次はどこに行くんですか?」


「チェルボって国で、先生の故郷。ヤバいところらしいよ」

「コザクラさんの故郷ですか。なにがヤバいんですか?」


「あの国結界がないのに生き残ってるんだよ」

「それは、ヤバそうですね」


「国民が戦闘狂ばっかりらしい」

「怖い」


「とりあえず今日は旅館に帰ろうか」

「そうですね」


チェルボには三日後に向かうことになって、この日はそのまま旅館に帰った。

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