四天王

 小野寺桜澄は国を滅ぼした後、あてもなく彷徨っていた。


常に何を睨むわけでもなく目を細め、時々救いを求めるように空を仰ぎ見る。


家族、友人を立て続けに殺された絶望。

国を滅ぼし、多くの人の命を奪った罪悪感。


独りでそれを背負って歩き続けた。


人類とも魔族とも敵対した彼にはもうどこにも居場所がなかった。


いつしか彼は自分の中に渦巻く負の感情を神への復讐へと向け始めた。


「俺たちは今この瞬間生きている。意思を持って、日々を懸命に生きている。俺たちは神のおもちゃじゃない。思い通りにさせてたまるか。神がなんのつもりでこの世界を作ったのかも、これからどうするつもりなのかも知らない。そんなことどうでもいい。俺は必ず天使を殺して世界を消す。それが俺から家族を、そして親友を奪った神への復讐だ」



 強い想いには魔力を生み出す力がある。

小野寺桜澄の強烈な負の感情は、神を作ることができる程の魔力を生み出した。


彼はその魔力をすべて、持っていたゲートの破片四つに込めた。


そうして、小野寺桜澄に仕える四天王が誕生した。

彼らは世界中を旅し、天使のいるエピロゴス島に至る道を探していた。



 小野寺桜澄と四天王。

五人は現在結界の外、魔族に支配されている廃墟と化した街を歩いている。


「はぁー。全然見つからんですね~旦那」


四天王の一人、ゼノライトがぼやいた。

ゼノライトは元気なバカだ。


「おい貴様。桜澄様に向かって旦那とはなんだ。せめて様をつけろ」


注意するのはウルフロバテーネだ。

こっちはクールビューティーな女性に憧れて冷静なふりしてるバカ。


「うるせーぞ狼女」

「狼女じゃない。私にはウルフロバテーネという名前がある」


「だからなんなんだよその名前」

「貴様こそ、ゼノライトってなんだ」


二人が睨み合うのを

「喧嘩するな」

と小野寺桜澄がたしなめる。


ゼノライトとウルフロバテーネの二人は仲が悪く喧嘩ばかりしていて、それをいつも小野寺桜澄が仲裁しているのだ。


他の二人、ロゼメロとカヨイはこのやり取りに飽きて基本放置している。


「っていうかマジでウルフロバテーネってなんだよ。ロバテーネって何?」


「知らんわ!」

「知らんわ、じゃねーよ! 自分の名前だろうが!」


「スマホのアナグラムを作れるサイトで適当にカタカナ打ちまくって、いい感じの文字の並びを取っただけだ!」


「そもそも何故お前たちは自分で自分の名前をつけたんだ? 誕生した時、俺が名前をつけただろう?」


「そう、それだよ! 元はと言えば、旦那にネーミングセンスがないから自分たちで考える羽目になったんだろうが!」


「え、俺はネーミングセンスがないのか……?」


小野寺桜澄は背中を丸めた。


「あ、親父落ち込んじゃったじゃん。大丈夫親父?」


小野寺桜澄の顔を覗き込む彼女は元気なアホ。

名前はロゼメロだ。


「貴様もだロゼメロ! 桜澄様を親父と呼ぶな!」


「ウル、落ち着け。マスター自身が何と呼んでもいいと言ったんだ」


ウルフロバテーネのことをウルと呼び、小野寺桜澄のことをマスターと呼ぶ冷静なこの男はカヨイ。


四天王の中で唯一バカでもアホでもない常識人だ。


「確かに桜澄様はそう言ったが、それにしてもバラバラ過ぎるだろう! 全員呼び方が違うじゃないか!」


「別に呼び方なんかどうでもいいだろ。てかテンション高いな。確かお前クールな女になりたいんじゃなかったか? どんどん遠ざかってるぞ。落ち着けって狼女」


「はっ! ……貴様ああぁぁ!」

「うぉ! あっぶねーないきなり殴り掛かってくんな!」

「ふん!」


再び殴り掛かるウルフロバテーネ。

ゼノライトは彼女の鋭い突きをなんとか避けた。


「は!? なんでオレにキレるの!? クールから遠ざかってんのはお前が勝手にテンション上げて、っておい待て。いくらバカでも節度はわきまえろよ。魔法は無しだ。分かるな? 話し合おうじゃないか」


「問答無用だぁ!」


ウルフロバテーネの風魔法がゼノライトの体を切り裂いた。

しかしゼノライトの体からは血ではなく水が溢れ出た。


「はいバカ~。そっちは分身どぅえ~す」

分身の体は途端に水に変わって地面に水溜まりを作った。


「くっ!」

「へっへっへ。こっちだよおバカさん」

「後ろかぁ!」


ウルフロバテーネは背後の気配に向かって風魔法を放った。


「ハズレ~。またまた分身でしたぁ~。アヒャヒャヒャ!」


「クッソがぁ! こうなったらここら一帯を手当たり次第に吹き飛ばしてやる!」


「は!? 待て待て待て待て!」


「ちょっと、それアタシたちも巻き込まれるでしょ」

「落ち着け、って聞いてないな」


「……はぁ。まったく。お前たちを見ているとあいつらが如何に子供ながら冷静だったかを思い知らされるな」


小野寺桜澄はかつての弟子たちを思い浮かべ、目の前の光景と比べて苦笑した。


「おりゃああ!」

ウルフロバテーネが風魔法を放った。


それは水面に水滴が落ちて波紋を広げるように、彼女を中心に周囲を切り刻みながら広がっていく。


ウルフロバテーネとゼノライトの二人がギャーギャー騒いでいるのを聞きつけて様子を見に来ていた魔物たちも巻き込まれてしまった。


同じく巻き込まれた小野寺桜澄は、腕を払うようにして魔法をかき消した。


それに気がついたウルフロバテーネはようやく冷静さを取り戻した。


「……はっ。も、申し訳ございません桜澄様!」


小野寺桜澄は全力で頭を下げる彼女に顔を上げるように言って、額にデコピンした。


軽くやったつもりが、デコピンの風圧で彼女の髪がふわりと浮くくらいには強かったようだ。


「痛あぁっ!」

「あ、すまん。力加減を間違えたようだ」

「うああぁぁ大丈夫ですぅうおお!」


ウルフロバテーネは銃で撃たれたのかと思うくらい、のたうち回りながら返事した。


小野寺桜澄はその様子にドン引きしながらも、

「えーっと。お前はもう少し思慮深い行動を心掛けろ」

と注意した。


「はい……。ロゼメロもカヨイも巻き込んで申し訳なかった」


「オレは~? オレにごめんの一言はないのか~? カッとなって切り刻んでごめんって言ってみろよ~」


遠くからゼノライトの間抜けな声が聞こえたが、ウルフロバテーネは無視した。


「まぁ親父の背中に隠れてたから無事だし別にいいけどさ」

「同じく。でも、ゼノに煽られても冷静でいるようにしてくれ」

「なるべく頑張る」

ウルフロバテーネは真剣な表情で頷いた。


「じゃあ今日のメシはあいつらにするか」


いつの間にかカヨイの隣に立っていたゼノライトが、先ほどウルフロバテーネの魔法に巻き込まれた魔物に向かって歩き始めた。

それに他の四人も続いた。


このように小野寺桜澄は四人の配下と共に、エピロゴス島へ至るための「あるもの」を求めて世界を旅していた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る