勇者の剣
大和はまた四人に加わった。
五人の間には穏やかな空気が流れている。
仲間として互いに認め合ったことで絆が深まり、五人は以前よりもさらに仲良くなった。
今回のことで大和は絶対ヒーローになってやる、と改めて強く決意した。
そのためには強くならなければならない。
「またご指導願えますか?」
「もちろん。というか連れて行くって決めた以上、こっちとしても強くなってもらわないと困る。頑張れよ?」
けいが大和の背中を叩く。
「早く強くなります。あ、そういえばこの三日間何してました?」
「例によってお偉いさんに交渉して、例のごとく断られた」
恭介が、やれやれといった感じに肩をすくめる。
「そうですかー。やっぱりどこも自分たちのことで精いっぱいなんですかね」
「まぁいいよ。それより、この国に来た目的はあと二つある。一つは勇者の剣。もう一つはセノルカトルの国宝、反魔の書」
「国宝ですか。なんか凄そう」
「僕たちがげんじーって呼んでる人が全盛期に作った魔法書なんだけど、簡単に言えば、どんな魔法でも完全に封じることができるやつ」
「すご。めっちゃ強いじゃないですか。それさえあればって感じですね」
「そうなんだけど、強力過ぎるんだよね。間違って国を守ってる結界を消しちゃったりしたらヤバいでしょ?」
「あーそういえば結界も魔法でしたね」
「そう。だから国が管理してる。悪用されたらマジで国が滅びることも全然あり得るしね」
「それをコザクラさんとの戦いの時に使わせてもらえるんですか?」
「いや、国魔連の人が使用許可を求めたんだけど断られたんだよね」
「なんか何に対しても協力的な姿勢を見せてくれませんね。ところで国魔連というのは国際魔法連合の略称ですよね。なんかあんまりかっこ良くないですねー」
「そんなこと言われてもな。英語だとInternational Magical Unionだから頭文字をとってIMUっていうけど」
「そっちの方がまだマシですけど、国連って英語でUnited Nationsでしょ? なんかその英訳であってるのかって感じはしますね」
「文句ばっかりだな。そんなの国魔連の連中に直接言え」
「そんな無茶な」
「話戻すけど、先生との戦いの時に協力してもらうための交渉と同じように国魔連としては断られてるけど、一応僕たちがもう一回交渉するように言われてるから、今度大図書館に行く」
「お、いいですね。俺図書館好きです」
「その前に勇者の剣だけどね」
「来ましたね。俺の勇者イベント。やっと俺は勇者っぽくなれるんだあああ!」
街中であるにもかかわらず、遠慮なく大和が叫んだ。
「急に叫ぶな。恥ずかしいから他人のふりするよ?」
恭介が大和をジト目で睨む。
「それ一番傷つくかもです」
恭介は大和から視線を外し
「なんか叫んでるヤバい人いるね。ところで、この前玉ねぎ切ってるときに思ったんだけど、目にしみるのを防ぐのってゴーグルつければ」
「うわぁ! 置いてかないでくださいよ!」
早歩きになって置いていこうとする四人を大和が追いかける。
「今マジで他人のふりしようとしてたでしょ」
「なんのことやら」
そんな会話をしながら五人は歩みを進める。
「そういえばさっきからどこに向かって歩いてるんですか?」
五人は田舎道を歩いていた。
「さっきも言ったけど、勇者の剣のとこだよ」
この周辺は結界に近いこともあり、人口の少ない小さな田舎町しかない。
しかし目的地に近づくにつれて賑わってきた。
「なんかここらへんだけ変に栄えてますね」
「基本的に結界に近いとこってあんまり人気ないんだけど、勇者の剣目当ての観光客が来るから結界に近いにしては賑わってるよね」
辺りを見渡しながら恭介が言う。
「そろそろーあ、あれだよ」
けいが白い建物を指差す。
その建物はいかにも神聖な場所ですよといった感じの装飾がなされていた。
これみよがしに
「勇者の剣あるよ!」
と書かれたバカみたいなポスターが入り口の壁に貼ってある。
「桜澄さんが剣折ったとき、ここの館長からブチギレられたらしいで」
「でしょうね。ん? そういえば剣を持っていく許可は」
「もちろん取ってないね。こっそり持ち出そう」
悪い顔をして天音が笑う。
「それ泥棒なんじゃ……」
「たはは」
「いや、たははじゃなくて」
「まぁ別にいいでしょ。そもそも召喚された勇者のために神が作った剣なんだし」
「それに大和はとっくにお尋ね者だからね」
「え、俺なんもしてないと思いますけど」
「これを見たまえ」
けいが大和にスマホの画面を見せる。
そこにはパジャマ姿の大和が困惑した表情を浮かべている写真が表示されていた。
ネットニュースの記事のようだ。
「え!? なにこれ!?!」
「召喚の儀式はテレビ中継とかも来てたし、みんなスマホで撮ってたからな。顔ばっちり映っちゃってるね」
「他人事過ぎません? あ、指名手配とか書いてるし! ヤバいですよ!」
「ほれ、お尋ね者じゃん。だから剣盗むのくらい気にすんな」
「ほれ、じゃないですよ!」
「落ち着けって。全部終わったらちゃんと返しにくればいいだろ」
「うぅ。良心が痛む」
「大義があるからへーきへーき」
けいがへらへらしながら大和の肩に手を置く。
「勇者のセリフじゃない……。分かりましたよ。どうせ俺は指名手配勇者ですよ」
「よし。そんじゃ行くか」
建物に入る。
この建物はこの町の歴史資料館でもあるらしい。
けいは、なんとなくそわそわしていた。
ここは昔、先生が訪れた場所だ。
なにかしら先生に繋がるものがあるかもしれない。
それを見たいような見たくないような。
少し落ち着かない。
軽く見た感じだと、やはり勇者の剣はこの町の発展に大きく貢献したようだ。
写真がたくさん飾ってあった。
観光客と思われる人たちが剣を引き抜こうとするところを撮影したもののようだ。
一番最近の写真は何年か前の物で、写真には折れた剣を持って放心状態になっている男性と、その男性に鬼の形相で殴りかかる、ここの職員と思われるおじいさんが写っていた。
久しぶりに見たな。
「コードネームコザクラ」になってしまう前の。
「これってもしかして」
大和が何かを言う前に
「ほっほっほ。その写真が気になりますかな?」
穏やかな雰囲気のおじいさんに話しかけられた。
「えーっとあなたは」
「これは失礼。私はここの館長を務めさせていただいております、ミヤネルと申します」
「そうでしたか。私たちは勇者の剣を見に来たんですけど、この写真」
天姉が写真を指差すとミヤネルは微笑んだ。
「ええ。この小僧が剣を折りやがったものですから、今は剣身が刺さっているだけなのでございます」
「……もしかしてここに写っているのって」
「はい。私とあのクソガキ、小野寺桜澄でございます」
「そ、そうですか」
穏やかな表情なのにすこぶる口が悪い。
先生に対する怒りがひしひしと伝わってくる。
「これがコザクラさん……」
呟くように言って、大和は写真をじっと見つめた。
「勇者の剣は奥の部屋に展示しております。ご案内いたしますよ」
ミヤネルに案内されて部屋に入ると、ロープに囲われた、地面に刺さっている剣身が目に入った。
「こちらでございます。あちらのケースにはグリップ側の方が展示されております」
ミヤネルが指差した方を見ると持ち手側の方が展示されているケースがあった。
白い剣だった。
刃からグリップまで真っ白だ。
ふとミヤネルを見ると、悲しみとも怒りともおぼつかない複雑な表情をしていた。
「どうしたんですか?」
僕の声に一瞬遅れて反応したミヤネルは、すぐに誤魔化すように微笑んだ。
「いえ、なんでもありません。では、ゆっくり見ていかれてください」
そう言ってミヤネルは部屋を出て行った。
部屋には僕たち五人だけが残された。
他に人はいない。
「コザクラさんってあんな感じなんですね。あんまり怖い人には見えませんでした」
大和が先ほどの写真を思い浮かべるようにして言った。
「先生は強いだけで、別に普通の人だからね。戦うのが好きなわけでもなかったし」
「そうなんですか?」
「先生が戦い始めたのは人類のため、とかじゃなくて、周りの人間が先生に戦うことを強いたからなんだよ」
「それって……酷くないですか? 散々自分たちの都合でコザクラさんを戦わせておいて、今は手のひら返して人類の敵だとか言ってるんでしょ?」
「まあしょうがないことだとは思うけどね。自分たちが困っていて、それを解決することができる力を持った人間がいることを知れば、その人を頼ってしまうのは仕方のないことだよ。その人たちが悪いわけじゃない」
「……けい、無理しなくていいですよ。手が震えてます」
大和に言われて自分の手を見てみると、無意識に強く握っていたみたいだ。
手のひらに爪が食い込んだようで、指と指の隙間から血が流れ出ていた。
「……ハハ。僕が大和の師匠なのに、情けないね」
「そんなことないですよ」
「なんだかんだ先生のこと大好きだったからさ。尊敬してたし、いつか先生みたいに強くなりたいって思ってたし。……なんで、こんなことに、なっちゃったんだろうね」
僕が目を伏せると、恭介が僕の肩に手を置いた。
僕は何かが溢れ出てしまわないように、上を向いた。
「弱気になっちゃ駄目だよな。僕たちが、先生を止めないと」
「ああ。そうだな」
恭介が頷く。
「頑張りましょう」
「うん」
僕は真っ直ぐ前を向いた。
「よし。ほんじゃそろそろ帰ろか」
「はい。え、勇者の剣はどうするんですか?」
「今持っていったらすぐばれるやろ。持ち出すんは夜や」
「じゃあ何で今来たんですか?」
「マーカーを設置するためやな」
そう言って日向は剣身を囲っているロープの中に輪ゴムを飛ばした。
「これで良し。一旦帰るで~」
部屋を出ると
「あの、もう一回写真見てもいいですか?」
大和がそう言い出したので、写真を見に行くと、ミヤネルが先生の写った写真を眺めていた。
こっちに気がついたミヤネルはまた微笑んだ。
「その写真が気になってしまって」
「ほっほっほ。そうでしたか。実は私も、いつもこの写真を眺めてしまうのです」
「なぜでしょうね」
「……この写真を見ていると、このクソ野郎が剣を折りやがった時のことを思い出して怒りが湧いてくるのですが、それと同時に折れた剣を持ってオロオロしているこいつの姿も思い出すのです。このクソボケは剣を折ったクソ野郎ですが、どうにも私には人類の敵とまで言われるような極悪人には見えなかった」
「そうですか。今どこで何をしているんでしょうね」
僕が言うと
「どうでしょうね。ただもう一度ここに現れようものなら、今度こそボコボコにぶちのめしてやります」
ミヤネルは微笑みながらそう言った。
ことごとくセリフと表情が一致しない。
ミヤネルに別れを告げ、外に出ると日が傾き始めていた。
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