第4話 お日様はきっと笑顔に似てる

「私ゃ言いたいことはぜーんぶゆうべ伝えた。だからここで見送るよ。行ってらっしゃい、タネ! 二人に向日葵姫の加護が在らんことを!」


 翌早朝、家の前で、母上は大きく手を振って見送ってくれた。私と残花は揃って母上に頭を下げ、家を背に歩き出す。


「さあ、行くぞタネ。ゆうべのうちにあいさつは済ませてあるな?」

「うん、一応……」


 村のほとんどの人には、祭の間に声をかけ、あいさつは済ませてある。根助にも一応は伝えた、けど……。


 朝早く、灰雲の空もまだ明るみ始めたばかり。誰もいない静かな村を、ふたり歩く。遠くの開いた門を見れば、見慣れた太っちょの人影がひとつ。


「あ……! ねえ残花、ちょっと話して来て良い?」

勿論もちろんだ」


 ゆっくり歩く残花を置き、たたっと門に駆ける。


「根助!」

「よお、来たかタネ。いよいよ発つんだな」


 門で待っていたのは、やっぱり根助だった。


「いつからここで待ってたの?」

「いや、来たばっかりだぞ」


 嘘だ、根助の足元にはずいぶんうろうろした足跡がある。いつ発つのかと、長いこと待ってくれていたのだ。


「ありがと、根助」

「礼を言うのはこっちだぞ、タネ」

「? どういうこと?」


 首を傾げると、根助がにかっと大きく笑って言う。


「だっておめ、これから世界中のうまいモンいっぱい見付けてくんだろ? もちろん、木札にして持って帰って来て、おらに食わせてくれんだろ?」


 私は思わず吹き出す。良かった、いつもの根助だ!


「ぶふっ! うん! もちろん! いいよ、世界中のいろーんな美味しい果物木札にして、持って帰ってきてあげる!」

「よしゃ! やる気出てきたぞお! 聞けタネ、おらどえらいこと考えたんだ!」


 根助は鼻をふんすか慣らし、興奮して語る。


「え~? 根助があ?」

「あ、おめ今馬鹿にしたな! ホントにどえれえんだぞ! あんな、まず林檎をいーっぱい食うだろ?」


 根助は両腕を大きく広げ、私はまた吹き出す。


「ぶふ、待って、もうすでに笑えるんだけど!」

「いいから聞けって! おらいっぱい食ったからわかんだけど、同じ林檎でもちょっとうめえやつと、イマイチな奴があんだよ」

「えー、私はわかんなかったなあ」

「おらの舌に間違いはねえ! んで、こっからだ!」

「聞いてみようじゃない」


 根助は、さぞ大発見でもしたかのように得意気に話す。


「おらがちょっとうめえと認めた奴の種だけ植えんだよ」

「ん? それで?」

「んで実ったらまたいっぱいおらが食うだろ?」

「だーーー待って待って面白い、根助ちょー好き!」


 いつの間にか追い付いていた残花が「何だと?」とちょっと反応したけど、とりあえず無視。


「おめちょっと黙ってろ! 馬鹿にすんな! こっちゃ世界を揺るがす話をしてんだ!」

「世界をっ、ぶふっ、林檎またいっぱい食べて?」

「そしたらまたその中でうめえ奴の種を植えてくんだ! ほんでまた食う!」

「根助ちょー幸せじゃん!! もホント大好き!!」


 私は根助をバンバン叩いて笑う。


「これを何べんも何べんも繰り返すんだ! そしたらどうなると思う?」

「わた、ぶふっ、私が、笑い死ぬ、あーっはっは!」

「もっとうまい林檎が食えんだよ!」

「ひーっ、ひーっ、もう声も出ない」


 私は腹を押さえて笑い転げた。


「まだある!」

「ま、まだあんの!? ホント天才だね、ふふ!」


 根助はいっそう興奮して語る。


「さらにタネが持って帰るいろんな果物もいーっぱいおらが食うんだよ!」

「どひゃーーーっ、あんたの胃袋は無限か!」

「んにゃ! だからちっちぇえのにウンまいモン持ってこい! そしたらすっげえすっげえ食えるだろお?」

「もダメ、笑いが止まらん!」


 根助やば、ちょー楽しい!


「これで最後だ! 耳かっぽじってよおく聞け! ホントのホントに大事な話だぞ! おら一晩おめに贈る言葉考えたんだ。旅についてかねえからな」

「え……、ありがと」


 根助は一呼吸置き、咳払いしてゆっくり語り始めた。


「……ごほん。あんな、神さんは、何でも造って人によこしてくれる。そりゃあもう、どえれえお方だ。でも、最初しか造ってくんねえ」

「……」


 根助の言葉に、私も残花も黙って聞く。


「だから人は、神さんから食いモンもらったら、種だけ残して食うんだよ。わかるかタネ、おらの言ってること」

「……わかる」

「そしたら種植えて、育てんだ。でまた種残して食って育てんだ。うまいモンが食いたかったらちょっと工夫してまた育てる。伝わってるか?」

「うん、大丈夫だよ」


 根助は思いを頑張って伝えようと、丁寧に語った。いっそう真剣な眼差しで、言葉を続ける。


「おら一生百姓だ。ついて行かねえ。おめがこれからどこで何してても、おらここでずーっと百姓だ」

「……」


 黙りこくった私の肩に、根助はまあるい手をぽんと優しく置いた。


「だから、何かあったら帰って来い。いつでも、何回だって帰って来い。そのたんび、前よりちょっとうめえモン食わせてやる。腹いっぱいにして送り出してやる」

「……根助ぇ……ずるいよ」


 根助の優しい言葉に、思わず涙が込み上げる。そんなこと根助の口から出てくるなんて、思ってなかった……!


「泣いてんのか、タネ。おらおめの笑顔が好きだ。見たことねえけど、きっと雲の上のお日さまは、おめの笑顔みたいにキラキラしてんだと思ってる」

「な、何言うのいきなり」


 びっくりして、涙を袖でごしごしと拭った。


「笑ってりゃあいいんだ。どこで何してたって。それでな、最後は絶対笑って帰って来い。おめの村はここだ。おめの家はここだ。おめの墓はここだ!」


 根助は語気を強め、言った。再び優しい声に戻し、続ける。


「途中は泣いて帰ってもいい。今のおめみたいにきったなく泣き散らしたっていい。気にすんな、だあれもおめを責めやしねえ」

「別に……汚く、ないし……」


 嘘だ。だらだらと涙が止まらない。きったなく泣き散らしている。


「だからさっさと行け! おら今だけは泣きたくねえ! 何べんも何べんも! ゆうべ必死に考えたんだ! 笑って送るってよお! おら泣き虫だ! おめもよおーく知ってるとおり泣き虫だ!」


 根助はこらえていた涙がどっと溢れだし、叫ぶ。


「ちくしょう! おら泣いてねえぞ! 涙じゃねえ、ただの水だ! おらは笑っておめを送る! おめに言いてえことはこれで終わりだ!」


 根助はがしがしと涙を拭い、真剣な顔で残花に向き直る。


「だから残花さん、たのんます。どうか、こいつを――」


 根助は、丸い体を縮込ちぢこませ深々と頭を下げて言う。


「――無事に、帰してください……」


 涙を堪えた震え声の懇願に、残花は力強く頷く。


勿論もちろんだ」


 残花は根助に向かって刀を掲げる。


「桜花の剣――即ち、我が命にかけ誓う。必ずタネを無事に帰すと」

「……ありがとうごぜえます」


 根助は頭を上げ、もう一度下げて礼を言った。私は根助に飛び付いて強く抱き締める。


「根助……大好き」

「ああ、おらもだ。大好きだぞ、タネ」


 私と根助は泣きながらしばらく抱き合った。残花はただ黙って後ろに立ち、優しく見守っていてくれた。


 やがてどちらともなく体を離し、私は振り返って、残花の胸に顔をうずめ泣く。残花は、優しく抱き止めてくれた。


「良き友をもったな」

「……うん……!」


 ……涙が収まった頃、残花は優しく体を離してくれた。


「行けるか」

「……うん!」

「よし」


 涙で潤んだ目をぐいと拭った私に、残花は頷いた。残花は根助に一礼し、門の外へと歩き出す。根助が私に手を振った。


「またな、タネ」

「……うん! ね、根助!」


 私も根助に手を振り、たたっと残花の後を追う。


 それから、門を出てしばらく草原を歩いても、根助はずっと手を振ってくれていた。ずっとずーっと手を振ってくれていた。私は振り返ると何度でも泣いてしまいそうだったから、キッと前を向いて歩く。残花と共に、広い広い大草原へ。


 ここから始まるんだ、私と残花の世界の平和をかけた旅が。相手は神だ。異形の怪物をきっと送り込んでくる。危ない旅になるだろう。でも、絶対無事に帰って来るんだ。にこにこ笑顔で帰るんだ。だって、大好きな母上と根助を悲しませたくないから。

 

 私はそう強く決意し、残花に問う。


「ねえ残花、まずはどこに行く?」


 残花は頷き、答える。


「まず猪鹿熊いのしかくま跋扈ばっこする【けもさん】へ行く。いきなり海や天の御神木はお前にはまだ重いからな。順を追うぞ。獣ノ山、武ノ里、そして海の木がある沖ノ島、天へと至る機ノ都。最後にようやく煉獄の門がある天ノ島へ行く」


 残花は指折り教えてくれた。私は力強く頷く。


「わかった。行こう!」

「ああ」


 前を向いて、歩いて行こう。何処までも、残花と一緒に――!

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