第7話

 仕事が終わり、家に帰る。

 ふと部屋から漏れる明かりに気が付いた、そういえばここ最近リカが俺の家に住み着いているのだと再認識させられた。

 知らぬ間に溜息が出る、別に家に帰ったら温かい飯があるとか風呂に湯を張ってくれているとかリカがいることでメリットはあるのだがこれは俺に限った話じゃなくどんな人間でも同じことを思う時があるはずだ。

 そう言い聞かせて玄関の扉を開けた。


「ただいま」


 その言葉に違和感を覚える。

 なんてことのないありふれた言葉であるはずなのに自分にとってその言葉が他人事のように感じる。


「お帰りー! ご飯もう少しでできるから待っててね」

「うん、リカも疲れてるのにありがと」


 実際、疲れていると思う、リカも昼は仕事をしている。

 一人暮らしが長い俺でも帰宅後に飯を作るのが面倒でカップ麺で終わってしまうことがほとんどなのだから。

 そこまでする理由は何か、きっとリカにそう聞いても俺のためだからと言って笑うのだろう。そう考えるとリカに少し同情してしまう。

 俺なんかよりもずっといい人がいるはずで、リカは数多い男の中から俺を選んだ、選んでしまった。

 もっと簡単に言えば、リカは俺と言う外れクジを引いてしまったのだ。


 スーツを脱いでクローゼットにしまう、ワイシャツのストックを見ると全て綺麗にアイロンがけされていた。

 掃除なんて一か月に一回するかしないかの俺の部屋がいつもよりきれいに見えた。

きっと掃除もしてくれたのだろう。

 アイロンがけもしてくれて、料理もしてくれて、部屋の掃除もしてくれれば風呂も入れておいてくれる。

 普通なら感謝するべきなのだろう、只、どうしようもなく出来損ないの俺はリカのしてくれた事で感謝するどころか劣等感で少しイラついてしまうのだ。


「お待たせ! ご飯できたからテーブルに並べるの手伝って」

「わかった、今行く」


 リカが作ってくれたご飯、俺がたまに適当に作るご飯と違いバランスがしっかりと考えられているようなメニューで俺の体を気遣って考えられたメニューなのだろうということが一目でわかる。


「今日は時間なかったから簡単なものだけど次はもっと手の込んだ物作るから期待しててね」

「充分すぎるって、作ってくれるだけでもありがたいのにそこまで文句言わないし文句の付け所ないよ」

「そう? 見た目だけだよ、案外すぐできるものばっかりだし」


 リカはこんなのなんてことないといった表情で席に着く、きっと俺に心配をかけないように強がっているのだろう。


「「頂きます」」


 二人してそう言ってからリカの作ってくれたご飯に箸をつける、見た目もそうだが味も中々の物だ、きっと練習していたに違いない。

 以前付き合っていた時も手料理は食べていたがその時よりも腕を上げている。

 ふと、サキさんの作ってくれたパスタを思い出す。

 サキさんが作ってくれたパスタもおいしかったがリカの作るご飯は家庭的な味がした。

 まぁ、俺自身家庭的な味など知りはしないのだが。


 ご飯を食べ終わり、リカが先に風呂に入っている間にだらだらとしていると急に一樹から連絡が来た、

『サキとより戻すことになったわ』

 そんな一文を見た瞬間少しムカッとした。

『急だな(笑)まぁおめでとう』

『なんか急に部屋に来て泣きながらより戻したいとか言われて焦ったけどリカと別れたばっかだから流れでオッケーしちゃったわ(笑)』

『お前ほんとゴミ(笑)お幸せに!!』

『あいよー、お前は彼女作ったら三万だからな!』

『はいはい、わかったって(笑)』


 それで一樹とのやり取りが終わった。

 どうやらヨリを戻したということを報告、それと軽い自慢のような連絡だったようだ。正直今俺は一樹に本気でおめでとうなど思っていない。


 実際おめでとうなんて思うわけがない、只俺がサキさんを好きだったという証拠もないにも関わらずこんなことを思う権利すらないのだと自分に言い聞かせる。

 ふと柄にもなくスマホで検索を掛けた、内容は好きとは何か。正直拗らせているとしか思えないと自分でも思うが素直に疑問に思ったのだ。


 調べてみると、気が付けばその人の事ばかり考えている、とか連絡のやり取りが途絶えるとソワソワする、相手の事をもっと知りたくなる、とかどこかの恋愛映画で見たことのあるフレーズばかりでどうも腑に落ちない。

 中には相手に触れたいと思うとか性的欲求を感じるかどうかとかなんて言葉もあったがそもそもそんなの誰にでもあるだろうし現に好きじゃない相手に興奮し抱いたことも多々ある、記事を読んでいてバカバカしくなって記事を閉じようと適当に画面を下にスクロールした。

 ふと最後の文字が目に入る、『相手が異性と話しているとモヤモヤする』


「……ばっかじゃね」


 記事を読んで確信した、俺がサキさんに抱いていた感情が好きと言うものではないと、俺が今抱いているのは独占欲、所有欲、そんなものだ。

 似ているもので全く違う、好きとその感情の違いを明確に説明できるわけではないが今はそういうことしよう、そう言い聞かせた。


「お風呂空いから入りなー!」

「あ、うん。入ってくる」

「ちゃんとあったまるんだよー」

「お前は俺の親か」

「親じゃなくてかのじょですぅー」


 リカがむすっとした表情で、それでいて少しうれしそうにそう言った。

 ふと一樹にリカと付き合ったといえばどうなるんだろうと思いもしたが余計なことをして三万を払いたくないのでやめておくことにした。


 その日の夜、いつもよりリカと激しくセックスをした。



 ************



 昼休憩中、いつものカフェでコーヒーを飲みながら読書をしていた。

 今日はタブレットで電子書籍と言うこともありブルーライトカット眼鏡をかけているため何となくいつもの自分とは違う気がして不思議な気持ちになる。

 座っている席は窓際で店先を歩いている歩行者から丸見えだ、しかし何故か今日はいつもより混んでいてこの外れ席しかなかったのであきらめてここにすることにした。


 別に気になったわけでもないが注目作品という欄から適当に選んで読み始める。

 その本は短編集で休憩時間中に読むには最適だろうと言う考えでの選択だった。

 人生について、恋愛について、友情について、そんなテーマごとに分かれた短編集なのだがどれも特に心に響くどころか眠気を誘うには充分な内容でふとタブレットから目を離して窓の外に視線を向けながらぼうっとしていると、


「今日もいるんですね!」


 そんな聞きなれた声が後ろから聞こえた、振り返ると予想は当たっていたようでアイカさんだった。

 またも眼鏡をかけていて無地のパーカーと黒のズボンと言う格好なのだがそれがやけに似合う、元がいいと何を着ても似合うのだろうと何気なく思った。


「まぁね、てか大体平日の昼はここにいるよ」

「あ、別にいると思ってきてるわけじゃないですからね」

「へー、俺はもしかしたらって思ったけど?」

「ほんとなんか、チャラいです」

「チャラく見せてるだけだって」


 そんなやり取りの後、アイカさんは何気なく隣の席に座る。

 そして机に置かれたタブレットをのぞき込む。


「その短編集、どうでした?」


 そんなどこかで聞いたことのあるような質問をされた、のだが今回は何と答えよう。

 別にそのまま思ったことを伝えてもいいだろう、変に深堀されても返せないし。


「微妙? 言いたいことはどれもわかるんだけど共感はできないって感じかな?」

「……」


 俺がそう答えるとアイカさんは少し考え込む、もしや選択をミスったか。


「特にどのテーマがそう思いました?」

「……恋愛?」

「ですよね!!」

「ちょ、声大きいって」


 またもどこかであったような流れ、もしかしてアイカさんは俗にいう天然と言うやつなのだろうか。そうでないとここまで同じことを平然とできるわけがない。

 俺に指摘されたせいか少し顔を赤面して下を向くアイカさん、そこまで身長が高くないアイカさんのその光景は少し小動物っぽくてかわいらしく思った。

 だがどうやら俺の感想にはご満悦だったらしく、少しうれしそうにもしていた。


「なんかこの短編集全体的に内容が薄いんですよね、なんか誰でも知ってることをわかりづらく書いてるだけで内容はそこまで深くないというか」

「確かにね、これなら俺でも書けそうだもん」

「じゃぁ書いてみてくださいよ、私が評価してあげます」

「それはちょっと怖いからやめとく」


 そんな風に俺とアイカさんは談笑をする、何故だがアイカさんと話しているときだけは何も深く考えずに思ったことをそのまま言葉にできる気がして楽だった。


「私たち、考え方似てません?」

「ほんとにね、少し怖いくらい」

「因みに、恋人に束縛されるのは」

「絶対に嫌だね」

「わかります、さっきの小説の中に束縛について書かれてたじゃないですか」


 アイカさんにそういわれて内容を思い出す。

 短編集の中にはこう書かれていた、

『あなたをだけを見ていたいし、あなたも私だけを見て欲しい』

 ありふれた言葉だ。


「私あれって好きとかじゃなくて独占欲とか所有欲じゃないかって思うんですよね」

「だよね!?」


 気が付けば俺は周りも気にせずに大声でそういっていた。


「ちょ、声大きいですって」

「ご、ごめんつい……」


 注意されて気まずい、恥ずかしさで少し汗がジワリと吹き出したのが自分でもわかった、まさかアイカさんに注意した俺が同じことをするとは思わなかった。


「でもやっぱり同じ考えですか?」

「俺もそう思うよ、本当に好きなら束縛なんてしないと思うし」

「束縛されるだけで信用されてないんだって冷めるんですよね」

「わかる、ついでに相手の事も信用できなくなるんだよな」

「ほんとにそう、前の彼氏もそれが原因で別れたんですよね」


 アイカさんはそれから元カレの話、と言うか愚痴を始める。

 普段なら誰かの愚痴をしっかり聞いてあげることなど無いのだが、いかんせんアイカさんの愚痴への共感ができすぎるため苦も無く聞いてられるのが不思議だった。


「しかも私夜もやってるので束縛されると営業妨害なんですよね」

「確かに、俺も最近バーでバイト始めたからそれされたら営業妨害かも」

「え、バイトしてるんですか?」

「うん、確かアイカちゃんの店から近いよ」


 俺はスマホで調べてバイト先のバーをアイカさんに見せる。


「今度行ってもいいですか? 店終わりになるので遅くなっちゃいますが」

「全然いいよ、連絡くれれば待ってるから」

「シェイカーとか触れるんですか?」

「それは勉強中、アイカちゃんが来る前にできるようになっとく」


 そんな話をしているともうそろそろ休憩終わりの時間だ。

 この間もそうだがアイカさんと話していると時間があっと言う間に過ぎる気がする、きっと話が合うから会話が楽しいのだろう。


「ごめん、仕事に戻る」

「お構いなく、また明日も来ますか?」

「多分っていうか毎日いるからね」

「じゃぁまた明日ですね」


 そういってアイカさんは微笑んだ。

 その瞬間。少し心臓の鼓動が早くなる気がした。


「明日も来るの?」

「私もここのカフェお気に入りですから」

「成程ね、それじゃまた明日」

「はいまた明日」


 荷物をまとめて席を立つ、そして帰ろうとした瞬間アイカさんが思い出したかのように俺を呼び止めた。


「あ、眼鏡似合ってます。言うの忘れてました」

「あ、ありがと」


 それ以上何も言えず俺は足早に店を後にした。


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