第4話
昔付き合った彼女で、かなり俺に尽くしてくれていた子がいた気がする。
その子は真面目でやさしくて家事もできるが少し人見知りな女の子で、人見知りである所を除けば誰に紹介しても恥ずかしくないような子だった。
出会った当初はいわゆるサバサバ系、というような感じの子で、それは付き合い始めてからも同じだった。
いつからだろう、俺がその子のことを鬱陶しいと感じるようになったのは、きっとその子にも俺の感情が伝わっていたのだろう、捨てられまいとさらに俺に尽くしてくれていた。憶測でしかないし、実際はもっと違う理由かもしれない。
結論から言うとその子とは別れることになり一応連絡先はあるが必要以上に連絡を取り合う仲でもない、連絡先にいるだけの昔の彼女だ。
「ねぇ、おなか空かない? 昨日のあまりもので良かったら食べる?」
「食べたいです、食べさせてください」
「なんか日に日に甘えん坊になってる気がするんだけど」
「甘えん坊は嫌い?」
「んー、セックスの時以外なら大好き」
「じゃあ、俺は大丈夫だね」
「確かに、夜はドSだもんね」
「そういうサキさんはドMだよね」
サキさんは割と結構ハードなタイプのMだ、首絞めは最早マストでそれ以外にもイラマチオだってセルフでするしスパンキングだってする。
殴ってほしいなんて言われたらどうしようかとも思ったがさすがにそこまでではないらしい。
そんなくだらない話をしながらサキさんの部屋でダラダラしながらスマホをいじる、流行りのSNSでみんなが今何しているのか確認していると通知欄に数字で一と表示されていることに気が付く、中身を見てみると新規フォロワーの通知でプロフィール画像には見知った顔があった。
名前はローマ字でAIKAと記載があり余程の確率で昨日行ったスナックのあいかさんで間違いないだろう、わざわざ探してフォローしたのか、それとも一樹にでも聞いてフォローしたのか。仮に前者だとすれば暇人にも程がある。
無視する意味もないのでフォローを返してみる、その数分後アイカさんからメッセージが来た、
『昨日はありがとうございます!
お会いできてよかったです。また来てくださいね♡』
ハートはいるのだろうか、とは思いはしたが言わなかった、これも営業手法の一つなのだ野暮なことは言うまい。
とりあえずなんて返そうか数分考えた後、簡単に返すことにした。
『こちらこそありがとう、また遊びに行きますね』
こんなもんでいいだろう、変にガチっぽいメッセージを送っても引かれそうな気もする。
「はい、昨日の余りものパスタ」
「うわ、めっちゃうまそ。サキさん料理もできるとか完璧だね」
「そんなことないって、一人暮らししてたら自然とできるようになるから、・・・・・・家であまりご飯作らないの?」
「んー苦手であまり作らないかも」
嘘だ、こう見えて俺は調理師の免許を持っているし貧乏人なのでご飯は基本自炊だったりする。
謎の嘘だがここで普通に料理できるとか言ってもじゃあ今度作ってよ、から始まり普通に上手くてもうご飯つくってあげないとか言われる可能性があるため極力そういうのは言わないことにする。
「なんかイメージ通りで安心した、それで作れるとか言われたらスペック高すぎてひいちゃうし」
「・・・・・・これからも俺の飯を頼んだよ、サキさん」
「たまにならいいけど、好きな料理とかあるの?」
「んー強いて言うなら筑前煮とか?」
「すっごく反応しづらいところ来たわね、まぁ、今度作ってあげる」
よし、久々に人の作った筑前煮が食べられる。
自分でもたまに作ったりするのだが味見をしすぎて毎回完成するころには量がかなり減ってしまうし、腹がいっぱいになってしまう。
自炊をすると完成後にはもう腹がそこまで空いていない現象にしっかりとした名前を付けてやりたい気分だ。
サキさんが作った余りものパスタを一口食べる、トマトベースのパスタで少し濃いめの味付けが俺好みだ。しかもパスタ料理の中で俺はトマトベースのパスタが一番好きなこともあってかかなりおいしく感じる。
余りものと言ってはいたが実は普通に仕込んでいたんじゃないかと思う程のおいしさに食べる手が止まらずに気が付けばほんの数分で食べきってしまった。
「ご馳走様、ほんとおいしかったよ。また食べたい」
「お粗末様、また作ってあげる」
サキさんの家に来るとずっとこんな感じの緩いまったりとした時間が流れて心地がいい、お互い都合のいい関係だと思っているが正直彼女を飛ばして嫁にしてもいいレベルだ。
ただまぁ、いざそうなることを考えるとなぜかサキさんと付き合ってる自分の幸せな姿が全く想像できないのだ。きっと一樹の元カノだからとかそう言った理由じゃない、もっと俺と言う人間の根本的な部分が理由なのだろう。
それを察してなのか時折寂し気な表情をするサキさん、前までは違うどこかを見ていたのだが最近になって俺を見ながら寂しげな表情をする。
俺にはそれがしんどくて、鬱陶しいのだ。
************
「バーでバイトしようと思うんだ」
「急にどしたお前」
一樹があきれ顔で俺にそういう、確かに一樹の顔を見た瞬間に言う言葉ではなかったとも思うがそんな気を使ってやるほどの男ではない。
バーでバイトしたい、最近シンプルにお財布事情が厳しいのだ、昼の収入だけではやっていけないし、家賃やら光熱費、通信費を払った上で飲み代やら食費やらでどんどん金が減っていく、自業自得だがそのまま過ごすわけにもいかないので知り合いのツテをたどってバイトをすることにしたのだ。
「まぁ、いいんじゃね? いつから?」
「今日から」
「いや急すぎないか、まぁお前ならバーテン余裕でできると思うけどさ」
「そう思うだろ、甘いな、普通に緊張してる」
意外だが今の俺は相当緊張している、昼の仕事は何度も転職しているため慣れているのだが、夜の店で働くのは全くの初めてだ、勝手な偏見でヤンキーとかヤクザが殴り込んできたり酔っぱらいのジジイに酒掛けられたりと変な想像をしているうちに緊張がピークに達してしまい今のありさまと言うわけだ。
「とりあえず酒飲めば?」
「さすがに初出勤でそれはまずいだろ、人として」
「お前の口から人としてって、自分で言ってておかしいと思わない?」
「よーし、喧嘩売ってんだな。買った表出ろやごらぁ」
「いつもの調子じゃん、もう緊張してないっしょ」
「・・・・・・天才か」
一樹と数年つるんできて今日ほど一樹のことを尊敬したことはなかった。
「てか、リカちゃんとはどうなったんだ、お前」
「あー、結局めんどくなってやめた」
「ええ、どうしたんだよ急に」
「いやぁ、別れた元カレに対する未練が捨てられないとかで会うたびに泣かれてさ、めんどくなってさよならしちゃったわ。普通に冷めない? そういうことされると」
一樹が心底だるそうな感じでそう言った。
リカの未練のある元カレとはいったい誰なのか。俺も馬鹿ではないので予想はつく、ほとんどの確率できっと相手は俺なのだろう。
そうなると気になるのはサキさんに対してリカがなんというかだが、俺とサキさんがセフレだと知った時、きっとサキさんとリカの友達関係に亀裂が入る。
それどころか俺とサキさんの関係も気まずくなるだろう。
「おーい、聞いてんのか?」
「あ、あぁごめん考え事してた、んでなんだって?」
「最近サキと会ったりしてる? って」
「会うわけないじゃん、お前の元カノって知ってんのに」
「だよな、さすがに友達の元カノには手出せないよなぁー」
いや、一樹。お前実はもう手出してるんだよ。
とは言えなかった、そしてそれを言う資格が俺にはなかった。
とにかく、色々と情報が回る前に根回しをしなければいけない、今日からバイトするっていうのに全く集中できない。
とりあえず今日のバイトが終わったらサキさんに連絡を入れてみることにしよう。
ふとスマホを見ると二十時を少し回ったところでバイト開始の二十一時を考えるとそろそろ一樹の家を出たほうがいい頃合いだ。
「そろそろいくわ」
「あいよーかわいいお客さん捕まえて来いよー」
「ばっか、そんな余裕ないわ」
終始適当な一樹だが今日は一樹のおかげで緊張もほぐれた、今度しれっと何かおごってやるとことにしよう。
************
あんなに緊張していたバイトもいざ始まってしまえばそこそこいけるもので、平日ということもあり店内には常連っぽいお客さんばかりが目に付く。
どうやらこのバーは決まった制服とかはないらしく何色でもいいからシャツに下がスキニーでもジーパンでも大丈夫と言う緩い決まりだ。
初日ということもあって今日の業務はコップ洗いやオーダー聞きがほとんどで、バーテンダーと言えばのシェイカーを振ったりなどは一切なかった。
店長に聞くとピークタイムは深夜一時を超えたころかららしく主に夜のお店で働いている女の子が仕事終わりに飲みに来たりするらしい。
そういえば、ここの店からアイカさんの働いているスナックまで割と近い、アイカさんが仕事終わりにここに飲みに来る可能性もゼロではない、まぁ来たからと言ってなんだというのだが。
深夜一時を過ぎたころ、確かに同業っぽい格好の人たちが店内に入ってくる。
みんなキラキラとしたドレスを着ており、まるで今このバーがスナックになったのでは、と勘違いするほどの同業率だ。
只時間も時間なのでそこまでオーダーが込み合うかと言われるとそうでもない、結局二時前にはオーダーはほとんど終わり、今は暇な時間帯。
「あ、今日はもう大丈夫だよ、初日お疲れ様!」
陽気な店長が俺にそう言う、どうやら今日はもうこれで終わりらしい。
「あーそんで一応大丈夫だと思うけど基本店に来るお客さんとか、同業の人に手を出したらダメだからね。もしそうなるならその前に報告すること」
「わかりました」
あるわけないだろ、と強気には言えなかった。
実際店長にそれを言われて少しがっかりした。
いや別に女性を漁りにバイトしているわけではないのだがそれでも少し期待はしていたわけで。
もしここにリカがいたならそういうところだよ、とあきれ顔で殴られそうだ。
何故今ここでリカを例えに出したかわからないが。
ともかく初日のバイトは無事に終わり、俺はサキさんに連絡をすることにした。
店から出てすぐに電話を掛ける、数コールでサキさんは出てくれた。
「もしもし、サキさん今大丈夫?」
『あー時間は大丈夫なんだけど、・・・・・・状況は大丈夫じゃないかも』
いつものサキさんより暗い声だった。
そのあとただサキさんは電話口でただ一言、『ウチに来て』そう告げた後で電話を切られた、色々な考えが頭を巡ったがどんな想像をしてもどれも最悪な状況しか思いつかない。
「・・・・・・まじかー」
自然と笑みが出る、ポケットからタバコを取り出して火をつけた。
「まぁ、最低な事したし。自業自得でしょ」
人から咎められるより先に自分を戒めることは一種の逃げだと思う、でも必要以上に傷つかないようにするには最適な手段だ。
これから何が起きるか大体予想が付く、予想がついてしまう。
だからやることは一つだけ。
クズで最低な男の演技だ。
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