第3話
右腕に違和感を感じて起きた、今日はその違和感が何か最初からわかっている。隣にはサキさんがいて俺の横ですやすやと眠っている。
いつもは強気な表情を見せるサキさんだが眠っているときはとてもかわいい顔をしている、これが俗にいうギャップというものなのだろうか。
そんな風にサキさんの顔をずっと見つめているとタイミングを計ったかのようにサキさんの目が開く。
「・・・・・・そんなやさしい顔できるんだ」
「色々言いたいことはあるけど起きて一発目にそれってバカにしてる?」
「してないしてない、むしろ感心したというか」
柔らかく微笑みながらサキさんはそう言った。
今更ながらサキさんの年齢は二十六歳で俺よりも二つ上らしい、道理で大人っぽいのも納得だ。
何故だが急にサキさんの顔を見るのが恥ずかしくなりそれをごまかすためにタバコに火をつける。
ベッドから起き上がり壁にもたれかかりながら一口吸う、のだが落ち着かない。
その理由は、
「サキさん、そんなに見られたら恥ずかしいです」
「いや、タバコ吸ってる姿似合ってるなと思って」
「嬉しいような嬉しくないような」
タバコを吸う姿が似合ているとは初めて言われた、今までの女性経験でタバコをプラスのイメージでとらえてくれる人など存在しなかったし俺自体喫煙者ではあるがタバコという物をいいものだとは思わない。
只、なんとなく吸っているだけで吸っている自分を客観視してみたことなど無い、だからサキさんにそういわれて驚いた半面少しドキッとした。
「全然関係ないんだけど、サキさんってなんでタバコ吸うようになったの?」
「んー」
そうやってサキさんは少し考えた後、いつか見せたような寂し気な表情をしながら、
「一樹の影響、かな」
「・・・・・・サキさんって意外に男に依存するタイプ?」
「意外っていうかそもそもそうだよ、私は結構好きになった人の物を好きになるタイプ。だからタバコもそうだし好きなお酒も服の系統も」
好きになった人の物を好きになるタイプ、それは言い換えると自分がないのと同義にも思うがそれを今ここで言う程おせっかいでもない、只サキさんの言葉が本当ならば今のサキさんは俺のどの部分も真似しているわけではないのだから俺のことを好いているわけではないのだろうということが何となく分かった。
「サキさんにそこまで愛される人は幸せ者だね」
「愛されたい?」
「・・・・・・まぁ、ほどほどに」
少し言葉に詰まる、愛されたいかどうか。
正直に言えばそれはもちろん愛されたい、だが愛される資格があるのかと言えばそうではない気がする。
今までの俺は誰かを幸せにできたことはないしむしろ悲しませてきた、そんな俺が今更誰かから愛されたいなんて言う資格はあるのだろうか。
「サキさんは俺の事愛してくれる?」
「ほどほどに?」
「・・・・・・ムカつく」
そのあとサキさんと俺はいつもより激しくセックスした。
************
それから一週間後、急に一樹から連絡が来た。
送られてきた文章は、
『喧嘩した、慰めてくれ』
そんなあからさまに面倒そうなワードで正直無視してもよかったのだが後が面倒そうなので向かうことにした。
一樹の部屋につき、玄関を開けると異臭がした、異臭というかアルコールの異臭だ。
「おお、やっと来た。いつか言ってたスナック行くぞ」
「マジか、とりあえずそのぐっちゃぐちゃの髪と服装を直してから行こうな」
「うるせー、今日俺はアイカちゃんに慰めてもらう」
どうやら一樹はかなり飲んでいるらしく、少し近づいただけでかなりアルコール臭いことがわかる、どれくらい飲んだかは部屋のテーブルの上に置かれた空き缶やら空き瓶の数でなんとなく察した。
今日は長い一日になりそうだ。
そのスナックは周辺で比べるとキャストが若いことで有名らしく店にいる客層もかなり俺たちと近いことがうかがえる。
初めて入った店ということもあり正直居心地が悪い、俺と一樹は入り口近くのボックス席に誘導された。
「一樹さん久しぶりですね! 最近来てくれないから寂しかったですよ?」
「あぁごめん忙しくってさ・・・・・・」
「お連れさんは初めましてですね、私アイカって言います。よろしくお願い致します」
「あ、あぁよろしくお願いします」
「なんで敬語なんですかー、壁感じちゃいますって」
「ごめんって、よろしく」
実を言うと俺はあまりこの手の店が得意ではなかったりする。
理由はいろいろあるが一番の理由は嘘だということがはっきりと分かるから、むしろそれを売りにしているのは分かるのだがどうも冷めてしまう。
まぁ、酒を多量摂取すれば気にもならなくなるのだが。
「なぁアイカ聞いてくれよ、俺最近彼女と別れたばっかりでさ」
「え、あの可愛い彼女さんと別れちゃったんですか!?」
「いやいやアイカの方が可愛いって、・・・・・・だから俺今日慰めてもらおうと思ってさ」
「えーうれしい! アイカで良かったらいっぱい慰めますよ」
いや、お前。とは思ったがそれは言うまい。
そんな感じでアイカさんは終始笑顔を振りまいてそれに一樹はまんまと騙されてへらへらと楽しそうに笑っている。
楽しそうなのは何よりだが、俺が先ほどから孤立してしまって正直暇で仕方がない。
このまま帰ってやろうか、そう思ったその時、急に俺の隣にこの店で一番偉いであろういわゆるママと呼ばれる人だろう女性が近づいて来る。
「お隣失礼しますねぇ、この店のママのみどりです」
「あ、ども、よろしくお願いします」
「こういう店は初めて?」
「はじめて、ではないですけど緊張はしてますね」
「何それ、なんか困ってそうだったので隣に来ちゃいました。ご迷惑じゃなければ一緒にいいですか?」
「それはもう、ぜんぜん」
「それじゃ、ありがたくもらいますね」
そういって隣に座ったみどりママはなれた手さばきで自分のドリンクを作り、タイミングを計ってアイカさんと一樹の会話をさえぎり乾杯をする。
適切なタイミング、適切な距離感、これがプロの技かと少し感心してしまう。
そこからはもうほとんどみどりママのペースで、一樹が一線を超えないように監視しながらそして目くばせでアイカさんに無言の指示、その片手間に俺の相手をする。
しかも片手間と言えど話自体も普通に上手い、あまりにも完璧すぎてもはやこの人は人間なのだろうかと思ってしまう程。
「一樹君、あんまりアイカの事困らせちゃだめよーママの目が白いうちにやめることね」
「そんな、俺そこまで変なことしてませんって」
一樹はそういいながらアイカさんの肩に手をまわす、何と言うか近すぎてこっちまで大丈夫なのかと心配になってしまう程で俺は恐る恐る隣に座るみどりママを横目で見る。その表情は全くと言って変わっていないがなんとなく目に圧力を感じた。
これはまずい。
「お、おい一樹、アイカちゃんお前だけ独り占めしてずるいじゃんか、俺にも話させろって」
「そうですよ一樹君、今度は私とお話ししましょうね?」
「え、ちょ、俺今日はアイカと話しに・・・・・・」
「私とは話したくないってことでいいかしら?」
「・・・・・・いいえ、ママと話したいです」
何とかうまく誘導できたようだ、だが問題は、
「・・・・・・助けてくれてありがとうございます」
いつの間にか俺の隣に移動していたアイカさんがそっと耳打ちでそんなことを言った。急に顔を近づけられたのもあってびっくりしてしまう、しかもいい匂いがする。
そして何よりビジュアルはかなりかわいい、正直かなり俺のタイプの女性だ。
「別に、まぁ、悪い奴じゃないからこれからも相手してやってね」
「次は一緒に来てくれないんですか?」
「・・・・・・気が向いたら」
「意地悪ですね、アイカずっと待ってますからね」
少し拗ねたような表情で俺にそういうアイカさん、まぁ、これもどうせマニュアルで営業手法なのだろうがそれにしてもよくやると思う。
ふと、なんとなく、やられっぱなしな気がした。
「アイカちゃんと会うのは初めてだけど何となく初めて会った気がしないや」
「え!? もしかしてどこかで会ったことありますか?」
「ないよ、それくらい親しみやすいってこと」
「・・・・・・なんか慣れてますね」
冗談っぽい表情をして指先でつつかれる。
「別に、只初めての店で初めてつく子がアイカちゃんでよかったよ」
ここで少し酔ったふりをして首をかしげて軽く笑って見せる。
大事なのは一樹のように酔いすぎた感じで言うのではなく、あくまで少しほろ酔いでまだ正常な判断ができる状態であると思わせること。
「なんか、普通にうれしいです」
「いいよ、これからも頑張って」
そして最初はがっつきすぎないこと。
これをすれば初対面の相手でも、あれ、こいつ普通の人と違うかも。
そう思わせることができたりする。
ただ失敗するときもあるので諸刃の剣だ。さて今回はどうなるか。
「次来るときも一樹とくるからほどほどに連絡取っといてよ、んでおーい一樹、俺もう帰るからなー金は置いていく」
「ん、了解」
何だ、一樹の機嫌が悪い。
まぁ大方みどりママに説教でも食らったのだろう。
一樹の愚痴を聞く気はもうないので早々に退散することにしよう。
店を出るとき一応アイカちゃんが見送りをしてくれたのだが、最初の営業モードとは違ってぎこちない気がした。
帰り道、なんとなくアイカさんの事を考えながら歩く。
俺は昔から他人を見ると大体この人はこんな感じなんだろうと分かったりする、百発百中ではないにせよそれでも半分くらいは当たっていたりする。
だからアイカちゃんを見たときに俺が感じた第一印象、それはこの子は苦労して頑張っている子なんだろう、そんな印象を受けた。
ところどころの表情に影があったり、一樹のようにぐいぐい来られたりすると素で困ってしまっている感じがしたのだ。
まぁ、だから何だと言われればそれで終わりなのだが。
仮に俺の見立てがあっていたとしても俺にはどうすることもできないし、そもそもどうするつもりもない。
結局は最後に決めるのは自分自身なのだから。
住宅街へと差し掛かり、ポケットからタバコを取り出して火をつける。
何となくぼーっとしながら歩く、気が付けばスマホを取り出して電話をしていた。
「サキさん、今から家行っていい? めっちゃ会いたい」
二つ返事で了承を貰えたので回れ右してサキさんの家へと向かう。
最近サキさんとよく会っている、会いたいと思う気持ちは嘘じゃないし、サキさんといると楽だ。
ただきっと、俺はサキさんの事を好いているわけではないのだと思う。
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