第2話

 結論から言うと友達の元カノと致してしまった。

 朝起きて右腕の重みで起きるとそこには見知った顔があり、数秒間フリーズして我に返った時それが一樹の元カノのサキさんだということが分かった。


「・・・・・・やっちまった」


 そう思いながらベッドから起き上がる、起こさないようにゆっくりと右腕を引き抜いて解放された右腕の痺れを左側の手で擦る。

 やっちまったとは口では言うが実を言うとそこまで何も思っていなかったりする。さすがの俺でも多少は罪悪感というものもあるが今回にしては一樹も一樹で良い思いをしただろうしお互い様ということで手を打ってほしいと思うのが本音だ。


「確かこの辺に・・・・・・あった」


 大体のラブホテルと言われるもには冷蔵庫にミネラルウォーターがあったり、インスタントコーヒーや粉状のお茶があったりする。

 基本貧乏性な俺はそのコーヒーを必ずと言ってもいいほど飲む、巷ではラブホのコップは使わない方がいいとされているがそんなこと知ったこっちゃない、どうせ死ぬわけでもない。

 未開栓のミネラルウォーターを冷蔵庫から取り出して備え付けのポッドに注ぎ込む、あとは数分待つだけだがどうしても生活音的なものはなってしまうわけで、


「おはよーあったまいたい・・・・・・」

「おはよサキさん」


 何事もなかったかのように会話をする、どうせ初試合の後の初めての朝は気まずくなると相場は決まっているし今まで何回もそういう経験をしたからわかる。

 こういう時は普段通りに何もなかったかのように接するのが一番良い、のだが。


「・・・・・・もしかしてやっちゃった?」


 そううまくいかないときも当然ある。


 気まずそうにこちらを見るサキさん、表情から見るに何を考えているのか大方予想はつく、だからこういう時は。


「そうだね、もう一回する?」


 気まずそうなサキさんに覆いかぶさりキスをした、最初は抵抗していたが数秒たつと抵抗しなくなったところを見るとまんざらでもないのだろう。

 そんな時、沸かしていたポッドからカチッという音が鳴る、タイミングがいいのか悪いのかお湯が沸いたのだろう。


「・・・・・・」

「・・・・・・」


 唇を話してからお互い無言になる、以外にも先に口を開いたのはサキさんだった。


「うすうすわかってたけど、こういうの慣れてるでしょ?」

「少なくとも昨日は初めてだったけど?」

「そうやってごまかす感じもなれてそ」

「慣れてたらいやだ?」

「んーん、私より最低そうで安心した」

「それって喜べばいいの?」

「そっちに任せる」


 そんな会話をした後サキさんが突然笑う、というよりも吹き出したに近い。


「てか寝ぐせひっどいよ、治してあげる」

「寝起きだからしょうがないじゃん」

「昨日は男らしく見えたけど急にかわいいとかギャップってやつだよ、私はそういうの好きだよ」


 俺の髪をやさしくなでながらサキさんは微笑む、正直人に頭を撫でられるのは嫌いじゃない、むしろ好きな方だ。

 そのせいで少し調子がくるってしまう、少し恥ずかしくなり視線を落とす、向かい合っているものだからサキさんの上裸が目に入る。

 やや痩せすぎだがきめ細かい白い肌と着やせするのだろう、脱がせる前にはわからなかった大きい胸、そして何カ所にも見える少し薄くなったキスマーク。

 それを見た途端、自然と指でキスマークをなぞっていた


「これ、一樹の?」

「・・・・・・まぁね、付き合ってるときはつけてくれなかったのに別れてそういう関係になったらこんなにつけてくれて」

「なんか以外だな、一樹そういう風に見えないから」


 俺から見た一樹の印象は誰に対しても排他的で所有欲とか嫉妬とかそういうものと無縁なように見えたのだが、やはり異性じゃないと見せない部分があるのかもしれない。

 まぁ、だからと言ってそこまで気にはならないのだが。


「俺以外の誰かとやるなよ、だってさ。自分はほかの子と遊んでるのに」

「だったらサキさんもやり返したら?」


 やられて嫌ならやり返したらいい、これが俺のスタイルでやめてというよりもやった側と同じことをして自分の罪を自覚してもらう方がいいと思っている。

 だからサキさんもそうすればいいのではないか? と単純に思ってしまった。


「一人じゃできないじゃん」

「俺を利用してもいいよ、気の済むまで」


 勿論本気で言ったわけじゃない、只俺も今は特定の誰かと遊んでいるわけではないしどうせ一回関係を持ってしまったのなら二回三回も変わらないだろとも思っただけだ。

 俺がそういうとサキさんは下を向き数秒考えた後で俺の目を見た、何かを期待しているかのような眼だ、何回も見てきたからわかる。わかってしまう。


「・・・・・・本気? 一樹にばれたら大変だよ」

「じゃぁ、墓場まで持ってこ」


 そう言った後、サキさんを押し倒して薄くなった数カ所のキスマークに被せる様に新しいキスマークを付けた。

 別に意味はない、なんとなくそうしたかったのだ。


「上書き完了」

「・・・・・・ばか」



 ************



 サキさんとそういう関係になって数日が立って一樹から連絡が来た。

 少し、もしかしてサキさんと関係を持ったことがばれたのかな思いドキッとしたが次の一言でそれはないなと思った。


「なぁ、俺リカちゃんの事好きかもしれん」


 開口一番、一樹がそんなことを言った。

 思わずビールを吹き出しそうになったが何とかこらえる。


「えーと、なんでそう思ったんだ?」

「なんかこう、あの日からずっと悩み相談とかよく受けてたんだけど相談相手になってるうちに俺ならそんなことしないのに、俺の方が幸せにできるのにって思うようになってきて気が付いたら好きになってた」


 なんとまぁ、結局リカは最後まで元カレが俺だとは言わなかったのだろう。そこはすごいとは思うが何とも複雑な気分だ。

 別に昔の彼女に対して未練があるとかそういうのではないが、この場合は一樹に対して不誠実ではないだろうかと思ってしまったのが本音だ。


 だが冷静に考える、俺が言えた立場では絶対にないと。

 当人たちがそれでいいのであれば俺からは何も言うことはない。


「一樹の好きにすればいいと思うけど、サキさんはどうするんだ?」

「・・・・・・いや、なんかあれから連絡帰ってこなくてさ」

「いやそりゃいくらセフレでも目の前であんなことされた怒るだろ、普通」

「別に好きとかではないけどなんか楽だったんだよな、あいつ」


 一樹の言いたいこともなんとなくわかる、そりゃ少なくともあっちにはまだ未練があったわけでそこに付け込んでこられたら無下にもできないししたくないだろうし、そういう関係が楽だというのは十分にわかる。


「その辺はどうでもいいけど、失恋したばかりの女性に手を出すならしばらくは一途になったほうがいいと思うぞ、人として」


 どの口が言う、自分で言っていて突っ込みそうになった。


「そうだよな、てか初めてしたときリカちゃんの胸元にめっちゃキスマあってさ、すっごい萎えた。だからムカついて上書きしてやったわ」


 一樹は酒をあおりながら笑ってそう言った。

 いや、お前もかよ!! と、また突っ込みそうになったのと同時に同じことしてるのかと思ったら少しいやな気持になった。


 一時間くらい経った頃だろうか、やけに一樹がそわそわしてスマホをいじりだした。

 なんとなく、これからリカが来るんだろうなと察した俺は余っていた酒を一気に煽り席を立つ。


「俺今日用事あるから帰るわ、どうせリカちゃん来るんだろ?」

「べ、別にそういうわけじゃ!!」

「いいって、わかってるから」


 そういって一樹を茶化しながら自分が飲んだ分の酒の空き缶を片付け始める、いつもならそんなことせず気にせず帰るのだがせめてもの罪滅ぼしに、なんて都合のいいことを考えながら片付ける。

 そのあと足早に一樹の家を後にすることにした。



 ************



 一樹の家から出た後、なんとなくまだ帰る気になれなくていつもよりだらだらと歩きながら帰っていた。

 本当はだめだが夜ならまぁいいだろと思いタバコを吸いながら歩く。

 こういう日はなぜだが昔のことを思い出してしまう、だからだろう、帰る途中でしっかりとおしゃれをしたリカに遭遇したのは。


「・・・・・・」


 目が合って、それでも何も言わないリカ、正しくは何を言えばいいかわからないのだろう。これから元カレの友達の家に行こうとしている際に元カレと遭遇、正直気まずくなるなと言う方が難しい。


「よ、おしゃれして誰かとデートか?」


 我ながら無神経にも程がある、でもそれでいい。

 いっそのこと嫌われて、あきれられて興味とか未練を一切なくして違う誰かと幸せになってくれればいいと本気で思っているのだから。


「だったら何なの」

「別に、吹っ切れるの早すぎっていうか逆に俺に未練とかなくてよかったわ」

「そういうとこだよ、そんなんじゃ一生幸せになれないよ」

「何のことかわからないけど、気を付けるわ」


リカの言葉に流すように軽く言葉を吐く、リカはそんな俺の態度が癪に障ったのか今にも泣きだしそうな顔で、


「ほんとにこれでいいの!?」


 夜の住宅街にリカの声が響く、何がこれでいいのかわからない。

 でも、


「・・・・・・は? お前が選んだんだろ」


 どうして今俺はこんなにもリカに対して怒っているのだろう。

 お互い見つめ合いながら数秒間無言だった、これ以上何も話すことはないし、それはあっちも同じだろう。

 だから俺は逃げるようにリカの横を通り過ぎた。

 通り過ぎる直前、


「かわいそうだよ、あんた」


 そう言われた気がした、口を開いたところを見ているわけではないので実際に言われたかどうかなんてわからない、でも確かにそう聞こえたのだ。


 無心で歩いて数分、気が付けば住宅街を抜けて大通りに出ていることに気づく。

 ふと冷静に戻って右手を見るとすでに灰が落ちてフィルターだけになっているタバコがあった。

 近くにあるコンビニの灰皿にそれを捨ててポケットからスマホを取り出す。


「・・・・・・あ、サキさん? 俺めっちゃ今サキさんに会いたい」


 気が付けばサキさんに電話をかけていた。

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