紙の本、「書籍」はなぜ苦境に立たされているのか

 「紙の本は、誤配によって助けられていた」


 いきなりこんなことを主張しても、よくわからないと思いますので、私が考える「書籍」が苦境に立たされている理由と絡めながら、順を追って説明します。


 まず、いきなり「書籍」の問題点からあげますが、この形式は、実のところ「誤配率」が非常に高いメディアです。


ここで「誤配率」というのは何かというと、要するに、本を買ったが、その本を読んでも読まなくてもよかった、わざわざ買う必要もなかった、あるいは買わなければよかった、という場合を指します。


 書籍はパッと見ただけでは、その内容を理解し、自分に合っているか判断するのは難しいです。


 そうした判断ができるようになるためには、実際にその本を読むだけでなく、その前に、大量の本を読んだりして、傾向を掴んでおかなければいけません。




 でも、そうでない場合(特に小説の場合は)、あなたが手に取った本が、たとえそれがベストセラーだとしても、あなたにとっていい本なのかどうかは、誰にもわかりません。レビューは参考になるかもしれないが、あなたが読んでみるしかない。


 そうして決して安くないお金を払い、部屋の本棚の僅かなスペースを犠牲に、その物語があなたに合うかどうか決めなくてはいけません。


 でも、そうやって読み始めると、大抵の場合、その物語は(ある一定以上の水準を満たしたプロの作品なら)、まあ面白かったけど、あまり心には残らなかった、というものになるでしょう。ごくわずかの場合、それはあなたにとって生涯忘れられない読書になり、また別の場合、こんなもの二度と読みたくもない、という読書になるわけです。


 このようにして、同じ本を取ったとしても、人によって、その反応は様々で、それが小説の場合、実のところ「誤配」であることがほとんです。つまりほとんどの本はあなたの心には残りません。


 でも紙の本は、買い切りなので、買って読んでみて面白くなかった時に、つまり「誤配」が起こったとしても、当然返品なんてできません。


 そして、紙の本、「書籍」は、実は、この大量に生じる「誤配」に頼ってきました。小説はどうしたって咀嚼するのに時間のかかるメディアなので、あなたが立ち読みだけで判断するのが難しい。


 かつては、そのような書籍の性質と、その小説がどういう小説か、という外部からの情報のなさによって(ネットなどない時代は)、大量の「誤配」を生んでいたわけです。


 つまり、話題になっている本はとりあえず「買ってみて」それから判断しよう、という、本来はその小説に合わない、「誤配」の層が、その作家や出版社を支えていたわけです。


 村上春樹が、「自分の小説はわかる人に届けばいい」みたいなことを言っていたけれども、彼の成功は、彼自身の能力ももちろんありますが、実際には、「ノルウェイの森」などで起こったこのような大量の「誤配」によっても支えられていたわけです。


 でもメディアが発達して、ネットが社会に浸透すると、その小説が、実際はどんな話なのか、どういうテーマで、どういう文体なのか、購入する前にある程度知ることができるようになりました。


 そうなると、それまで行われていた「誤配」が起こりにくくなるわけです。するとその分だけ売り上げが落ち、作家は次の作品を出版してもらえる確率が減り、その才能が花開く確率も減ります。


「誤配」が起こりにくくなったので、出版社はその分を回収するため、庶民の購買力がまったく変化していないというのに、本の値段をつり上げ、そのせいで、さらに、本来はその小説を気に入ってくれたはずの読者が手に取る機会を遠ざけます。


 そして、出版社も新規のお客さんが減っているとわかっていても、彼らは別に芸術家でもなんでもなく商売人なので、次にどんな作品を発表すれば「売れる」かわからないし作れない。


 それで、既存の作家、たまたま「売れた」作品を模倣した作品を連発させるとか、「売れる」かどうかわからない新人作家とか、そういった新進気鋭の作風の作品を出すことを渋ったりするようになります。


 あるいは、数打ちゃ当たるとして、新人を乱発させ、そのような中でたまたまヒットした人間だけを拾い上げ、他は(その後に傑作を書くかもしれないのに)、容赦なく切り捨てる戦略なんかもとるわけです。


 一方、読者側は、似たような物語、面白いのかよくわからない無数の新人たちの作品を前にして(それから本の値段の上昇もあって)、どれを選べばいいのかもわからず、損をしたくないから、と色々と調べる内に、情報に疲れ、自分が求めるものがそこにないと感じるようになって去っていくのです。


 このようにして、紙の本、書籍は、どんどん、そこから新しい作品、作家を生み出す土壌を失っているわけです。

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