小説家の才能
あなたは、小説家の才能、について考えたことがありますか?
私は何度もあります。
それは言い換えれば、小説を書くというのは何なのか、という問いでもあります。
かつて、「小説家」という職業が存在しない時、物語の才能を持つ人は、ただ、地域社会で脈々と受け継がれてきた物語の継承者でした(この辺りの話は大江健三郎の「M/Tと森のフシギの物語」でも出てきます)。
それはこの世界がどうなっているのか、つまり、あの沼は危ないとか、キツツキはどうしてキツツキなのか、カラスはなぜ黒いのか、とか、そう言った話でした。
時代が変わって、今、物語の才能をもって生まれてきた人は、自分の目で見た世界について語ることを求められていると思います。
本来、そのような個人的な、利己的な物語であるはずのそれが、社会の、多くの人にとって有益で、重要な示唆をもたらす物語になる。
利己的なものが利他的なものも兼ねている。これは小説のフシギな魅力の一つだと思います。
小説家は社会のカナリアだ、という話もあります。
私もそう思います。
そして、小説を書く能力は、誰にでもあるものではありません。それは遺伝によって、ほぼ決まる。作曲、スポーツなどと同じような先天的な能力だ、という研究結果があります。
*ここで「遺伝」という言葉が誤解を生みやすいので注釈をしますが、この場合の「遺伝」というのは、親がそういった能力があって子が受け継ぐという話ではなくて、ある人と別のある人には、執筆能力に差があるようだが、それは環境要因か、それとも遺伝で説明できるのか、という話です。執筆能力はその意味で遺伝によってほぼ決まるそうです。もっと詳しい話を知りたい人は、安藤寿康さんの著作などをあたってみてください。
つまり、あなたが小説、物語を書けるのならば、それは訓練の結果というよりは、あなたの遺伝、才能のおかげだということになります。
まさかと思う人もいるかもしれないですが、現状の研究ではそのような結果が出ているようです。
これはなにも、「小説家講座」のようなものを否定しているわけではありません。ああいったものは、そうした才能を編集部などに受け入れられやすくするための「化粧」を教えるようなもので、元々持っている顔にあたる、才能とは関係ないからです。
そして個人的には、この結果は私の感覚にもぴったりと合います。
私は昔から書くこと、物語に興味がありました。文字にはしなくても、物語を考えて友達に話したり、ベンジャミンバトンの物語の根幹となるアイデアを思いついていて、映画になった時、盗まれた! なんて今ではちょっと笑えないエピソードもあります。
でもそれは、ずっと普通のことだと思っていました。誰でもそういう欲求を持っていると勘違いしていたのです。
そして、他人はそうでもないことを知ったのは、主に、卒業文集などからでした。私は、それを書くとき、ずいぶん技巧を凝らそうとするのに、ほとんどの人はそんなことをせずに、決まったフォーマットに従って書いているだけでした。
他にも、私はせっせと日記とか、旅先で気になったことを書いたりするのを誰かが目撃すると、決まって不思議そうな顔で見られます。
ほとんどの人はそんなことをしようとも思わないのです。
つまり、この経験から言っても、物語を書くことができるのは、選ばれた能力の持ち主です。
しかし、勘違いしてはいけないのが、だからと言って、「成功」は約束されていないことです。
物語を書くことができる、書くことに興味があるあなたには、ほぼ間違いなく才能があるけれど、それが多くの人に受け入れられるかどうか、「売れる」かどうかは保証していないということです。
ここを勘違いすると、評価されなくて落ち込むことがあるかもしれません。才能がないと悩むこともあるかもしれない。
でも、物語を書き出し、終わらせた時点で、あなたには才能があります。
あなたの才能を評価する社会がまだないだけ。あるいはそのシステムがない。またはあなたの作品は、万人には受け入れられにくいものなのかもしれない。
でも才能、つまりあなたの遺伝にはその大きさとかを評価する指標なんてありません。それを評価し、振り分けるのは、外部にあるのです。
だからあなたに才能がないなんて、嘘です。あなたの才能、遺伝子はそこにあるのです。
それを勘違いしてはいけません。
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