第6話 別視点 繰り返しの勇者
レフ街は辺境伯領に取ってはそこまでの価値がある土地では無かった。
至って普通の街であった。
だからこそ代官ポッチに取っては大事な街でもあった。普通、それこそかけがえのないものであるとポッチは知っていた。
巨人によって失われつつあるものだということはこの街に来る難民を見ればわかる事だ。
代官ポッチは40過ぎ、ぽっちゃりとしたふくよかな体型の男性だ。頭皮は薄く、その代官用の貴族服を着ていなければ貴族とさえ認識されないような男で威厳はない。
貴族としての位も高くなく没落寸前でもある。
「今夕、この街にはレイナ・トラベルタ辺境伯家の令嬢が到着される予定です! 皆さん、失礼の無いようにお願いします! 目につくところはしっかりと掃除をして、それぞれ協力するように! 出迎えられるものは笑顔で迎えるように!! トラベルタ令嬢はこの辺境伯領を継ぐ大事なお方である! 明日は司祭による鑑定もあるので昼の鐘が鳴る前には広場に集まるように!!」
金を払って酒場の吟遊詩人や道に立って大声を上げる宣伝人を使えばいいものを、真面目なポッチは自ら声をはり上げる。
この真面目さゆえにトラベルタ辺境伯は彼を代官に任命したが、ポッチは損ばかりしていた。
ガヤガヤ、貴族様の勝手だな。
商業連合が滅びようとしてる時に暇な事で。
明日は畑を耕さんとな〜
レイナ様のお年ってたしか……。
5歳よ5歳。
まだ赤ん坊じゃないの……。
真面目で優しいポッチの治めるレフ街では一般人には貴族社会にあるまじき増長があった……。
まぁ農民や商人なんてそんなものだろうか。
その日の夕刻、 レイナ辺境伯令嬢一行はレフ街に到着した。可憐だがどこか険しい表情をした5歳児に、緊張してるのねと大半は頬を緩ませて思った。一部の鋭いものはその立ち振る舞いに5歳児らしからぬ賢さや経験を感じとり、不思議に思いながら注目した。
翌日、代官ポッチは冒険者ギルドにいた。
汗を拭きながら強面で屈強な海賊の船長と言ってもいいような冒険者ギルドマスターとポッチは話していた。
「やぁギルドマスター、今日はレイナ様の鑑定の日ですからな。冒険者にも集まるよう、よろしくお願いしますよ」
「はぁ、要件はそれだけか、海に出てる奴はもう呼び戻せんぞ」
「は、はぁ、やはり来ない方もおられますか。ええ、まぁ。それは仕方ないです。生活があるでしょうから。で、ではレイナ様の視察も近々あるでしょうからその時のことはまた後日」
「わかった。相変わらず真面目な事だな。まて、ポッチ。……視察は後日なんじゃなかったのか」
「は、はい何か?、あれは!」
昼の鑑定に備えて冒険者ギルドに赴き、広場に集まるように根回し活動を行なっていたのだ。
そんなところにトラベルタ令嬢の姿があった。
「おはようございます。これらを対巨同盟によろしくお願いします」
5歳児には持たてない量の羊皮紙の塊をお付きのメイド達が届けた。
「レイナ様! 奇遇ですな。まさか冒険者ギルドでお会いしようとは旅の疲れは癒えましたでしょうか。冒険者ギルドには何用で?」
「昨晩の出迎えはご苦労さまでした。心寄りの歓待によって疲れは癒えました。ありがとうございました。今回は対巨同盟へ提案をさせていただきました」
「は、はぁ。志が高く立派でございますな……」
対巨同盟用のご意見箱なんて酔っ払いの冒険者が伝票なんかをぶち込むような場所であって……そう巨人に対抗できる案が集まるならここまで人類は負けてないと笑われるようなものなのだが……。
ポッチはそうとは言わず熱心な幼子にいうのは酷だろうとそう言うに留めた。
「私は辺境伯次期当主よ。そしてこの街の差配を任せられました。笑うなら中身を読んでから笑うことね」
ポッチが愛想笑いを浮かべてそんなことを考えている間にもレイナは周りにそう言って冒険者ギルドを去った。
「あ、いえ、私はそう言うわけでは!これは失礼を! あ、レイナ様、またお昼にお会いしましょう!」
そう言うだけがポッチの精一杯だった。
これは後の国連軍において対巨人構想と呼ばれ、対巨人戦争における旗印となる物の産声でもあった。この時のポッチはその歴史の分岐点に立ってるなど知る由もなかった。
その後の昼の鑑定の儀。ポッチは程々に集まった民衆を見てホッと一息ついた。
これで誰も集まらず不況を買ってしまったら力無き自分は辺境伯家にも愛想をつかれて終わりだからだ。この愛すべき普通の街とも離れ離れになってしまう。
司祭が壇上に上がり辺境伯令嬢に手をかざす。
「これより、鑑定の儀を行います。大いなる存在達の御業を矮小なるわれらに教えたまえ!」
光が空中に放たれた。
名前:レイナ・トラベルタ
能力
:『魔法』
:『繰り返しの勇者』
そう空中に文字が表示される。
勇者だ!
勇者だぞ!?
本当にそう書いてあるの!?
ついについに!
あぁ神々よ………。
教会本部に伝えろ!
鑑定の儀は大混乱に陥ったのだった。
ポッチはようやくこの普通だった街が普通では無くなるのだということを理解したのだった。
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