第19話 行ってこい

 アカデミーのスケジュールは、十日ごとのサイクルで回っている。

 一般教養が十日、実技……この場合は任務だが、それが十日。

 残りの十日間は遠征から帰ってこれなかった場合の予備日であり、自由時間だ。好きに使っていいが、俺の場合は次の実技の準備、買い出し、あとはつかまりにくい教官への質疑応答に使っている。あとは自主練だ。

 他の生徒もそうかと思っていたら、エドウィンが呆れて、「んなみっちりやらねーよ!」と叫び俺を外に連れ出したので、俺以外はアカデミーに行かず適度に遊んでいるらしいということが判明した。


 本当は、自由時間で魔物を狩って納品できたらよかったのだが……。アカデミーでは、予備日に魔物を倒すことを原則禁止している。

 それと、アカデミー生は教官以外からの依頼も受けてはいけない。もしも「小遣い稼ぎに外でちょっと依頼を受けて納品する」をやったら一発で退学だ。よほど周知を徹底しているのか、外に出ても話をもちかけられることすらないようだった。コミュ強のエドウィンが言っていたから間違いない。


 というわけで、全校生徒が揃っているのは、一般教養の授業がある十日間。今だ。

 ……ユーノの様子を知りたい。正直、不気味でしょうがないのだ。

 ユーノは、俺を使い潰すつもりで同じセイバーズのアカデミーに入り、そして俺とチームを組んだ。

 部屋を出た最後のセリフからしても、そうとう怒っているだろうし、義母も怒り心頭だろう。

 特に、義母の粘着性はすさまじいので、自主退学するよう、しつこく言われると考えていたんだが……二人とも異様におとなしい。

 何を企んでいるのか知りたい気持ちがある。


 というわけで、使えそうな二人を呼び出して頼んだ。

 ジャン・ロバーツとグレッグ・クワンだ。

 俺を利用した償いをしろ。

「……お前って、なんだかんだ弟想いだよな」

「お兄ちゃんやってるよなー」

「うるさい。いいからコッソリ探ってこい。絶対にバレるな」

 二人を偵察に行かせた。


 戻ってきた二人からそれぞれ話を聞いた。

 まず、ジャン・ロバーツ。

「クラスの奴とか周りの奴から話を聞いてきたぜー」

「どうだった?」

「ピリピリしてるってよ。ユーノの顔見知りの奴は、みんな口を揃えてそう言ってるな」

 顔見知り、という表現が引っかかった。

「……つまり、俺とお前みたいな関係の奴?」

 って聞いたらジャン・ロバーツに詰られた。

「お前、ひっでーな! 冗談にもほどがあるぞ!」

「ごめん、流してくれ」


 ……よかった、ジャン・ロバーツとは友達くらいにはなっているようだと、密かに胸をなで下ろした。名前呼び捨てだから、それなりに仲良いと思っていたのは勘違いじゃなかった。


「……それはともかく、顔見知りって引っかかるな。アイツって社交的だからたくさん友達がいるけど、それとは別でってこと?」

 ジャン・ロバーツがキョトンとした後、なぜか俺を気の毒そうな顔で見た。

「……あー、うん。そうだな、別だ。挨拶してちょっとした会話をするけどそれでおしまい、って奴だ」

 ……俺とジャン・ロバーツもそんな感じなんだが。

 俺がなんとも言えない顔になったら、ジャン・ロバーツが苦笑した。

「なんつーか、うわべの付き合い? 俺もお前の弟には声をかけたり『今日もポイント獲ったのかよ?』的な挨拶をしたりするよ? でもアイツ、それに答えるだけで俺のことは尋ねないんだよ。興味ないし、俺を知ろうとも思わないから。名前も知らないんじゃね? ……それが、顔見知りってこと。顔は知ってるけど他は知らない興味ない、って関係の奴」

「…………」

 ジャン・ロバーツは、ユーノに良い感情を持っていないらしい。

「……まぁ、確かに俺は、お前に『俺を利用してまでも仲良くしたい女子がいる』のを知ってるけど……」

「わかった悪かったごめんなさい!」

 ジャン・ロバーツが謝ってきた。


「で、話を戻すと。挨拶はするけど名前すら聞かれたこともないって連中が、お前と別れたことをちょっとからかったんだってさ。……徹底的にやりこめられて、二度と口をきかねー! ……って憤ってた。それが数人。『兄貴と別れたけど、最近どうよ?』って聞いたら睨まれた、それが数人。あとは、見るからに不機嫌そうで声をかけなくなったが数人」

「孤立してんじゃん」

 俺が呟いたら、ジャン・ロバーツが苦笑した。

「でも、それも気付かないんだよなー。……ぶっちゃけ、お前の方が付き合いやすいと思うぜ? 弟と組んでるときは、気配消してるって感じだったけど、今のお前、普通じゃん」

 ……実際、気配を消してたけどな。


「……俺のことはいいよ。それより、弟なんだけど」

 ジャン・ロバーツが呆れた顔をする。

「エドウィンも言ってたけど、お前ってホンット弟が好きだなー! ……ま、いいけど。今まで見かけなかったのは、ずっと任務をこなしてたかららしいぜ? オリエンテーションはほぼ初日で終わらせて、教官に怒られたらしいけど『一位の自分には必要ない』って突っぱねて、片っ端から任務を片づけたんだとさ」

 うん、いかにもユーノが言いそうだ。


「……だけど、ぜんぜんふるわないらしくって、ポイントががた落ち。バディとのコンビネーションがどうのって弟が教官に文句垂れたら『だからオリエンテーションを真面目にやれって言ったんだ』って怒られて、またオリエンテーションのやり直しだってさ」

 マジか。怒られるなんてユーノらしくないな。なんでもそつなくこなしていたのに。

 そうとうイライラしているのか。


「それでそうとうムカついてるらしい。ずっとハムザの文句を言ってるんだってよ。『まだ兄の方がマシだった』だとさ」

「……ハムザ・ヘンダーソンは大丈夫なのか?」

 ユーノはなかなかにねちっこい。というか、あの親子がねちっこい。俺はそれで精神力を削られて逃げ出したんだ。


 俺の問いに、ジャン・ロバーツは首を横に振った。

「俺もそう思って聞いてみたら、エドウィンと組んでた頃とは打って変わって暗く俯いてるらしい。エドウィンと組んでたときは、いっつも『別の奴と組んだらもっと上の順位なのに』って始終言って騒がしかったのに、今じゃ人が変わったようにだんまりだよ」

「……は? アイツ、エドウィンのドロップアイテム拾って自分のポイントにしてなかったか?」

 なのに、別の奴と組んだら……って言ってんのか? そんなんあり得ないだろ。


 俺のツッコミを聞いてジャン・ロバーツが笑った。

「それな! 全員が全員、内心『お前、エドウィンのドロップアイテム拾わなきゃ成績もっと悪かったんじゃん』ってツッコんでるよ。今のハムザを見たらツッコめねぇらしいけど」

 ……そんな奴がユーノのバディか……。そりゃユーノもキレるよな。


 ジャン・ロバーツが頭の後ろで手を組んだ。

「ま、似た者同士でお似合い、って話もあるけどな。ユーノだって、お前のドロップアイテムを総取りしてたし」

「……え?」

 俺は驚いて聞き返してしまった。

 ジャン・ロバーツはまた俺をかわいそうな子を見るような目で見てくる。

「いやいやいや、お前が弟にポイントを貢いでたのなんて、今じゃ全生徒が知ってるよ。つーか、薄々気づいてたけど、お前とエドウィンが組んだことで確信に変わった、つーか。違反じゃねーから誰も言わないだけだって。特にお前ら、ランキングから外されただろ? アレでみんな思ったよ。『コイツら、マジでポイントどーでもいいんだな』ってさ」


 ……ユーノを刺激しないように外してもらったら、邪推を生んだのか。当たってるけど。

 俺は頭を抱えて呻いた。

「……違反じゃない。それに俺は『いい成績で卒業する』ってことに興味が無かった。ワーストでも、卒業出来ればいい。もう一つ、確かにポイントは弟が総取りだったけど、弟が何もしてないわけじゃない」

「いや、俺に弁明されても困るけど」

 ジャン・ロバーツが言った。確かに。

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