第24話
「とうとう、これで10人目だぞ……」
ローアンのその呻きは苦々しく、苛立ちを含んでいる。
「慎重に絞り込むより、動きを見せた方が良かったんじゃない」
ユランは溜息と共にそう応じた。
およそ一年前から始まった、貴族令嬢の連続失踪事件。
いよいよその捜査網を絞ろうという時期に、とうとう二桁の被害者が出た。
令嬢達が失踪に至るまでの経緯が全く同じであることと、失踪に関わる実行犯までの間に徹底して幾重にも人を挟む犯罪構造から、早期に誘拐と見做され捜査を進めている事件だ。
「……分かっている。前にも聞いた。だが、王宮と共に社交界がカイレルへ移動するにあたって、犯行が止まる見込みもあった。その間に黒幕が身を潜めたらどうする」
「犠牲者が5人で止まったかもね。前にも言ったけど」
失踪した令嬢は下級貴族の家の者で、社交界ではほとんど名の上がる事の無い、地味な娘ばかりだ。
彼女達はその全員が高位の貴族の婚約破棄騒動に巻き込まれており、その直後に行方を眩ませている。
黒幕の相当に回りくどく慎重なやり口から、派手に情報をばら撒いて先に動きを阻害するべきだと献策したユランに対して、ローアンが下した判断はその真逆である秘匿捜査の実行である。
一連の手口となっている、婚約破棄騒動というのが非常に厄介だった。
貴族達が軒並み醜聞を隠そうと動くので、捜査が遅々として進まないのだ。
高位貴族からは圧力をかけられて事件そのものが秘匿対象となり、被害家族である低位の貴族も事件を認識していないので、娘の関わった騒動を無かった事にしようとする。
巻き込まれた全員が人一人が消えるまで口を噤んでいるのだから、解決どころか、事前に防ぐ事も出来ない。
「……表沙汰には出来ない。だが、別の糸口はそろそろ掴みたいところだ。ユラン、潜入調査にベルルシア・クレヴァリーは使えそうか?」
「使い方次第だろうけど、いけるんじゃない」
「国外任務に出ているお前の部下を何人か戻そう。その前に、まずはカラティオン内での捜査に使ってみたい。単独でも任せられるか?」
ローアンの問いに、ユランは微かに顔を顰める。
ベルルシア・クレヴァリーは最近になって師団の戦闘参加へのやる気を見せるようになったが、調査任務のための特殊訓練はまだ始めてさえいない。
たった一ヶ月で使いものになったのは上々だが、やはり使い道は限られてくる。
「単独でって事なら、短期で簡単な情報収集とかになると思うけど…………確認した能力を考えればやれるんじゃない」
即戦力として使えそうなのは、貴族令嬢としての所作と高い戦闘能力、身体能力。
魔術耐性は破壊度だけなので捜査の役には立たないが、生きて戻れる可能性は高い。
「やらせてみろ。時間が無いのでな、実地で鍛えろ」
「分かった、作戦の詳細は明日提出する。マノンシア侯爵家の捜査資料、貰ってくよ」
「許可する。…………ベルルシア・クレヴァリー本人の調査はどうだ?」
水を向けられるのは読めていたので、ユランはわざとらしく肩をすくめた。
「今の所真っ白。相変わらず、能力だけがぽっかり謎のまま」
「あの監視体制でか?」
「そうだね。本人の性格も至って温厚で真面目。精神魔術にもすんなり掛かった」
能力の由来が気になるならば、その後の事を考えなくていいのなら、口を割らせる方法は幾らでもある。
例えば、強力な精神魔術を使って喋らせれば、それだけで事足りるだろう。
執着を見せる家族を盾にして脅しても喋るかもしれない。
なんなら、ユランが命令ではなく乞う形で尋ねるだけで、大幅に開示をしそうな様子さえある。
そのくらい、あの女は
「…………そうか。では、今後の調査規模と継続はお前に一任する」
ローアンは警戒対象からベルルシアを外す事にしたようだった。
無駄に大勢いた監視もユランの判断で外していいらしい。
ユランは了解の意を示すと、師団長の執務室をさっさと後にする。
訓練場の最奥にあるこの建物は、長居をすると碌な事がない。
「あっれ、ユラン副官じゃないですか〜?」
間延びした不快な声が上階のベランダから降ってきて、ユランはその面倒臭さにうんざりした。
少し歩けばすぐこれだ。本当に碌な事がない。
「師団長の部屋から出てきたところっすか〜? 何してたんですか〜? そのカワイイ顔でナニでもしてたんですかぁ〜?」
ゲラゲラと下卑た笑いが上がるのを、ユランは完全に無視した。
どうでもいいのである。
絡まれるのは面倒だが、相手にするとキリがなく、そちらの方がより面倒だ。
格下は自力で躾けよ、という竜翼師団のルールさえ、ユランにとってはどうでもいい事だ。
「蛇野郎が、スカしてんじゃねえぞ!」
……苛立った馬鹿がユランに向けて水球の魔術を放った事さえ面倒以外の気持ちが湧かず、ユランは適当にその魔術を割った。
訓練場に一瞬の雨が降る。
多少濡れた事を気にも留めず、ユランはそのまま作戦室へと戻った。
相変わらずラクスは駆り出されたままで、部下達は不在にしている作戦室は伽藍としている。
唯一残っているベルルシアは、ユランを見るなりびっくりした顔で立ち上がった。
「えっ? 濡れてる。待っててください………………雨降りました?」
パタパタと小走りになって出してきた手拭いをユランに押し付けた彼女は、不思議そうに窓の外を窺っている。
「雨じゃないよ。水影式の魔術」
「……攻撃されたって事ですか?」
適当に濡れたところを拭ったユランをみかねてか、ベルルシアは手拭いをそっと奪い取ると、頭から丁寧に拭き始めた。
阿呆みたいにお節介な女だが、面倒ではないので好きにさせておく。
「さあね。どうでもいいよ」
――手拭いを被っていたユランは、その時、ベルルシアがどんな表情を浮かべたのかを見ていなかった。
どうでもよかったのだ。ベルルシアの行動も、あの兵士達の放つ罵声や魔術も。
面倒の多寡はあれど、どちらも等しくユランには関心が無い。
「それより、任務の話したいんだけど」
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