燻りと棘
第20話
「やあやあ可愛い後輩たち、お仕事やってるー? ごめんな、なかなか作戦室に戻れなくて」
「オトラルドさん」
終業間際の時間帯、作戦室にオトラルドが顔を出した。
昨日の任務終了後は別の任務があるとかで、専用区画に戻らずそのまま離脱してしまったのだ。
ベルルシアはラクスと2人、立ち上がって彼を出迎えた。
ユランは不在だ。午後から会議で留守にしている。
「はいこれ、クレヴァリーちゃん。支給品だよ。申請通ったから持ってきた」
オトラルドは手に持った荷物をベルルシアへと差し出した。
開いてみると、中には服が入っている。細く絞った袖のジャケットと、キュロットスカートの組み合わせだった。
「これ王師の女性団員用の武装ね。さすがにその格好で任務にまで連れ回されるのは可哀想だなぁって……うちの気の利かない上司がごめんね……」
「いえっ、ありがとうございます」
眉をへんにょりと下げるオトラルドに、慌ててベルルシアは礼を述べる。
装備品を申請できる事は知らなかったが、調べる事もしなかったのはベルルシアの落ち度だ。
「急な話だけど、明日また任務が入ったみたいだから、クレヴァリーちゃんはそれ着て来てね。馬乗るらしいから」
馬、と聞いて、ベルルシアは内心でさらに落ち込んだ。
移動に乗馬を利用する可能性を忘れていた。
すとんとしたスカートのデイドレスでは、馬に跨った場合布が足りず裾がずり上がってしまう。危うく見苦しい姿を晒すところだった。
「あれ、なんか元気ないね」
「真面目なんで、先輩にフォローさせてしまった事がショックなんでしょう。で、明日の任務の内容を聞いても大丈夫ですか?」
「うん。明日は西部の森のね――」
対人任務が主な翼竜師団だが、他国との戦の危機の無い現状、他の師団の任務が臨時に回される事もある。
明日の任務もそういうもので、内容としては、西部の森に湧き出た魔獣退治との事だった。
◆
翌日の早朝、作戦室に前回と同じメンバーが集まった。
「今日はガルダランテって大型の魔獣の群れが相手だから、先に役割分担しておく。ラクスとオトラルドが前衛で、俺が後衛。事務官は倒した魔獣の討伐証明に額の魔石を回収」
移動時の陣形から、群れに囲まれた時の対応など、矢継ぎ早にユランが作戦を決めていく。
ベルルシアは基本的に、戦闘以外の補助役になるようだった。
「じゃあ、各自必要な準備を整えて厩舎に集合……」
「オウ、ちっと待ってくれや」
いざ出かける、というところで、誰かが作戦室の入り口を開けた。
「……何か用、ガディル」
割り込んだ相手を認めるなり、ユランの声があからさまなほど不機嫌に低くなる。
ガディルと呼ばれたその男は、「いや、なぁ」ニヤニヤと嫌な笑みを浮かべながら、後ろに兵士を引き連れて作戦室へと無遠慮に踏み込んだ。
威圧するように武装を固めた兵士達は、そこにある荷物や資料にもお構いなしにその辺の机の上に無作法に座る。
尻に敷かれた資料はひしゃげ、重なった書類は崩される。
「おいおい、行儀よくしろよ。副官様の前だぞ」
それがとびきりのジョークのように誰かがそう言い、兵士達はドッと笑った。
「まずいな……」
小さくラクスが呟く声がした。
オトラルドも厳しい表情で闖入者を睨んでいる。
それだけで、ユランとガディルの関係性が最悪に近いという事が、ベルルシアにも理解できた。
「なぁユランよぉ」
一触即発というところまで冷え込んだ場を更に煽るかのように、ガディルは愉しそうに話を始める。
「お前のところとのゴタゴタで、シモンが謹慎喰らっちまっただろ。それで最近、カイレルの任務に支障が出ててな。エゼルさんがお前に貸してるラクスって奴を代わりに借りる事になったのよ」
「ふぅん。あの雑魚の馬鹿な逆恨みで被害を被ったのはこっちなんだけど、その尻拭いのための人まで貸してくれだなんて、随分と分厚いツラの皮をお持ちだね」
「好きなだけキャンキャン吠えてもらって構わねえぜ。メルセスの奴から書類は出して貰ってるんでな」
人員配置の権限を持つ副官の名を口にしたガヴェルは、懐から取り出した書類をヒラヒラさせて勝ち誇った。
「……だったら、無駄口叩かずさっさと連れていけば?」
「おっと、慌てるなよ。要件はそれだけじゃねえんだ。ホラ、こっちは師団長閣下からだぜ」
もう一枚、取り出された書類がユランに向けて放り投げられる。
床に落ちたそれをユランが黙って拾い上げると、兵士達がゲラゲラとそれを指差して笑った。
「事情が変わったからオトラルドを戻せとよ。まだ片付けてなかったのかよ、あの連続失踪事件。優秀な最年少副官様に掛かりゃパパッと解決じゃ無かったのか?」
下卑た嘲笑が作戦室中に響く。
「そういや、今日は任務があるんだったか? 残念だったなぁ、隊員に都合がつかねぇんじゃあなぁ。師団長閣下に俺から伝えておいてやろうか? テメェでわざわざ出しゃばって受けた任務がやっぱりできませんってよ」
傍のラクスが拳を握りしめている事にベルルシアは気がついた。血が出そうなほどに固く、力み過ぎて小刻みに震えるそれをそっと抑えて制してやる。
ベルルシア達が怒りを露わにしても、どうしようもなかった。
何しろ馬鹿にされている当人のユランが、至極どうでもよさそうな目をガヴェルへと向けているのだから。
「用件はそれだけ?」
哄笑はその視線によって冷まされていく。
「…………チッ、胸糞悪いガキが!」
ガディルは忌々しそうに舌打ちをすると、兵士達を連れて出て行った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます