第19話

 魔術耐性と一口に言えど、それは各種魔術への認識力・無効化度・破壊度を総合して考えられる。


 認識度は仕掛けられた魔術への気付きやすさ。無効化度は魔術を発動させない要因の多さ、破壊度は発動してしまった魔術への対処能力の高さであり、後者2つは防護魔術や解術、魔道具などを身につけることで高めることもできる。


「認識度は先天的な魔力への感覚によるものだから、鍛えようがない」


 ベルルシアはなるほど、と頷いて、鍵付きの手帳にメモを取った。

 魄練術の考え方とほとんど同じだったので、理解は早い。


「俺の見たところ、あんたはこの認識度がかなり低い。特に、シモンがやった隠蔽魔術に対してはほとんど無防備」


 異論は無く、ベルルシアはこくりと頷く。

 隠蔽魔術が使える魔人は、魄練術士の天敵だった。


 魄練術は、魄気を通して魔術への認識度を上げている。

 これは魔力そのものへの作用ではなく、発動した魔術により発される気配――超自然の出来事を引き起こす事象の放つ独特な気配というものを、鋭敏化させた五感で感じ取っている。


「これ見たことある?」

「いいえ、ありません」


 ユランが取り出したのは、三つの小さな箱のような魔道具だった。


 魔術耐性を計るための道具だという説明と共に、ユランは一つ目の箱をベルルシアに持たせた。


「箱は中の魔石を使って、あるタイミングで魔術を発動する。中の魔石が反応したと思った時点を教えて」


 数秒後、ベルルシアはポンと箱が音を立てる瞬間に動いた。

 魔術が発動したまさにそのタイミングであり、逆に言えば、魔石の反応は全く感じ取れていない。

 

 魔力というものは、そこに存在するだけの状態では、魔力に対してしか反応しない。


 生まれつき認識度が高い人というのは、高い魔力を持っで生まれた者の事だ。

 彼らは己の魔力の動きによって相手の魔力の動きを察知し、未発動の魔術を認識する事ができる。


 魄練術士は、魔力を魄気へと変質させてしまうため、常にほとんど魔力が無い状態へと陥る。

 そのため未発動の魔術に対しては、殆ど対処が出来ない。

 魔術を限りなく魔力に誤認させる効果を持つ隠蔽魔術に対しても、同様に無防備となる。


「反応速度は悪くないんだけどね」


 ユランは呆れたように言って次の箱に取り替える。

 今度の箱は、魔術が発動するまで数十秒の猶予が与えられるものだ。


「箱の破壊以外は何をしてもいいから、魔術の効果を発揮させないこと」


 当然、未完成の魔術が箱のどこを起点にしているかがベルルシアには分からない。

 困惑するだけだったベルルシアの手の中で、小箱はチカチカと発光した。


 無効化の技術は無数にあるが、基本的には魔術に対して魔力で覆いをかけたり、魔術のコントロールを奪ったりといった対応が主なものとなる。

 魔術の効果を発揮させない事が目的なので、魄気や肉体でどうにかできることは殆ど無い。


「……じゃあこれ、最後。ここを押しこむと氷影式の拘束魔術が発動するから、それを破壊すること」


 最後の箱は、天面に突起がついている。ベルルシアはそれを押し込んで、


 劈くような破砕音。

 発動した魔術はその直後、粉々の氷となって魔術としての形を失い、解けるように消えた。


 魄練術士が魔人を相手に戦えていた理由が、これだ。

 ――圧倒的な破壊度の高さ。練気による魔術の強制破壊。


 シモンの拘束魔術だって、魄気を使い切っていなければ、発動直後に容易く壊す事ができたのだ。

 、殆どの魔術は魄練術士には通らない。


「…………」


 ユランが黙っているので、ベルルシアはそっと小箱を彼の手に戻した。


(頭のいい方なので、もしかすると練気の存在に気がついてしまうかも……)


 ベルルシアは心の内で、力無く笑った。

 その可能性を踏まえて尚、魄練術の特異性を見せることにしたのはベルルシアだ。

 詳細を説明することは出来なくても、何が出来るかは知っておいて貰った方がいい、と考えての事だった。


 今後も任務への帯同は避けようがなくて、きっと戦闘に参加せざるを得ない場面は沢山ある。

 その時に周りの人達がこちらの力を見誤っていたら、任務への悪影響はどれほどになってしまうだろうか。


(……それに、彼の優しさを信じると決めたもの)


 開示した力の受け止め方は、ユランに委ねる。

 任務への帯同を言い渡された時、ベルルシアはそこまで決めて受け入れた。


「…………シモンの魔術に、これ、できなかったの?」


 長い沈黙の後、ユランはそう問いかけてきた。

 聞かれると予想はできていた事だ。ベルルシアは澱みなく、「できましたよ。時間は掛かりましたけど」と述べた。


「演武で疲れてしまっていて、破壊までに時間が掛かりました」

「……ふぅん、そう」


 ユランは首を傾けて、何かを思案しながら頷く。


「魔術戦に対しては役立ちそうに無いな……」


 それは、ごく小さな呟きだった。聞かせるつもりはなかったのかもしれない。

 魄気で鋭くなったベルルシアの耳には届いてしまったが。

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