第17話

 連打を打てば全て弾き返される。

 捌いた筈の攻撃は捌き返される。


「もう終わり?」


 意識の外れた足元を掬われ尻餅を着いてから、ベルルシアは自分が息切れしている事に気がついた。


(あれ、私、もしかして……全然動けてないのでは?)


 昨晩と違って魄気はまだまだ残っている。

 体力が切れたということもなくて、立ち上がった身体はまだ軽い。


 なのに、攻撃は当たらない。


 ユランの言い出した戦闘訓練は、組み手を行うだけシンプルな内容だった。

 とりあえず打ってきてとだけ言われ、恐る恐る仕掛けた攻撃が全て防がれると、ベルルシアとユランの応酬速度は加速度的に増す事になった。


(あれ……あれ? 私、こんなに遅かったでしょうか?)


 攻防の立場はいつの間にか切り替わって、ベルルシアは必死でユランの拳を捌き続ける。

 目は追いつく。なのに、腕が間に合わなくて、いなし切れない攻撃をどんどん喰らう。


「今日はここまで。明日も同じね」


 言われてやっと昼の鐘が鳴っている事に気がつくほど、ベルルシアは全神経をユランの拳に集中させていた。


 翌日も同じ結果だった。



「なんか思い詰めた顔してるけど、どうした? 初の任務同行で緊張してるのか?」


 早朝であってもラクスは親切である。

 師団支給の携行品などを一緒に確認し、ベルルシアの様子に気づいて声を掛けてくれるのだから。


「あ、いえ……大丈夫です」


 ベルルシアは即座に微笑みで取り繕う。「戦闘訓練でユランに軽く捻られて落ち着こんでいます」などと、口が裂けても言えなかった。


 竜翼師団に放り込まれ、初日に問答無用で模擬戦をさせられて尚、元のままの身体を鍛えない事に決めたのは他ならぬベルルシア本人だ。


「まあ、何かあったら言えよ。――あ、あの人じゃないか? 待ち合わせの……」


 今日の任務は、ユラン・ベルルシア・ラクスの現在の作戦室勤務組の他、ユランの部下だが長期任務に出ていたオトラルドという人を含めて四人体制だという。


 ラクスが指差したのは、なぜか手をブンブンと振りながら待ち合わせ場所の秘匿玄関に向かって駆け寄ってくる人影だった。


 兵士にしては小柄、というのがその男の第一印象だ。

 まだ少年の域を完全に脱していないユランとほとんど変わらない体躯は、竜翼師団ではとても珍しい部類に入る。


「おはざーす、お待たせ! 俺オトラルド。君ら新メンバー?」

「ラクスです。こちらは事務官のクレヴァリー」

「ベルルシア・クレヴァリーです。本日は任務に同行させて頂きます。よろしくお願いします」

「おお、いい子たちっぽい」


 オトラルドはニコニコと笑う。

 ラクスより少し年上のようだが、そうした表情はやんちゃな子供のような印象を受ける。


 手を振りながら走ってきたあたり、かなり陽気な人なのかもしれないとベルルシアは思った。


「じゃあ早速出発するか! ……あれ、副官は?」

「先行するとの事です」

「えっダメじゃん。隊長のくせに何やってんだあいつは〜。先行なら俺に振るのが常識だろ。なあ?」

「はぁ……」


 急に振られたラクスはなんとも言えない顔で曖昧に頷く。

 知り合ったばかりの先輩兵士の勢いに、2人は全くついていけない。


「……気を取り直して、出発!」


 戸惑う空気を察したのか、オトラルドは何事も無かったかのようにさっさと秘匿玄関を潜った。




 任務の目的地は、城下街の南地区にあるバージェス商会の倉庫の一つである。

 作戦は倉庫への侵入及び制圧を旨としており、内部にいる者は全員捕縛の命令が出ている。


 事務官であるベルルシアの暫時の仕事は作戦経過を記録し、調査書及び報告書の作成提出を行う事だ。

 勿論、戦闘が起きれば巻き込まれるのはまず間違いない。


「ここで止まって」


 裏側から塀を飛び越え、倉庫の外壁に身を寄せると、オトラルドが小さく命令を出した。


 真上にある上階の窓が開いている。

 そこからユランが顔を出したかと思うと、音もなく地面へ降りてきた。


「中に8人居るね。それと鍵付きの部屋が2つ。制圧時には鍵の捜索も追加で」


 即座に為された情報共有に、3人は黙って頷き了承の意を示す。


「西側の地階の窓の鍵を開けてある。オトラルド、ラクスはそこから侵入。出てすぐのところに見張がいるから捕縛して」

「クレヴァリーちゃんは?」

「何その呼び方……俺に同行させる」

りょ了解っす。ラクスくん、こっちついてきて」


 二手に分かれるという事は、想定よりも人数が多いという事だ。建物内に散っているうちに素早く各個撃破すれば、数に手間取る事は無い。


「こっちも行くよ」

「はい」


 ユランが示した侵入口は、当然のように上階の窓だった。


 問題ないと思われてるいるのだろう。というか、

 初日になりふり構わず逃げたことを後悔するベルルシアを置いて、ユランはとっとと登っていってしまう。


(まあ、登れますけど……)


 魄気を脚に集中させ、一足飛びに窓枠に手をかける。

 壁を蹴って体を浮かし、窓枠へ着地――その瞬間、目の前のドアが音を立てて開いた。


 開けたのは2人の男だ。それを認識したベルルシアは、彼らが声を上げるよりも早く動いた。


「――っ」

 

 ベルルシアは手前にいた男の鳩尾へと正確に突きを叩き込み、後ろのもう1人にはユランの放った拘束魔術が絡みつく。


 扉の内側へと引き摺り込んで、男達の意識を落とすまでも手早く済ませた。


「……鍵ある?」

「無いみたいです」


 ポケットやベルトを手早く確かめて、首を横に振る。


「じゃあ次。今のは悪くなかったから、アンタが前衛で」

「わかりました」


 躊躇ためらいなく頷いたベルルシアは、久々の実戦の緊張感と、場の雰囲気に呑まれていた。

 事務官が前衛に立たされるという事のおかしささえ、気づかなかった。

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