4・怒り任せの
第12話
昼の鐘が鳴ると、次の鐘までの間は昼休みとなる。
遠くに響く鐘の音を聴きながら、ベルルシアは自分がこの時間を少々憂鬱に感じている事に気がついた。
「クレヴァリーさん、飯行こう」
「あ、ラクスさん……」
「なんだ? あ、今日は僕の同期連中が任務から帰ってきてると思うから、会えたら紹介する」
「……いつもありがとうございます」
言いかけた言葉を引っ込めて、代わりにお礼を出す。
ラクスは「いや別に」と早口に言い置いて、ふと上階を見上げた。
「副官、起こした方がいいかな」
「任務明けですし、そっとしておいた方がいいのでは無いでしょうか」
「まあそうか……なあクレヴァリーさん、確か副官は今日、一日休暇だったよな?」
ベルルシアもラクスと同じように上階を見上げ、「その筈ですね」と返した。
始業直後に作戦室へとやってきたユランは、無言で上階へと上がっていったきり、降りてこないでいる。
殺風景な上階は休憩室を兼ねていて、奥には小さいが浴室と仮眠室もある。
おそらくそれを利用して寝ているのだろうと二人は考えていた。
「やっぱり、ここに住み着いてんのかな……寮で見た覚えも無いし」
ラクスの野生動物か何かに対するような言い草に、ベルルシアは思わず笑う。
「まあいいか、さっさと飯に行こう」
大した興味も無いのか、ラクスはぱっと頭を振って切り替えると、作戦室の扉を開け放った。
そうしてまだ部屋の中にいるベルルシアを再び食堂へと促すと、止める暇もなく歩いて行ってしまう。
(うーん。今日も断りそびれましたね……)
こうなっては仕方がない。とぼとぼとラクスの背を追いながら、ベルルシアは街通りに並ぶ店を未練たらしく眺めて歩いた。
◆
ベルルシアが竜翼師団に配属されてから、半月が経とうとしていた。
作戦室での書類仕事に追われる日々は、初日の騒動はなんだったのかと思うほど静かに過ぎた。
というのも、ユランがたびたび任務で外出していて、ほとんど作戦室にいなかったからだ。
7日ほど前、作戦室勤務となったラクスが合流するまでは、ベルルシアは他の団員と顔を合わせないまま作戦室に篭り切りだった。
ラクスが格上としてベルルシアに接してくれているので、彼とはすぐに打ち解けることはできたのだが……。
「お前らの留守中に作戦室に勤めるようになった、事務官のクレヴァリー嬢だ。あっ、報告書ちゃんと書けよ。処理すんの俺達なんだからな」
「えっ、竜翼師団に女の子が?!」
「報告書めっちゃ書くわ俺」
「提出先は相変わらずあの副官だけどな」
「ええ……意味ないじゃねえか」
男所帯の竜翼師団では、女性という存在がそもそも珍しい。
ラクスは毎日誰かしら団員を紹介してくれるのだが、毎回こんな反応をする。初日は圧倒されたベルルシアも流石に慣れたもので、愛想良くにこにこ微笑んだ。
ラクスに連れられる形で利用するようになった第一師団の食堂は、人でごった返している。
大所帯の部隊には利用時間がずらされているとのことで、殆どが竜翼師団の団員だ。
その喧騒を割るようにして、ラクスを呼ぶ声が聞こえたら、このささやかな交流会は終了となる。
「おい、エゼルさんに呼ばれてるぞ」
「そっち行って食うか。……クレヴァリーさんはどうする?」
「お邪魔になってしまいますから、私はここで」
念の為確認してくれたラクスの気遣いに、ベルルシアは笑って断りを返す。
エゼルのいるテーブルには、シモンが座っている。
離れていてもベルルシアを親の仇のように睨んでくるので、とてもではないが一緒に食事を取れる気がしない。
こちらを気にしつつも、友人と共にエゼルのテーブルへとラクスは去っていった。
一人になったベルルシアは、つい吐きそうになった溜息を静かに噛み殺す。
ラクス達が離れた途端、不躾な視線がいくつも突き刺さってくるのも、毎度の事だった。
シモンほどあからさまに敵意を剥き出しにしてはいないが、その代わり、じっとりとした悪意がある。
よっぽどベルルシアが気に入らないのか、それともユランが憎たらしいのか。
そういう視線は何日経っても数が減ることはなく、飽きずにへばりついてくる。
(食堂にくるの、明日からはやめておきましょうか……)
ここのところ、毎日のように同じことを考えていた。考えてはいるのだが、同僚となったラクスの親切を突っぱねる気になれない。
ベルルシアはトレーに乗ったボウルからシチューを掬ったものの、どうにも口に入れられず、スプーンを置いて付け合わせのお茶を飲んだ。
(………………お腹、空いた)
耐え難い空腹だが、ほとんど食事が喉を通らない。周囲から睨まれ続ける緊張感のせいだ。
(ただでさえ足りないのに……)
女官向けに出される食事は、兵士の半分ほどの量だ。
訓練や任務で動き回る兵士と、一日中机仕事の事務官とでは当然の差ではあるのだが、ベルルシアの場合は少し事情が異なった。
身体を鍛える準備のための副作用のような性質であるとレイネから教わった。
魄練は行なっているので、食べても過剰に太ることだけは無いのだが……ベルルシアとて若い女性で、未婚の男爵令嬢でもある。
結婚についてはほとんど諦めてはいるが、「女のくせに馬鹿みたいに食べる」などという悪評が広まるのは流石に受け入れ難い。
(…………お腹、空いたなぁ)
ちまちまと令嬢らしいテーブルマナーで、どうにか一口を含んでなおそう感じることに、ベルルシアは内心で半泣きになっていた。
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