第7話
ユランとローアン、エゼルがその場を離れ、残されたベルルシアとシモンは数歩の距離をとって向かい合った。
(大丈夫、大丈夫、私には
ばくばくと音を立てる心臓を宥めるべく、ベルルシアはそう言い聞かせる。
何も鍛えていない身体だが、無意識の魄練により魄気に満たされている。
ある程度修練を積んだ状態と同等に動かせるだろうという感覚はあった。
勝てるかどうかは分からないが、シモンの思い通りに辱められるつもりは無い。
ベルルシアは左の掌を相手にかざすように前へと突き出し、右足を引いて半身の構えを取る。
魄練術を教わり始めた頃、一番最初に教わった防御向きの構え。
事ここに至っては、ベルルシアは自分の力をある程度示すしか無い。
体術については護身術だと言い張る事に決めた。
幸いなことに、女学院時代の友人からさわり程度の手ほどきは受けた事実もある。
「へー、素人だと思ったけど、なんかかじってるのか?」
構えたベルルシアに対して、シモンも緩く構えを取りながら軽口を叩いた。
下卑た笑みを浮かべながら、無造作に手をベルルシアの胸元へと伸ばしてくる。
嫌悪感でゾワゾワと鳥肌が立つが、ベルルシアは苦心して力を抑えた。前に構えた左手でごく軽く、シモンの手を外へと捌く。
「……へー。心得があるなら、ちょっと揉み合いになってもしょうがないよな?」
言うなり、シモンは素早く一歩踏み込んだ。
袖を掴み、引っ張って構えを崩そうとしてくるのを、円を描くように腕を捻って振り払う。
襟元を掴もうとしていた手も弾き、ベルルシアは詰め寄られた分だけ下がって構え直した。
距離は一定を保つ。
あくまで護身術に見せかけるなら、そうした方が説得感に繋がるからだ。
「…………」
黙って前を見据えるベルルシアに、シモンは薄ら笑いを引っ込めた。
「……あのさあ。地味女のくせにクソ生意気な面して、ほんと、しらけるんだけど」
苛立ちを吐き捨てたシモンは、ベルルシアの構えた腕を思い切り外に弾いて
ベルルシアにしてみれば一歩半――男女の体格差を使って、それだけ一気に踏み込んだシモンは、ベルルシアに向けて肩を突き出した。
(確かに、当て身は蹴るでも殴るでもないですね)
妙なところに感心しつつ、ベルルシアは後ろ足へと軸をずらして、するりとその当て身を避ける。
まるでダンスのターンじみた動きに、スカートの裾が場違いなほど優雅に翻った。
「……はッ!」
気合い一声、前のめりに体勢の崩れたシモンの背に向け、掌底を叩き込む。
前のめりの姿勢をさらに後ろから押される形になったシモンは転んだ。咄嗟に受け身を取ったのか、くるりと前転のような動きでベルルシアから距離を取る。
シモンはがばりと立ち上がり、ベルルシアも再度構え――
「そこまで。勝者はクレヴァリー」
淡々と終了を告げるローアンの声がして、エゼルとユランが二人の間にするりと身体を割り込ませた。
ユランの表情は試合前と何も変わらず、無感動にベルルシアへと視線を向けてくる。
「終わりだよ」
「……はい」
逆らわずに構えを解いたベルルシアだったが、対戦相手はそうではないようだった。
「僕はまだ負けてないッ!」
「相手を地面にひっくり返した方が勝ちってのは、てめえが言い出した事だろうが!」
「それは……っ」
尚も言い募ろうとしたシモンだったが、それよりも、別の兵士達の動きの方が早かった。
「どけよシモン。次は俺だ」
誰かの腕がシモンを押し除けて地面に転がし、無理矢理黙らせた。
ベルルシアがはっと周囲を見回した時には、何人かの兵士達が既にこちらへ詰め寄っていた。
周囲で様子を見ていた兵士のうち、悪意を持った視線を寄越していた者達だ。
ゾロゾロと輪を縮める兵士達に、ユランがさりげなくベルルシアを背に庇う。
エゼルの方はは苦虫を噛み潰したような顔になり、地面に転がるシモンの傍へと離れていった。
「おい、誰が割り込めと言った? 模擬戦は終わりだ」
「団長、俺達は生意気なガキが増えるのはうんざりなんだよ。ユランが連れてきた女だってんなら、なおさら腹の虫がおさまらねえ」
(なに、それ……?)
不穏な状況に、ベルルシアは身が竦むのを感じた。
地面に立っている感覚が、ぐにゃりと揺れるような錯覚。
異世界で死ぬ物狂いで戦ってきた記憶はある。
けれど人から――それも体格差のある異性から――剥き出しの悪意でもって囲まれたのは、これが初めてだった。
「……ふーん。つまり、俺に文句があるってわけ?」
ユランは動じた様子もなく、むしろせせら笑うように兵士達を挑発する。
「蛇野郎が……。団長に擦り寄って好き勝手しやがって」
「部下の躾がなってないね、ローアン」
「てめぇ!」
激昂して飛び出した男に、「やめろ!!」とローアンが怒鳴る声がする。
だがそれよりも、囲んでいた兵士の一人がベルルシアの髪を掴む方が早い。
「ひッ――いやっ!!」
周囲に怯え、呆然としていたベルルシアの反応は、咄嗟であるが故に、激烈だった。
ゴキ、と鈍い音が響く。ベルルシアの思い切り振り下ろした手刀が、兵士の腕を砕いた音だ。
反射的に髪を掴んだ手のひらが開かれた瞬間、ベルルシアは弾かれたようにその場を逃げ出した。
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