2・竜翼師団

第5話

 王師の兵営は、王城に隣接し、城壁を共有する区画となっている。

 用がなければ関係者以外は立ち入らない場所なので、ベルルシアは初めて見る建物の威容に圧倒される事になった。


(すごく……物々しいですね……)


 灰色の石造りの、無骨な砦と形容すべき建物。王城との間に庭は無く、代わりに軍馬の放牧がされている。


「あ、そうだ」


 華々しい王宮との落差に驚いていると、目の前を歩いていた青年武官が喋り出した。


「王師兵舎の正式な玄関口はここだけだから。建物が少し特殊だから説明していくけど、面倒だからなるべく一度で覚えて」


 道すがら一言も話さなかったというのに、やっと喋ったかと思えば、振り返りもせずこれである。

 横柄、と言うよりは、最低限しか口を利いていないのが会ったばかりのベルルシアでもよく分かる態度だ。


(今後、王師ではこの人の下で仕事をするのでしょうか?)


 わざわざ迎えに来たということは、今後も関わる可能性が高い。

 大いに不安に思いつつ、ベルルシアが「あの」と遠慮がちに声を掛けると、青年は僅かに顔だけ振り返った。


「質問をよろしいですか?」

「何」


 青年の顔が僅かに険しくなる。それに怯みそうになりながらも、ベルルシアはなんとか疑問を口にした。


「その、正式な玄関口、というのは?」

「部隊ごとに許可された秘匿玄関があるんだよ。あんたが仕事をするのは第一師団特殊作戦部で、専用の区画があるから、秘匿玄関もある」

「特殊作戦部……?」


 何やら不穏な部隊名が出てきて、思わず鸚鵡返ししたが、青年は「そう」と軽く頷くだけだった。


「秘匿玄関の方が使い勝手はいいけど、事務官として軍務省とのやりとりにこっちも使うだろうから覚えて。他の師団の棟は立入禁止」

「分かりました。ありがとうございます」


(一応、聞けば答えてくれるみたい……)


 一方的な話と脅しで連れてきたわりに、そういうところは応じるつもりであるらしい。

 端的ではあるが、説明は分かりやすく、仕事に必要な情報をくれているという事もはっきりと分かる。


(そんなに怖い人じゃないのでしょうか?)


 目の前の青年の人柄について掴みかねているベルルシアに、「それと、」と青年は続けた。


「質問してもいいかなんて馬鹿みたいな質問、ここでは必要ないから。二度としないでくれる?」

「…………はい」


 付け加えられた皮肉たっぷりな響きの言葉に、ほんの少し前向きになった気持ちは、急速にしぼんでいった。




「この棟の一階は部外者を迎えるための応接室、二階は宿泊用の部屋。ここの階段上がった先から第一師団の棟。王師の徽章がない人間が一人でこの棟以外にいたら即拘束。あんたの徽章は後で渡す」


 兵営の内部の作りは思った以上に複雑で、迷路のようになっている。

 廊下はいちいち扉で区切られ、階段は螺旋状、中二階のような空間もあり、少し歩いただけで現在階と方向感覚が狂わされる。


(城砦ね……)


 異世界の旅で拠点として利用したことが何度かあった。

 薄暗い廊下は、延々と同じような景色が続く。

 だがよく見ると、腰壁の色や扉の枠のデザインが異なっているのだ。


 案内人のいない城塞ならではの道案内。レイネから教わった知識だ。

 そのお陰でベルルシアは辛うじて、自分が辿るべき目印を頭に叩き込むことが出来た。


「ここから先が特殊作戦部の専用区画」


 青年武官がそう言って足を止めたのは、物置の入り口と言われても違和感のない、粗末な扉の前だった。

 ここが? と懐疑的に扉を見上げるベルルシアを、青年武官は中へと入るように促す。


 扉の向こう側はやはり小さな小部屋で、使われていない椅子と机が壁際に積まれている。

 人が来そうにもない場所だが、窓を模した壁の窪みに魔光灯が薄ぼんやりと光っている事にベルルシアは気がついた。


「あの魔光灯、台座にあるつまみを押すと一定時間明るくなるから。やってみて」

「はい」


 言われた通りにつまみを押すと、部屋全体が照らされるほど魔光灯の光量が増す。

 ベルルシアは染みついた癖で、素早く周囲の把握に努めた。程なくして、部屋の違和感を見つけ出す。


「これ、分かる?」


 ずいぶんと抽象的な問いかけだった。

 だが小部屋の謎について考えているベルルシアは、促されるままに答えてしまう。


「ええと……そちらの壁にある、色の違う石が使われた部分、もしかして隠し扉でしょうか?」

「勘がいいね。正解だ」


 一瞬、青年武官が微かに笑った。

 それでやっと、ベルルシアはうわのそら気味の思考から引き戻される。


「悪くない。ここまでで質問したい事はある?」


 機嫌がいいのか、それとも何らかの興味を引いたのか。青年武官は最低限のラインを少し越えた、ベルルシアの方からの発言を初めて促した。


 ベルルシアは、慎重に問うべきことを考える。

 建物に入ってから、ほんのりと違和感があったのだ。


 王城を歩いている時と比べて青年の態度が変わった……全く無関心だった筈なのに、兵舎に入ってからは、ベルルシアの様子を何度もそれとなく確認していた。


(警戒、というよりは、試されている?)


 取り調べ、という脅しまがいの言葉が脳裏を過ぎる。


 長い睫毛に縁取られた金色の瞳はジッとこちらを観察している。

 侍女官長の執務室の時とは違い、少しだけ細められた目は、どこか興味深そうに見えた。


「通ってきた道に関しては、今のところは大丈夫です」

「へぇ。それで?」

「今更ですが、お名前をお伺いしても?」

「……そういえば名乗ってなかったね。俺はユラン。他には?」


 あっさりと名乗ったユランは、それを質問とは思わなかったらしい。

 ベルルシアが首を横に振って聞きたいことはもう無い事を示すと、彼は小首を傾げた。


「ふうん……?」


 何かを考えているような口ぶりは、ベルルシアの不安を煽る。

 だが何を試されているのかわからないまま下手な事を聞いて、藪蛇やぶへびをつつくような真似はしたくなかった。


「まあいいや……竜翼師団に入るには問題ない」

「竜翼師団?」

「特殊作戦部の部隊名だよ」


 ずいぶん仰々しい名前だ。

 反射的にそう思ったベルルシアだったが、隠し扉を潜って早々、その考えを改める事となった。

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