第3話 異世界転生者

「ん......ここは......」


少年は目を覚まし、辺りを見回す。

見たことの無い天井。見たこともない部屋で目覚めればそうもなる。

しかし、近くにいたスイちゃんの姿を見てハッ、となり思いっきり上体を起こす。


「あの3人組は!?」

「もう大丈夫です。私たちのギルドマスターさんが退治してくれました。」

「あ、そうだったんだ。よかった、きみ怪我はない?」


少年は状況を把握したようで、スイちゃんの方を向いて心配をする。


「おかげさまで私たちに怪我はありませんでした。」

「うんうん。役に立ててよかったよ!」


少年はスイちゃんの無事だったことが嬉しかったのだろう、とても喜んでいた。


「ゲフンゲフンッ! 異世界少年、依頼の報告はいいのかな?」


スイちゃんと少年が良いムードになっているのが些か......些か嫌だったので咳き込むフリをして会話に割り込む。

少年は思い出したかのように隣に置いてある自分の鞄を慌てて開ける。


「...あ、あぁ......」

「どうされました?」


項垂れる少年を心配するスイちゃん。うぬぬ、気を引くようなことしてこの少年は......!


私は鞄の中を無断で覗くとそこには砕けたなにかがあった。


「そんな... 【ネロー硝石】が......」


あ、それネロー硝石だったのか。この石はたしかにミストレイクの近くでも採れるけど、結構希少な鉱石だった気がする。よくあんなに逃げ回ってて砕かなかったな〜


「これじゃあ、報告できない......」


困り果てている少年を心配しているスイちゃんをかわいいなぁ、と思っているとスイちゃんが私に相談してくる。


「ギルドマスターさん。どうにか達成させられる方法はないでしょうか? 今回の件、私にも責任がありますので......」

「そんな! 受付さんは悪くないですっ! 僕が勝手に首を突っ込んだだけで―――」


スイの言葉に少年は首を横に振りながら答える。その時、私が視界に入ったのだろう。


「あっ! のひ―――」

「フンッ!」


私を見て喜びながら言う少年を前と同じ方法ウィンでベッドに沈めた。条件反射だったから何を言おうとしたのか分からないが下着の色を言うやつの言葉など聞く意味もないだろう。

少年は「どうして......」と呟いているので意識はありそうで、スイちゃんは突然の出来事に動揺していた。


「でもどうしようか、ネロー硝石。」


私は話題を戻し考える。

この少年が再度採りに行くのは時間的に難しいだろうし、でも達成していない依頼を報告されてもスイちゃんが困るだけだし、でもスイちゃんはなんとかしてほしいと思っているし、う〜ん


『少年は困っています。無限の収納庫にあるはずです。それを渡しましょう。』


と脳内に天使の私が告げる


『なに言ってやがる。まだ1日あるんだ、自分で採りに行かせろ!』


と脳内に悪魔の私が現れる


『彼はギルドを助けてくれました。お礼をしなくてはいけないでしょう?』


うんうんそうだね。


『その礼ならさっき治したんだからチャラだろ!』


それもそうか。


『いいえ、スイちゃんや他の従業員が無事だったのは彼のお陰です。』


まぁ、たしかに〜


『あの3人組を倒したのはギルドマスターの私だから!』


そうそう、わたしね!


『時間を稼いでくれた勇気ある彼がいたからこそ間に合ったのです!』

『パンツを見る勇気の話か?』


いがみ合う天使と悪魔に嫌気が差し、私はため息をつく。


「異世界少年君。」

「ふぁい?」


少年は腫れた顔で再び上体を起こす。

私は空間に手を入れ、中からネロー硝石を取り出す。


「今回の件はキミの活躍は大きい。これはうちのギルドからのお礼だと思ってくれ。」

「え......いいんですか?」


少年はいつのまにか普段の顔に戻っており、私を見る。


「ギルドマスターたる私の言葉に嘘はないさ♪」


ぎこちなく片目をを閉じてウインクをしてみる。

そんなことを気にもしていないだろう少年はネロー硝石を受けとる。


そのままスイちゃんの案内で受付まで行き報告を済ませたのだった。




「いやー、まさかあなたがここのギルドマスターだったとは。てっきり冒険者なのではないかと思ってました。」


私と少年は報告のあとギルド内の席に座っていた。


「冒険者ねぇ〜、昔はやってたよ。」

「だからそんなに強いんですね。」

「まぁ、それもあるかな......」


歯切れの悪い回答をした私。最初から力があったわけじゃないから間違ってもないしなぁ


「そんなことより、この後はどうするんだい異世界少年?」


私の言葉に疑問があったのか少年は首をかしげる。


「あの、そのというのは?」

「異世界から来た少年であるキミのことだけど。」

「あ、ですよね。あの時も自己紹介してなかったですもんね。ではこの機会に自己紹介でも―――」

「別にしなくてもいいよ。」


私は少年の提案を拒否する。


「異世界少年くんは明日になったらミストレイクに帰んでしょ? だったらもう会わないだろうし自己紹介なんていらないよ。私のことはギルドマスターでもギルマスでもギルマでもなんでもいいよ。」

「え、でも恩人にそんな......」

「堅苦しいこと言わないでさ! キミもこの世界楽しめばいいさ。時間あるんでしょ?」


少年は納得できず顔を歪ませるが、すぐにいつもの表情にもどる。


「時間ならまぁありますけど。それより皆さん異世界人に対して反応薄いですよね?」

「まあね。異世界人が珍しいとでも思っているのかい?」

「別の世界から来たんですよ? 珍しいと思いますけど......」


私は大きくため息をつく。


「はぁ、そりゃ昔は珍しかったけど今はそうでもない。最近も結構来てるし、なんならどっかの国じゃこっちから呼び出したりもしてる。キミ、神様には会ったかな?」

「はい。会いましたけど......」

「なんで転生させられたか聞いた?」

「世界の均衡を保つためとか」

「他の異世界人もおんなじ答えだったよ。でもね、この世界には魔王なんていないし国同士の争いもない。むしろ仲がいいくらいまである。」

「え、そんなんですか?」


驚く少年を見る限り本当にそう言われたんだろうな、と私は思った。


「一体どんな均衡を保とうとしてるのかな。魔物はいるけど比較的平和なここで―――」

「お待たせしました。」


私の話を遮ったのは、料理を持ったスイちゃんだった。

飲み物に多彩な料理がテーブルに並ぶ。


「えっと、これは?」

「ギルドマスターさんの奢りです。」


料理を並べ終えたスイちゃんは私の横に座り取り分けてくれる。やさしいなぁ〜

今日はなんだかんだあって私今日ご飯食べてなくね?って思ってたところにスイちゃんが少年を労いたいと言うからこの席を設けたのだ。


「そ、そんな申し訳ないですよ。だだでさえネロー硝石を頂いてるっていうのに...」

「なにぉ〜! この私の飯が食べられないってのか〜?」

「行儀が悪いですよ、ギルドマスターさん?」


私が椅子の上でヤンキー座りをして少年を睨んでみるが、やったことないからなんかフワッとした感じになった挙げ句スイちゃんに怒られた......


「ま、食卓を囲む人数は多いに越したことはないかな。まぁ、食べようよ。」

「そうですよ。ギルドマスターさんは優しいので。」

「えっと、では遠慮なくいただきます。」


私は席に座り直して、3人は食事を始める。

ゆっくり食べる2人に比べ私はというと掻き込むように食べていた。


「ギルドマスターさん。もう少し落ち着いて食べられた方が......」

「朝からモグモグ... なにもモグモグ... 食べてなかったんだからモグモグ... しょうがモグモグ... ないよねモグモグ......」


スイは「もう、すいませんね」と少年に言うと「いえいえ」と子供の行儀の悪さが他人に知られてしまって恥ずかしい母親のようなやりとりを見た。


「そういえば異世界少年。キミの天恵はなんなのかな?」

「そういえば気になりますね。」


ある程度食べ終えた私は話題を振る。これにスイちゃんが食いついた。


「天恵...ですか?」

「スキルと言ってもいい。その人個人の特殊能力のことだよ。」

「2人とも持ってらっしゃるんですか?」

「残念ながら、私は持っておりません。」

「この世界で産まれた者は天恵を得る確率は非常に低い。でも転生者は神様から必ず天恵を授かると聞くから、キミもなにかしら貰ったんじゃないか?」


私の言葉に少年は少し悩む。


「うーん。それがイマイチ思い出せなくて......」

「それってどゆこと?」

「女神様に会ったのは覚えているんですが、そこからの記憶がなくて......」

「それは大丈夫なのですか?」

「全然大丈夫ですそ! こだけ記憶がないだけなので。」


心配するスイちゃんに大袈裟に手を振り否定する少年。

肝心なところが分からないとは、そりゃ山脈みたいなことにもなるか、などと考えていたとき私は思い出した。


「そういえば、昔貰った物で良いのがあった気が......」


私が手を前に出すと、手のひらに巻物が落ちてくる。もちろん無限の収納庫から出してるんだけど......


「なんですか、それは?」


私が広げた巻物に視線を下げる少年。

巻物の中身は真っ白で記されていない。


「これは【適性検査の巻物】じゃないですか! 懐かしいですね。」

「適性検査の巻物ってなんですか?」

「手を置いただけでその者の能力や天恵などを調べられる道具なんです。昔は各ギルドに支給されていたんですが、今は素材が採れなくなってしまい生産できていない代物なんですよ。」


スイちゃんの丁寧な解説の通り、レア物ではある。


「そんな貴重な物、勿体ないですよ!」

「まぁ、貴重な物ではあるんだけど......」


私は自分の後ろに無限の収納庫を開き大量の巻物を山積みにする。その全てが適性検査の巻物である。


「まだ大量にあるし、こういう時に使うものだから気にすることないよ。それにキミの証明書にもなるからね。」

「証明書ですか。それは便利ですけど......」


この少年すごい遠慮気味だなぁ、昔にもいたようなニッポンジン? じゃぱにーず? たしかそんなこと言ってた気がする。コイツもそうなのだろうか。めんどくさいな......


私は身を乗り出し少年の手首を掴みそのまま巻物の上に置く。

巻物は発光したか後、能力や数値が浮かび上がる。

私とスイちゃんは巻物の結果を見る。


「体力に各種能力は平均的ではあるものの、異世界人特有の数値だね。」

「ギルドマスターさんは他の方の数値を見たことがあるのですか?」

「そりゃあるよ。でもね、こんなに平均的なのは珍しいんだ。」

は詳しいですね。」


―――団長さん?

私は少年の言葉に一瞬戸惑ったが自分のことをそう呼ぶことにしたのかと納得する。


「ま、私はギルドマスターだからね。博識なんだよ!」

「でも、ギルドマスターさん。彼のどこが珍しいのでしょうか?」

「ん? なところさ。大体異世界人は能力が秀でている能力がある。魔力が高かったり筋力がすごかったり足が早かったりと特徴が出るもんなんだ。」

「団長さんが見た他の平均的な異世界人ってどんな人なんですか?」

「......天恵がすごい人だよ。」


私は少し濁した言い方をした。知っているのだ、この能力値の天恵を。

能力値が平均より高く、それ以外の特徴はない。その上記憶の欠損......


私のことは気にもせず二人は天恵の項目を見る


「天恵は... 【奇跡】ですか。」

「うおぉ、なんかカッコいい!」

「......」


―――天恵・奇跡

真に所有者が望んだとき発動する天恵。1度だけ所有者が望んだことを現実におこす力で代償はそのもの。この天恵で叶えられないことはなく世界の理すら変えることができるらしい。だが、死を回避する術はなく仮に『死にたくない』と望み発動した場合その瞬間の事象による死は回避できても、天恵の代償でその後死に至る。


「ギルドマスターさん?」


スイちゃんが声をかけてくれたお陰で我に返る。


「え、あ、まぁ、その天恵は1回しか使えないからあまり無茶なことをして無駄にしちゃダメだぞ!」

「えっと... は、はい。」


私はいつもの調子で可愛いような仕草をしてみせた。



「会長、よろしいでしょうか?」


黒い髪のメイドっぽい服を着た女性が扉の前で抑揚のない声で問いかける。

その扉は重厚感がありながら美しい装飾が気品さを醸し出している。


『あぁ、構わないよ』


扉の向こうから男性の声が聞こえる。穏やかな口調で澄んだその声の主に許可をいただいたのでメイドは扉を少し開け、中に入る。


「おつかれ、星月さん」


彼は入ってきた星月に労いの言葉をかける。

この時間は星月が毎日掃除に来る時間で、今日もそれは変わらない。

室内は高価な家具にトロフィーや賞状などがたくさん飾られている。窓際には重厚な木目の入った両袖机とサミットチェアが配置されており、彼はそこにいた。


「会長、どうせ始末するならカトランゼのギルドマスターに任せてもよかったのではないですか?」

「ん? ああ、それのことかい? ごめんね、汚してしまって。」

「いえ。」


ソファーが向かい合っている間にユーフォニアムで問題を起こした3人組だったものが転がっていた。

星月は魔法でそれらを片付けて綺麗にすると、いつも通りの清掃作業に取り掛かる。


「そういえば、詠唱は聞いたかい?」

「はい。お聞かせしましょうか?」

「いや、やめた方がいい。できることなら忘れてほしいくらいだよ。」


彼はそっ、と手を前に出し否定する。


「あの詠唱を口にしてはいけないよ。まだキミを失いたくはない。」

「......それほどの魔法なのですか?」


星月は手を止め彼を見る。優しい顔立ちで彼はそっと目を閉じる。


「ああ。あの詠唱から始まるのは【滅創魔法】のみでね、その名の通り世界を壊すことも作ることもできる最高峰の魔法さ。でもね、それに見合った魔力を持っていないと口にしただけで命をおとす可能性がある禁断の魔法でもある。」

「しかし、彼女からそれほどの魔力は感じられませんでしたが......」


現場にいたから分かること。莫大な魔力を必要としているならそれを感じ取れないわけがない。あの時は確かに巨大な魔力ではあったがあの程度なら異世界人にもいる。目の前の彼みたいに―――


「キミは気づかなかったようだね。」

「なにをですか?」

「星月さんが感じていたのは【表層魔力】なんだ。」

「表層魔力?」

「魔力は通常、魔法を放つ際に一度体外に放出してから魔方陣に注がれる。詠唱破棄の場合は例外だけどね。」

「この世界の魔法の基礎ですね。」

「うん、そうだね。魔力感知はこの時の魔力を察知しているんだ。」


彼は微笑みながら続ける。


「さらに魔力を上げると自分を中心にドーム状の力場が発生する、これは対等な魔力を持っていればなにも起こらないが、魔力に差があると重圧により体が押さえ込まれる。これが表層魔力だね。」

「理解。しかしあの場は通常に動けておりましたので魔力量は会長が思っているほどは......」


星月は今さら基礎的な内容を話す彼にに些か困惑していた。


「本題はここからさ。徐々に魔力を上げると表層魔力が大きくなるだけだが、瞬間的に莫大な魔力を放出すると表層魔力の外側にもう1つ力場が生成される。これが【深層魔力】なんだよ。どちらの層も本人を中心に広がるため、みんな深層魔力に触れている。」

「深層魔力とはそんなに危険なのですか?」

「当然さ。深層魔力は表層魔力の数千倍と云われている。」

「......!」

「そして彼女の深層魔力はこの星を覆っていたよ。」


普段冷静な星月も少し驚いた表情をする。

それも当然で、表層魔力と比べ物にならない力場に入ったのなら無事ではいられない。


「では、なぜ私は... いえ、この星は無事なのですか?」

「【ゼロネス現象】のおかげだね。」

「ゼロネス現象...... 同じ魔力を複数回受けると耐性を一時的に得る現象。」

「そうだね。彼女の魔力を受けたことによりこのゼロネス現象が起こり、皆何事もなく生きていた。表層魔力しか感じ取れなかったのもこの影響かな。」


星月は生きている理由は分かったが、まだ疑問が残る。


「しかし、ゼロネス現象とは複数回受けなければ発生しません。深層魔力を1度受けただけでは......」

「そうでね、でも―――深層魔力を4受けてたら起こっても不思議じゃないさ。」

「―――ッ!」


星月は驚きのあまり手に持っていたはたきを落とすが、すぐに落としたことに気付き拾い、いつもの表情に戻る。


「あれでから驚きだよ。」


彼は振り向きながら呟き、窓から賑わいのある町並みを眺める。

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