第2話 ギルドマスターのひみつ
私は角の前で地に足を着き、うんうん、と頷く。
「なるほど、採取依頼の最中にぶつかってしまって襲われたと......」
「
何を言っているかは大体想像がつくが恐らく肯定の意を示していると思われる。
その少年は顔を腫れており恐らくうまく話せないのだろうからそこら辺は目を瞑りましょう。
ん? なぜ少年の顔がこんな不細工になってしまったかというと、彼が私の下着を見たからに他ならない。「変態ッ!」と叫んだあと風の球体を飛ばし相手にダメージを与える下級魔法【ウィン】を数発打ち込んだ結果である。
下着なんてうちのギルドの子たち(女の子)に散々見られたりしてたし、ただの布切れだしって思ってたけど、男の子に見られたらめっちゃ恥ずかしかった! いや、向こうが恥ずかしがっていたからこっちも恥ずかしくなっただけかもしれないから―――
まぁというわけで彼はボロボロになっているわけだ。
「ところでキミ、見ない顔だね。」
腫れた顔に対して言った訳じゃないよ?
その前から見ない顔だったから!
と一人で言い聞かしていると元も顔に戻った彼が答える。
「実は隣街のギルドから依頼を受けまして冒険していたんですが、この世界に来たばかりで迷子になってしまい必要な素材だけは集めたのですが......」
「隣街って【水の都ミストレイク】?」
「はい。そこの【アクアリウム】というギルドで―――」
「あー、そこねー。面倒見がいいところだから納得だね。」
「ご存じなんですか?」
ご存じもなにもギルドマスターたるもの【ギルド協会】なる組織に与する者だからね。全国のギルドの情報は一通り確認できる。ギルド協会は運用や流通などを効率よく行うために発足した組織で大変な依頼で人手が欲しい時はその周辺のギルドに呼び掛けたり、他のギルドで受けた依頼を私のギルドでも報告できるように素材を輸送してくれたりとサポートしてくれる。
「まあね〜。でもここからアクアリウムに帰るとなるとちょっと遠いね。」
「えっ、そうなんですか......」
「どうやって来たかは分からないけど、着く頃には依頼の期限が過ぎちゃうよ?」
「え、そんな...」
手元の依頼書の期限は残り2日で歩いて帰っては間に合わないだろうから、落ち込む少年を見て私は言う。
「ここからならカトランゼの方が近いよ? そっちで泊まってから帰ってもいいんじゃない? アクアリウム行きの乗り物もたしか出てた気がする。」
「でも報告しないといけないし...」
「それならカトランゼのギルドでも報告できるから大丈夫だよ。」
「え、そうなんですか?」
「アクアリウムもギルド協会に登録してるからね。」
少年はやっと明るくなった。
「ありがとうございます。場所を伺っても?」
「私も帰るから、検問所までなら送るよ。」
「いや、そこまでお世話になるわけには...」
私は落ちている角を後ろに投げると空間に飲みこまれる。驚きと困惑をしている少年をよそに私が腕を横に伸ばすと腕が空間に飲み込まれて消えたように見える。
「えっ...... えっ?」
「あったあった。」
私は一つの球体を取り出す。
それを掲げると起動し私と少年の回りに小さな光が粒が集まり始め、それらが眩しく発光する。
「よし、到着っと。」
光が晴れた瞬間、私たちはカトランゼの検問近くにいた。
「えっと、何がどうなっているんだ?」
もはや混乱状態の少年に私は手に持っている球体を見せる。
「【転移スフィア】だよ。最初にポータルを設置してあとはスフィアを起動するだけでポータルのところまでワープできるの!」
「へ、へぇ〜......」
「それだけじゃないんだよ! ポインターを―――」
ここからもっと詳しく話そうと思ったが、ふと我に返った。
「―――おっと、いけない、いけない。夢中になって1日中話しちゃうとこだった。検問所はあそこね。それじゃ!」
「あ、いろいろありがとうございました。」
「うん。ばいばーい!」
私は手を振りながら走って検問所に向かった。
あ、少年の名前聞き忘れてたな。ま、いっか。異世界少年で―――
検問所を抜けて私はギルドに戻らず、ヤナギが運営している【ヤナギ薬品】に向かった。
「やっほー、ヤナギいる?」
私が入店すると、店の看板娘で接客兼レジ係のフィーユちゃんがお出迎えしてくれる。
「いらしゃいませ〜。あ、ますた〜さん!」
小柄な体型と幼さが残る声が特徴的な少女はトコトコと私のもとに歩み寄ってくる。
「今日はどうなされたんですか? もしかしてケガなさったのですか!?」
心配そうに目をうるうるさせて上目使いでこちらを見てくる。可愛さで持ち帰りたく衝動を押さえ頭を撫でながら本題を告げる。
「怪我はしてないよ。今日はヤナギに用があってね。」
「うみゅ〜... はっ! せんせいにご用でしたか!」
撫でられるのが好きなのかフィーユは気持ち良さそうにしていたが、内容を聞いて自分を取り戻す。
「せんせ〜い! ますたーさんが用があるそうですよ〜 ―――あとはフィーが引き継ぐので大丈夫ですよ〜―――」
調合室の入り口で何か言い合っているようだが入れ替りでヤナギが出てきたからおそらくフィーユが勝ったのだろう。
腰まで伸びた淡い紫の髪が白衣と一緒に靡く。大人の女性っぽさが溢れだしている大人の女性だ。どこがとは言わないがメリハリがあって羨ましい。決してやましい気持ちはないから!
「なんだい、ギルマス。こっちは調合で忙しいのだが?」
白衣のポケットに手を入れやってくる。
「もう、あまり無茶な依頼は勘弁してよ!」
「無茶な依頼? あー、イナマウゾウの突角のことか?」
「そうだよ。っていうかギルドに来てないでしょ? あんなに混んでてもヤナギなら目につくし...」
いつも白衣着てるし、ヤナギは背も高いから見逃すとは思えない。あと薬品臭い......
「あー、私は行ってない。」
「え?」
「行ったのはフィーだから。」
な、なにぃ!
私としたことがフィーユちゃんを見逃すとはっ!
私はガクッと膝から崩れ落ちる。
その姿を見ていたヤナギはため息をつく。
「はぁ、結局何しに来たんだ?」
「おっと、そうだった。」
私はスッと立ち上がり、なにもない空間に手を突っ込む。
「依頼の品を持ってきたんだよ。」
空間から角の先端を出しヤナギに見せる。
「お、早かったな。と、いうかギルマスが依頼を請けたのか?」
「当たり前じゃない! うちのギルドでまだこのクエスト請けられる子少ないんだから!」
「まさかこんなに早く届くとは思ってなかったな。」
「元気のいい子が調子に乗って請けたら大変でしょ?」
「あの受付の嬢ちゃんが請けさせないだろ。」
まぁ、たしかに。スイちゃんがそんなミスをするとは思わない。
スイちゃんは真面目な子で責任感の強いのが特徴。仕事も丁寧で事務以外に料理や掃除などの家事もそつなくこなせるスーパーガールなのだ。たまに天然なところがあったりするが基本的には気遣いができるみんなのお姉さんみたいに育った。
「それにしてもギルマスのそのスキル、相変わらず便利だな。」
「
無限の収納庫とは、私が手にした能力で、特定の条件を満たすか異世界人なら一つは授かる天恵と云われている代物。どんな天恵かは人によって異なるが、私みたいなワケわかんない能力だったり攻撃系の能力だったり補助系だったりと多岐にわたる。
「そっちの
ヤナギが持つ天恵、薬の叡知は薬剤調合の際に素材を見ただけで出来上がる薬品や分量などが分かる。
「あたしのスキルはしっかり学べば必要ないものさ。現にフィーは殆どの調合をできるようになっているしな。」
「でも、緊急時や新しい素材の調合のときは便利じゃん。」
「そんな機会はそうそうないだろ。」
「いつか来るかもしれないからそのスキル大事にしといてよ〜」
私は、にししっと手を後ろで組み、前屈みの状態をとり上目使いで笑う。
「そうだな。ギルマスのその呪いを治せる薬が見つかるかもしれないしな。」
「おぅ! なんとかしてくれ、先生♪」
「おちょくってんじゃねぇよ。」
その後も二人で笑いながら少し話したあと、私は角を渡して店を出た。
用も済ませたので、ギルドの入り口付近で見覚えのある少年が地面に倒れていた。
(あれは、朝出会った異世界少年じゃないか?)
私は少年に近づくとやはりあの時の少年だった。
「どしたの、異世界少年君?」
「あ、あなたは―――」
この少年はいつもボロボロだな〜 などと思っているとギルドから怒号が聞こえる。
なにやら揉めているようだ。
「た、たすけて―――」
少年は最後の力で私の足を掴みそう言い残すと気絶した。
その角度から見上げたらまたパンツ見えたろ!殺すか、なんて思ったが今はどうやらそれどころではないようだ。
私は急いで中に入るとガラの悪い3人組がスイちゃんになにかしようとしていた。
見た目はガリガリの細い男とナイフをスイちゃんに向けようとしているハゲ、もう1人は重たい鉄球を持ったデブという組み合わせだった。
私は鷹の目を使いギルド内の状況を確認する。うちの雇ってる子達は厨房に入っているようで怪我とかはなさそう。おそらくスイちゃんがみんなを守ろうとしているのだろう。当のスイちゃんも怯えてはいるが怪我などはみられない。
他の冒険者も動けずにいるが怪我人は外にいる少年以外はいなさそうだ。
つまりまだなにも起きてないってことか!
私は安堵したと同時にどうしようかなぁ、っと考えていた。
「あの〜、どうしたんですかぁ〜?」
私は精一杯可愛い声で近くの巨漢に話しかけてみた。私の声が可愛いかどうかは聞き手次第なんだけど、絶対良い声だから! 声優さんみたいだから! 声優さん可愛くお願いします!
「あ? なんだぁ、このガキ。」
ピキッ―――
私の中のなにかにヒビが入ったような音がした。
まぁ、たしかに平均的な17歳の女の子より若干...若干! 小さいけど!
でもね。でもね! 他のところは平均よりあるから! 太ってないぞ! 絶対! 決して! 断じて!太っていないから! スタイルいいから! スク水じゃなくてビキニ着れるから!
鉄球持ったデブの声が聞こえたのか残りの2人もこっちを向く。
「どうした、弟よ?」
「兄じゃ、ナンカチッコイノガ......」
―――ピキッ―――
「ボス。どうします? このちんちくちん。」
―――ピキッ
「あぁ? クソガキに用なんざねぇよ。外に捨てておけ!」
――――――パリーン
繊細なガラスのような何かが割れるような音が聞こえたような気がした。
私は―――
―――わたしは―――
――――――ワタシハッ!
「もうッ! 17歳と1万7百4十ヶ月なのぉぉぉ!」
自分で何を言っているのか分からないが、とりあえずムカついたのは事実で怒りに任せて思いっきり地面を踏む。すると、カトランゼが消滅した。正確に言うのであれば私とガラの悪い三人組だけを残して全て無限の収納庫に『収納』した。
「なんだ? 何が起きてやがる!」
さっきまでギルドにいたはずが、突然荒野に変わり狼狽える三人。
「まさかそいつが?」
ボスがナイフを私に向け確認する。
兄弟二人も続いて私の方を向いた。
私は激怒のあまりこの3人を消すことしか考えていなかった。
「......痛みは一瞬、これにて終わる......」
私は低い声で呟き、魔力を解放する。さっきまで晴れていた空は暗雲が立ち込め、空気すら振動させるほどのものだった。
三人組は魔力の圧力に動くことができないのかその場で膝をついていた。
「痛みすら感じさせないかもしれない! 万象は始まりを告げ―――」
「ギルド、ユーフォニアムのマスター......」
私が詠唱を始めようとすると、抑揚の無い声が私の後ろか聞こえた。
「ユーフォニアムのギルドマスター。これ以上の魔力行使はお止めください。これ以上はギルド協会の協約に反する恐れがあります。」
「
私は振り返ると艶やかな黒髪を靡かせる女性が両手を前で組み気品ある佇まいで立っていた。
「教えてやらなきゃ... 年功序列ってやつを!」
「私怨が含まれているのであれば尚更、認めることはできません。」
「うぐっ......」
返す言葉もない。これだけ生きてきて年齢のことでとやかく言うのは大人げなかったかもしれない。
「でも〜、あいつらがクソガキってぇ」
いつもの声色で私は抗議してみたが―――
「ユーフォニアムのギルドマスターは成長が止まっているのですから、若く見られても仕方ありません。そこの者達ではあなたの真実に気づく者はいないでしょう。」
すごいフォローしてくれてるのは分かるのだけど、抑揚がなく単調に喋るから説明口調になっているから素直に喜べない。
私はすっかりやる気をなくしてので、後処理をお願いすることにした。
「分かった、分かりましたよ。そいつら引き取ってくれたら、カトランゼ戻すから身柄を持っていってくれない?」
「承知致しました。」
「次、顔を見せたらその時は消し去るのでそのつもりで。」
「心得ております。」
「じゃ、早く連れてってよ。」
「では、これにて失礼致します。」
メイド服っぽい服のスカートを軽く持ち上げ丁寧にお辞儀をすると同時に3人組共々消え去った。
私は靴のつま先で地面を2回叩く。するとカトランゼが元に戻る。しかしそこには3人組の姿だけ存在していなかった。
「え......」
さっきまで襲われそうになっていたスイちゃんは突然消えたように思ったことだろう。
無限の収納庫内の時間は停止しており、その一切を失うことはない。
だからお弁当とか食材や気温管理が必要な物すらも全て仕舞っておける。
「大丈夫だった、スイちゃん?」
「え......っと、はい。大丈夫です、ギルドマスターさん。」
まだ辺りを見回しているようだが、それは他の冒険者も一緒。ざわざわしていたがそれもすぐに落ち着くだろう。
そんなことを思っていると突然スイちゃんが慌て出す。
「あ、そうですギルドマスターさん。近くに傷だらけの男性を見ませんでしたか?」
「ん? それなら入り口で寝てるけど?」
それを聞いてスイちゃんは慌てて外に飛び出し、少年を抱き抱える。
「気絶はしてるけど、死んではないよ。」
「急いで介護します。」
スイちゃんはそう言うと男性をギルドの医療ベッド連れて行った。軽いなあの少年......
落ち着いてきたところで事の経緯を聞くと、どうやらあの3人組は依頼を達成していないのにいちゃもんつけて報酬を貰おうとしていた奴らで困っていたところ異世界少年君が助けに入ろうとしたが、あっさり返り討ちされ入り口で倒れていたらしい。
「なるほど、大体理解した。」
ボロボロの少年はまだ目を覚まさず、それを心配するスイちゃんを見ているのは心苦しい。
一応うちのギルドを守ろうとしてくれたことに敬意を表するとしよう。
「スイちゃん。ちょっとはなれててね。」
「ギルドマスターさん?」
そっとスイちゃんの肩に手を置いて言うと、スイは私の方を見ながらも少年から離れる。
「ちょっと眩しいかもしれないから目を瞑っててもいいよ?」
「それってどういう―――」
「『
少年を中心に魔方陣が展開し淡いライトグリーンの光を放つ。そこから風が吹き少年を包むように流れる。この風が触れた箇所の傷は瞬く間に治り、痛みすらなくすことができる風の治癒魔法の最上位呪文である。
何回か自分で使ったから効果は保証できるし、死んでなければ大抵の怪我は治せる超便利魔法ではあるのだけど、魔力をすごく使うから何回もできないのが玉に瑕なんだよね。
祝福せし天癒が終わると、少年は傷一つ無くなっていた。
この魔法を見たうちの
この喧騒でかは分からないが、少年が目を覚ました。
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