第9話
玲奈はこの日も降りてこなかった。妙子は食事を持って二階に上がる。
「玲奈、明日は学校、どうする?」
「行かない」
もはや仮病すら使わない。
「そう、今日は麻婆豆腐。ここ、置いとくからね」
厳しいことは言えない。安藤のように援交するくらいなら、家にいてくれた方がずっといい。
何があったの? と問うべきだろうか。それとも学校に問い合わせるべきか。妙子は発言小町に助言を求めることにした。しかしタイトルでつまずいた。まだ三日休んだだけである。「一週間は様子見しましょう」そう言われるに決まってる。
気分を変えて「月経カップ」を検索した。ずらりと商品がヒットする。げ。思わず声が出る。どれも五千円以上と高額だ。こんなことなら貰っておけば良かった。
あの女は金があるんだな。妙子は舌打ちした。そういえば駅南の高台に住んでいると言っていた。坪単価はここの倍だ。あの女にとってスーパーのパートは暇つぶしか? 社会勉強か? 全くもって癇に障る女である。募金箱もお遊びのような気がしてきた。
翌日、妙子は募金箱に意を唱えた。「うーん」と考え込む店長の反応で、他にも反対意見があるのだと思った。そうでなければ、この男は妙子の話など聞こうとしない。
「いやあ、それがね」
店長が言いかけ、ドアが開いた。
「おはようございます」
赤堀が現れた。
「赤堀さん、申し訳ないんだけど、萩尾さんが募金箱はやめた方が良いって言うから、あれ、撤去しても良いかな?」
なんだこの男は。妙子は店長の薄ら頭を信じられない気持ちで睨んだ。
「萩尾さん、理由を教えてくれるかな?」
赤堀が慇懃に微笑む。
「……だって、うちは庶民派のスーパーでしょう。震災ならわかるけど、殺処分の募金っていうのは、ちょっと馴染みがないっていうか、具体的に何に使うお金なのかもわからないし」
「ああ、それは保護活動費。ペットシェルターの維持にはお金がかかるの。それでね」
赤堀はカバンからチラシを取り出した。店長が飛びつく。
「今みたいな意見もあると思って、こういうものも作ってみたの。店長、これも貼り付けていい?」
「あ、いや……ちょっとこれは……」
はっきり断らんかい。
「赤堀さん、うちは公民館じゃないのよ」
妙子が厭味を言う。赤堀は笑顔のまま、「わかってますよ」と言った。
「萩尾さん、動物は嫌い? 殺処分されてもなんとも思わない?」
赤堀は妙子をまっすぐ見つめて言った。きつい女だと思った。
「萩尾さんは猫を飼ってるよね」
店長が謎のフォローを入れる。赤堀は大袈裟に驚いて見せた。
「あら、そうだったの? なんだ、言ってよ。どんな柄の子?」
「アメショーだったよね」
店長が言い、妙子は「はい」と答える。
「ああ……もしかしてそれ、ペットショップで買った?」
赤堀は困り笑顔になった。他にどこで買うのだ。妙子は質問の意図がわからない。
「そうですけど」
赤堀はアメリカ俳優のように肩を落とし、かぶりを振った。
「そっかあ……まあ、そうよねえ。課題、いっぱいあるなあ……」
「あの、なんなんですか」
「ううん、大丈夫。萩尾さんに悪気がないことは分かってる。むしろありがとう。こっちの人の感覚がよく分かった」
お前はどこの人じゃい。妙子は「そうですか」と言って、事務室を出た。相手になりたくなかった。
勤務を終えて帰宅すると、カバンからチラシが出てきた。「ペットショップで命を買わないで」という文字に、一瞬で頭に血が昇る。
くしゃくしゃに丸めて壁に投げつけた。おもちゃだと思ったのか、ケンジが飛びついた。バカ猫。あんたのことだよ。妙子は鼻から息を吐いた。ケンジはチラシに夢中である。
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