第14話 恋をしている者 7
秋の十月頃。僕は最近早帰りが多かった。
というのも、働き方改革の影響で一カ月の労働時間を抑えるといった、会社の概念のより、効率化を図るという方法で、早めに出勤している人は、状況を見て、夕方には帰宅をしようという試みがあった。
しかし、別に僕らは毎日、休憩をたくさん取っているわけではない。寧ろ、休憩以外は忙しい時間限りだ。
たまたま、この時期はそれほど物流が多くないので、もしかしたら、会社の考えでその時期という限定なのかもしれないけど。
僕は、先輩中島さんに昼の休憩の時にいわれた。
「三島、今日は昼からのトラックからの物量も少ないし、トラックの出入りが少ない。夕方からのフォークリフトは牧野にやってもらえ」
「はい」
「それで、お前は早く上がって欲しい。今月の労働時間、一番延びてるのはお前だから」
「分かりました」
中島さんは、五十歳ほどのベテランのフォークリフトドライバーだった。会社のルールや安全関係のこともよく知っていて勉強熱心だ。
井出センター長が不在の時は、彼がリーダーとして指示をする。非常に頼りのなる人だった。
いつも痩せ型なので、仕事ばかり考えていて、睡眠や食欲不振になっていないのかと不安になるほどだった。
僕は中島さんが計算した通り、物量も少なかったし、事務所からの外注の依頼はない。今日はこのまま行けば五時前には帰れそうだった。
四時半になり、殆ど片付けていた僕は、最後に、包装グループが自分のところの包装資材を注文したのだが、置く場所が無いということで、パレットに積んでいるその資材を、物流の方で保管するという話だった。
いつの時間でもよかったのだが、物流の方で作業が落ち着き次第、それを行うと考えていた為、ようやく手が空いたので、外にずっと置かれている資材を持って行こうとした。
これを動かせば早く帰れる。有頂天になっていた僕は、速度を上げて、バックをするのだが、ミラーも見ていなかったし、後方に目を向けていなかった。
忘れていたと、バックの方向に目を向けると、そこに、仕事が終わって、今から帰宅しようとした女性が至近距離でいたので、僕は、慌ててアクセルを離したのだが、時すでに遅し、彼女の身体は投げ飛ばされた。
「だ、大丈夫ですか?」僕はフォークリフトから飛び出して、その女性に近づいた。名前までは分からかいが、何回か顔を合したことがある。五十代ほどの華奢な女性だった。
その女性は、意識はあったが、変な倒れ方をしたので、頭を支えるために、お尻と左腕、そして首を痛めたようだった。
「うっ……」と、女性は苦しそうな表情を浮かべた。
「おい、どうしたんだ?」
そういったのはたまたま通っていた従業員なのだが、たちまちそこにはいろんな人がやってきた。
「おい、三島どうしたんだ?」中島さんは十数人見守る中で、慌てて駆け付けた。
「すみません、女性を引いてしまいました」僕はかぶっていたヘルメットを取り外して、頭を下げた。
「三島の方は、ケガはなかったのか?」中島は明らかに動揺している。
「僕は、ケガはないんですが……」
そういって、被害者の女性を見る。彼女は起き上がって、みんなから心配の声を掛けられて、「大丈夫」と、笑顔を見せている。
「取り合えず、警察に報告しないと……」
そう中島がいって、僕は会社の携帯で警察、救急車、そして、会社の上層部に電話をした。
「いつもこんな運転をしていたのか?」
「いえ、今回だけ、見落としていました」
そうやり取りをするのは、鳴越の安全指導グループに所属している、グループ長だった。スーツを着ていかにも威厳がある人であり、僕は事故起こしている分肩身が狭かった。
僕の隣には中島さんがいた。彼も、忙しい中で時間を作ってくれて、話に参加してもらっている。
そのグループ長は鼻息を漏らして、背にもたれながら腕組みをした。
「いつも、こういったことをやられてるんですか?」そう、中島に聞く。
「いえ、三島は僕が見た限りではきちんと会社のルールと交通ルールを守って、真面目に運転をしていました」
「スピードもそれなりに出てただろう。まあ、リフトが十五キロ以上走ることは無いが、それにしても、それほどのスピードを出して、全く後方の方を見ないとは、危なくないのか?」
「すみません」
そう、僕はこの一時間で何度その言葉を口にしただろう。
「まあ、相手の方は意識がある状態で救急車に乗ったという話を聞いたから、命には別条はないんだろうけど、これが小さい子供だったらどうする?」
グループ長は僕を見ながらいった。
「すみませんでした」
「被害者の方からの連絡はまだですよね?」中島はグループ長にいった。
「まだですね。状況が分かり次第、包装のグループ長の滝沢さんから電話するとはいってたんですけど。まあ、大きな総合病院で診てもらってるんでね。ちょっと時間は掛かるかもしれません」
「ああ」と、中島はトーンを小さめに頷いた。
「とにかく、始末書を書いて、こっちに見せて来い。それで、今後の対策も次は君の口からいってもらうから」
そういって、グループ長は立ち上がって、歩き出した。慌てて中島も立ち上がり、それに続いて僕も立ち上がった。
「ありがとうございました」僕らは頭を下げていった。
「始末書は早めに書いてくれよ」
そういい残して、彼は休憩室を去っていった。
「今日は早くせかしたから、そのミスもあったのかもしれない。でも、やっぱり危ない乗り物を乗っている分、それを動かしているときは、きちんと集中しないといけないな。でも、忙しい時ほど、それを心がけた方がいい。俺はそうしてる」
そのアドバイスをいった、中島さんは僕に肩を叩いて、「まあ、ちょっといろいろあるけど、頑張ろう」といい残して去っていった。
僕は、何も作業できるわけではないから、今日は帰った。その時の時刻は五時で上がる予定時間を大幅に超え、七時半だった。
一方、被害を受けた女性の結果も、滝沢グループ長から事務所に電話があった。軽い打撲だそうで、肩や、尾骶骨にはヒビは入っていなかったそうだ。
しかし、被害者本人から、三日ほどは休ませてもらうという話もしていたそうだ。僕はその結果を聞けて帰れただけでも、目の前の視界の色彩にカラーが認識できるほど、安心感がよみがえった。
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