第13話 恋をしている者 6

 以前、陽菜先生に関根さんを占った時に、

「誰だろう、ご自身とは違う人が彼女に気持ちを寄せています」

「それは、職場の方ですか?」

「多分、そうじゃないかな……。ご自身よりも年下な気がします」

 というやり取りをした。

 確かにこの職場は女性もたくさんいるが、正社員は男性ばかりだ。女性はほとんどがパートのおばちゃんが多い。

 その為、人当たりのいい関根さんに声を掛けてくる男性はたくさんいる。

 僕は、この男性だったら結婚しているから大丈夫。この男性だったら独身の可能性が高い。でも、あまりにも飾っていない様子だから、多分大丈夫。と、勝手に彼女に、仕事以外のたわいのない話をしてくる男性を判断付けしていた。

 そんな中で、一人、メガネを掛けた痩せ型の桜田という僕よりも先輩の正社員が、良く事務所に出入りしていた。彼は仕事ができる人物のようで、製造グループに所属しているのだが、製造グループに所属している正社員の交番を組むという大変な役割をしていた。

 その為、よく彼の休み時間に、事務所のリーダーの坂井さんとたわいのない話をしていた。

 いや、それだけではない、大学生の女の子にも話をするという、人でもあり、どこか頼れるお兄さん的な雰囲気を出していた。

 でも、製造の男性社員とは……。確かに話はするのだが、それほど積極的に話しかけているだろうか。と、僕はこの桜田を何となく危険な奴なんじゃないのかと察知していた。

 前にもいったが、僕と関根さんの溝は大分埋まってきた。その分、関根さんはある意味、僕に対しては不安な気持ちにはならなかった。

 更に、この桜田が関根さんに仕事以外の話をする。関根さんも女性のみんなとも話している人だからと思ったのか、結構二人で長話をしていた。おまけに安心したかのように鼻歌を歌う始末。

 僕は気が気でなかった。何となく男の勘だが、桜田は今まで関根さんとは縮められなかったが、何だか話しかけてくれたと、衝撃を受けていたのかもしれない。

 それから桜田は、交番を組まなくてはいけないという理由から、毎日昼休みに事務所に訪れた。確かに、交番を組むのには相当労力はいるだろうし、パズルのように上手くハマらないだろう。しかし、物流センターの交番担当の人はそこまで事務所に入ってパソコンと睨めっこしていたかあまり記憶になかった。

 それに、桜田がパソコンと睨めっこしている様子はほとんどなく、まるで、そこを占領しているかのようにも見える。

 実際、僕は控えめな性格だし、そういう風に見られていることから、そこを打破して、僕も関根さんの隣になんて行動には移せないし、移そうとも思わなかった。

 例え、そこに関根さん一人だけだとしても、彼女が一生懸命仕事をしているところに、ペラペラと喋られたら、嫌な気持ちになる。

 それに、周りの人たちを巻き込みたくはなかった。

 桜田は一見頼れる男性のように見える。何か相談があれば彼に頼れば解決してくれる。それにフランクでもある。関根さんにとって桜田のイメージはそのように見えたのではないのか。その為、ある程度、仲良く話をしている。

 しかし、桜田は大きな間違いをしていた。それは関根さんが自分に気があるという考え方だ。桜田は六月に関根さんと楽しく話をしてから、関根さんが出勤しているときは休憩時間にパソコンの画面を見ながら、彼女の隣にいる。しかし、関根さんもバカではない。最初から桜田はあたしに気があるんだ。と思うと、徐々に言葉を失っていった。

しかし、桜田はある意味僕と一緒で、一度火をつけたら真っすぐに進む人なんだなと思った。ちょっとでも開いている時間帯に、事務所に足を運ぶときの目は何か獲物を狙うような目つきで、少し……。いや、男の僕でも怖かった。

 しかし、僕と桜田の性格の大きな違いは、彼はどこか気障なところがある。その為、異性として意識している関根さんと、まともに話せなくなっているというか、格好つけて話し出しているのだ。

 上から目線で話すところが鼻につく。関根さんも芯が強い部分もあるので、きっと心の中では、何だこの人って思っているに違いない。

 ある日の出来事、いつものように夕方に桜田は、今日は製造の仕事が終わり、交番の組み換えでもしているのか、事務所で関根さんと話をしていた。関根さんも仕事の先輩でなおかつ年上の桜田に嫌とはいえないので、「うん」と、相槌を打っていた。

 その時は、隣に製造のグループ長の伊藤もいた。彼も若いが結婚もしていて、人当たりがいい。それに僕も可愛がってもらっているので伊藤はいいのだが、二人で製造の交番に対して重要な話をしているのだろうか。

 まあ、僕は夜の作業があったので、また、現場に戻りフォークリフトを動かしていた。

「今日は忙しかったですね」そういったのは、夜だけ来てくれる、田中だった。

「まあ、七月は何かと中元とか、冷蔵の商品もあるから、それなりに忙しくなりますね」

 そういって、僕らは業務を終え、点検作業をした後に、事務所に戻った。

 桜田と関根さんのやり取りを見るのが、いたたまれないし、彼女が可哀想だ。しかし、夕方観た後から一時間半経っているから、桜田も伊藤もさぞかし帰っているだろう、と思いきや、僕が事務所に戻ると、まだ二人で話をしていた。

 僕はその光景を目の当たりして、しかも、桜田が彼女に何か話を投げかけたのだろう。関根さんは「うん」と、今まで聞いたことのないくらい、彼女の中ではトーンが低かった。

 それは、明らかに興味が無さそうだった。

 僕はそれを感じ取って、あまり彼らのやり取りを見たくなかった。さっさと帰って、家でくつろぎたい。

 すると、関根さんが退勤時間だったのか、立ち上がって帰っていく、その時に、僕に向かって、「三島さん、お疲れ様です」と、いつもよりもトーンを上げていった。

「お疲れ様です」

 僕も挨拶を交わして、彼女は去っていった。

 嫌な気分だったんだね……。その気持ちは何となくよくわかった。桜田と伊藤の二人だけになって、僕は胸を撫でおろした。

 彼女は、今は自由に仕事がしたいんだろうな。そう思いながら、桜田たちを一瞥すると、彼らもようやく話が終わったのか、立ち上がった。

 ……全く、どこまで鈍感なんだ。この男は。


 その桜田の鈍感さを誰か何とかしてくれと本気で思った時は、女性事務員の時田さんも、坂井さんも、公休か休憩を取っているときに、当たり前のように桜田が、後輩を連れて、彼が関根さんの横に座り、後輩と楽しく喋っている時だ。

 本当に可哀想で仕方がない。僕も用があったので、仕方なく開いているパソコンを使っていたら、ちょっと席を外していた関根さんが驚いた様子で、僕を見ていた。

 もしや三島さんはこの状況をどう思っているのか、気にしていたのかもしれない。でも、僕からしてみたら、今は、関根さんは自分のことだけを考えて欲しい。

 その言葉をいいたかった。

「僕は、大丈夫です」と。


 彼女が出勤する時に、会って挨拶を交わすことがよくある。私服がオシャレな人だなと感心していたのだが、桜田や僕のことを考えすぎていたのか、ある日は作業着のまま、出勤していた。

 参ってるんだなと、僕は痛感した。挨拶も交わせなかった。今思えば交わさなくて良かったと思う。

 だか、それから関根さんが桜田とどういったやり取りをしたのかは知らないが、いつしか、桜田は関根さんが出勤しているときにパソコン画面と睨めっこしていることを止めて、また何週間すると、今度は主婦の時田さんや、坂井さんと話をしていた。

 やがて、桜田はパソコンに触る時間も少なくなり、ある時桜田が、自分が探している書類がどこにあるのか、僕に聞いた。

 僕はその書類を知っているので、一緒に事務所へと入ると、そこには関根さん一人しかいなかった。

 ちょっと前の桜田だったら、真っ先に声を掛けたい人だったのに、敢えて声を掛けず、僕に聞く。

 すると、関根さんは桜田に対して、「ここにある」と、不貞腐れた声で桜田に、その書類を渡した。

 僕はそのやり取りを見て、関根さんは自分のテリトリーと、今後の仕事を天秤にかけて、いらないものはハッキリといったのだろう。僕はその時、小さい体型で可愛らしい彼女を尊敬した。

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