第10話 恋をしている者 3

「今日はどんなことを、聞きたいですか?」

「好きな人がいるんですが、その方がどう思っているのか教えて欲しいんです」

「その方は? どういったつながり何ですか?」

「同じ職場の女性なんです」

「分かりました。占いましょう」

 僕は色々悩んだ挙句、スマートフォンで評判のいい占い師を検索していた。すると、職場から近い駅から、二駅の人通りが多い地下街の一角に占い屋があり、そこに在籍している占い師が、当たるし、且、人当たりが良く評判がいいということだった。

 午後八時、地下街の人通りは昼に比べて、かなり少なくはなっていた。僕はスマートフォンを片手に十分ほど模索しながら、ようやくたどり着いた。

 店の前には今日の占い師の写真が貼ってあった。その時点でも不気味な感じが漂っていたのだが、中を見ると、ここだけ電気が通っていないのかと思うくらい、映画館のような真っ黒い部屋だった。

 僕は受付の人に、評判のいい先生の名前――陽菜という先生に鑑定してもらいたいと聞くと、すぐに案内をしてもらった。どうやら先客がいないようだ。

 陽菜先生は何枚ものカードをシャッフルして、カードを展開した。

「うーん、彼女はあなたに対して好意はありますね」彼女は穏やかなトーンでいった。

「そ、そうなんですか?」

 僕は思わず前のめりになった。もしかしたら、あの時の一人でニヤニヤしているのは、ただの独りよがりだったのではないかとマイナスな方向に思い始めていたからだ。

「でも、これからの状況が、見えない……。ご自身ももちろん彼女には好意がありますが、お互い話したりはしてますか?」

「いえ、それが、難しいんです」

 僕はこの仕事を大事にしたかった。変な方向に行ってこの仕事を棒に振りたくはなかった。その為、話すことを拒んでいたのが一つ。

 もう一つは、事務所ではたくさんの人が出入りしている。もちろん事務所の女性従業員はそうなのだが、包装グループも製造グループの男子社員も出入りするのに、変に一人の女性だけに話を膨らませているのもおかしな話だ。しかも、あまり喋らない僕が。

 僕はその状況を陽菜先生に打ち明けたところ、

「そんなんだったら、いつまでも話は進まないでしょう。相手の方もいつ話をしてくれるのか待ってるわよ」

「そうですかね?」

「そりゃあ、そうよ。三カ月くらい経つんでしょう?」

「そうですね……」

 どうしたもんかと僕は思っていた。


 しかし、本当に関根さんは僕に対して話しかけてくれるのを待っているのだろうか。

 事務所に用があって、彼女と仕事のやり取りをする。当然、お互いどこかぎこちない。

 お互い顔を見ようとしない。僕が思っているだけで、向こうは何も考えていないのかもしれない。

 ある日、時田さんが「ライン交換しましょうよ」と、事務所に立ち会った時にいわれた。

 その時は関根さんも出勤で、時田さんと向かいに座っている。彼女は、今日はこちらを見ることはなく、パソコン画面に集中している。

 僕はチャンスだと思い、「いいですよ」といった。これに対しては、関根さんは見て見ぬふりをしていた。

 僕は事務所を後にしたとき、ガクッと肩を落とした。

 何だ、どっちなんだ。


「彼女は控えめな子だから、『あ、私もお願いします』何てとてもいえないわよ」

 僕は何かあると、すぐに占い屋に駆け込んでいった。

 もちろん、先生は陽菜先生である。

「そうなんですかね……」

「とにかく、ここはご自身が動かないと、ことが進まないわよ」

「はい」


 二人が仕事のやり取りはもちろんしているのだが、お互い様子を見ながら、もう半年くらい経っていた。

 僕はどうしたらいいのか、考えていた結果、良いことを思い立った。

 そうだ! 難しかったら話をするんじゃなくて、想いを渡せばいいんだ!

 と、アイデアがひらめいたら、すぐに文房具屋にいって、便箋を買ってきた。

 手紙のように書いて、想いを伝えればいいんだ。

 と、早速自宅で書いてみようをするのだが……。ちょっと待って、いきなり想いを伝えるのはまだ早いのではないのかと、躊躇した。

 まだ、仕事のやり取りでしか関根さんとは話をしていない。確かにほのかな好意はあったとしても、それは僕に直接いったわけではなく、時田さんに「三島さんって……」という話をしているだけだろう。そこに時田さんを入らないままで、関根さんに想いを伝えてもいいのだろうか。

 時田さんもだが、関根さんはもう一つ年下だ。もしかしたら僕とは二桁離れている可能性は十分ある。

 そんな彼女に、想いを告げていいのだろうか。

 僕は今しかないという気持ちと、いや、想いを告げるには早すぎると、心の中で葛藤していた。

 とにかく、書いてみよう。そして、渡すには二人しかいない時を見計らって、なおかつ、僕がこの手紙を持っていなくては渡せないのだから。

 そう実践するのだが、長い文章だったら重すぎるしな……と、頭を掻きむしっていた。


 それで、実際に書いたものは、ラインしましょうといった文章で、そこに僕の電話番号を書いた。

 時田さんとライン交換したときのやり取りを関根さんは知っているので、僕が彼女とやり取りしてもいいと思った。

これだけでも、きっとどういう意味かはわかるはず。

 後は、どこでどう渡せばいいか……。それを仕事中に考えていた。

「最近、そっちではどうなん?」

 お互い時間が空いていた時に、同期の竹中が僕に聞いた。

「まあ、物流の方はやっぱり忙しいよ。フォークリフトだけではないからな」

「流れ作業の仕分けもしなくちゃいけないもんね」

「そうやね。また、あの仕分け作業が結構腰にくるんだよな」

「わかるわかる。俺も最初仕分け作業応援で入ったけど、めっちゃくちゃ腰が痛い」

「応援もねえ……。こればかりは、辞めちゃう人がいるから、仕方ないけどね」

 僕はそう呟いていたら、関根さんがどこかに用があったのか、歩いて事務所に戻っていた。

 僕はその時の彼女の表情を見逃さなかった。何か怒っているように見えた。

 何となく、僕は自分と竹中が楽しそうに話をしていることにイライラしているように感じ取った。

 そういえば、最近、僕に対して彼女の行動が不自然だった。僕が事務所に入ろうとした時に、丁度彼女が事務所から出てきて鉢合わせになった時だ。

 まるで、いけないものを見たようにビックリして立ち止まったのだ。

 僕もそこで何か話せばよかったのだが、何事もなかったかのようにお互いすれ違うのだが、それがもう一回あったのだ。

 どういった意図なんだ?

 彼女のちょっとした動作や表情を見逃したくはなかった。それほど、僕の中では日に日に心の中の彼女が大きくなっていった。

 一瞬嫌われているのではないかと錯覚をしたのだが、アレはもしかしたら、僕のことを考えていたら、バッタリ会ってしまったという感じだろうか。

 どちらにしても、背も小さくてぽっちゃりとした体型から、驚いた時に声も出さずに立ち止まっていた表情をしている関根さんが、凄く可愛くてたまらなかった。

 そして、今回は苛立っている。これは一言何かコミュニケーションを取らないと、僕にとっても彼女にとってもダメな気がした。

 その日の夜、事務所の中に、僕が一人で机の上で帰る支度をしていたら、関根さんが自分の作業をするためこちらにやってきて、机の上を整理していた。

 少しお互い黙っていた後に、関根さんがいった。

「そういえば、田中さんはまだですか?」

 田中という人物は五十くらいの男性のパート社員だ。昼間は別の仕事をして、夜は仕分け作業をしてもらっている。

「ああ、田中さんだったら、仕分け作業を終わって、今物流場所の最終点検してもらってます」

「そうなんですか?」関根さんは相変わらずこちらを見ようとしない。

「なんで、もうすぐ帰ってきますよ」

 僕は笑顔でいうと、「分かりました」と、半ばはしゃいでいたように見えた。

 本当にこんな会話だけでも、僕も楽しい気持ちになるし、何より、彼女もテンションが高くなるのが、可愛くて余韻が止まらなかった。

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