第7話 助け人 7
僕は次の日も朝礼で緊張し、みんなからの失笑から始まり、色んな作業に追われていた。
大分ひどく疲れている。昼休憩には思わず仮眠をとった。
この物流会社は月の休みは八日であり、前にもいったがシフト制である。その為、土日出勤もざらである。ただ、五連勤はそれほど多くはないのが救いだ。
結構ハードな仕事だと自覚している。それに最近では会社の営業利益の低迷で人員削減も容赦なく行われている。
この前も、事務所の女性が退職した。バリバリ仕事をこなしてくれていたのは知っていたので、僕らにとっては大きな損害だった。
この仕事もそろそろ潮時なのかもしれない。ただ、年齢は三十八。次の仕事は見つかるのだろうか。
そんなため息を繰り返していた休憩中に、僕はまた起き上がって、椅子にもたれかかりながら、ラインをぼんやり見ていた。
関根さんの名前が載っている。もちろんやり取りは僕が送ったところで止まっている。しかし、何も動くことはない。
考えてみろ。三年前だぞ。三年前の記録から、彼女が動くとでも思うか?
僕はそう心で唱えていた。そういえば、新しくスマートフォンを変えた時に、トーク履歴をバックアップして引き継がなければ、ラインのトーク履歴が消えてしまう。
僕はそのことを知らないがままに、一年半前にスマートフォンを切り替えた。その時に、何もトーク画面に残っていなかったのは、片想いながら凄いショックだった。
何度も復元をインターネットで検索して情報を得ようとしたのだが、どうやら無理らしい。
三日間くらいはへこんでいた記憶がある。
今は僕が一方的に報告のような言葉だけが残っている。関根さんって誰だ? そう思わぬばかりだ。
気持ち悪がられて、スルーされたのだろうか。
僕はそう頭の中でグルグル考えると、どんどんネガティブな気持ちに陥っていた。
そういえば、昨日占い師にもらったあのドリンク……。
それを飲めば彼女に会える……。
昨日はあのドリンクは大切にタンスの引き出しに入れた。もしかしたら本当なのかもしれないし、嘘だったとしても無くしたら、あのお婆さんが怒って急に姿を現すのかもしれない。
僕は今日の仕事を終えた時には、気持ちにテンションが上がっていた。
なぜなら、明日から二連休なのだ。
とはいっても、何もすることはない。趣味はゲームでしかないし、どこか外食するわけでもなく、友達だっていないのだ。
ああ、そういえば一つ趣味というか休日の楽しみがあった。一人カラオケだ。
学生時代に聞いていた、好きなロックバンドの楽曲を今でも歌っている。とはいっても、シンガーソングライターやアイドルの歌も歌ったりはする。簡単にいえばレパートリーが多いのだ。
まあ、その人たちの当時の音楽をメインに、明日は歌って楽しもう。そう思いながら、会社を後にした。
電車の中で座って、スマートフォンを見ながら、カラオケの予約と、何を歌うか考えていた。その後にニュース画面を見ていた。
近頃のニュースはやけに暗い。……まあ、いつの時でもニュースは暗いものだ。
最寄り駅に電車が着いて、僕はプラットホームに出た。前の人に続いてエスカレーターを乗り、明日のルーティーンを考えていたら、僕の二つ前の人の後ろ姿が、関根さんにそっくりの女性がいた。
……まさか!
僕はエレベーターを降りて、彼女を遠くから見ていた。ショートボブのサラサラした髪型。百五十センチほどの背丈、少しぽっちゃりとした身体と顔つき。その可愛らしさが、まさに彼女そっくりだった。
いや、でも彼女は確か他県の人間だ。こんな閑静な住宅地ばかりの駅に降りるはずがない。
多分違う人だと思いつつも、どうしてもその姿を目で追ってしまう。
結局その人は改札口を通った後、エスカレーターで地上階まで行き、その外の光景を目の当たりにした後、立ち止まっていた。
僕はその顔を見たかったが、見たところで何か意味があるのかと思って、半分冷めた感じで、通り過ぎて行った。
僕は彼女に本気で会いたいんだな……。
そんなことを想っていた。しかし、その関根さんにそっくりな誰だか分からない人の後ろ姿を見た時には、至福の時を過ごしていたのも事実だ。
それを聞いて、誰かは気持ち悪いというだろうし、また、誰かは切ないというのだろう。
でも、僕はそれ以上のことが出来るわけがないし、今までの僕の人生はそんなものだ。
不貞腐れながら、僕は家路についた。
風呂から上がると、僕はタンスの引き出しから、あの占い師からもらった栄養ドリンクに似た茶色いビンを手に取った。
日頃の行いが良かったら会える。日頃の行いが悪かったらもがき苦しむ。
どうせなら、もがき苦しんでやろうじゃないか。
今の仕事の人間関係は幸いなことに色々と助けてもらっている。そこはありがたい気持ちではある。しかし、自分の感情の起伏が激しいのか、それとも感受性が強いのか。ちょっとしたことで傷つくし、裏切られた感がある。
何だろう。冷静に考えれば誰のせいでもないのに、その時は感情に任せて誰かのせいにしている。
僕はそう思って、何となく懺悔の気持ちに浸りながら、蓋を開けた。
パキッと金属製の部品が外れる音がした。全く栄養ドリンクそのものだ。
僕は蓋をタンスの上に置き、ビンの中を確かめた。
黄緑色の液体である。そこに炭酸が入っているんじゃないかと思うくらい、色もいたって栄養ドリンクと変わらない。
僕は関根さんの顔を想像した。もう別れてから三年も経つし、出会ってから一年九カ月くらいしか彼女の顔を見たことが無い。その為、彼女の顔も思い出そうと頑張ってみるが、どうしても思い浮かばない。
悔しい……!
その憤りに任せて、僕はそのビンの液体を口に入れ、喉に流しこんだ。
ビンを空にすると、僕は少々息を切らしていた。
……何も、変わらない?
そんなことを思った瞬間、喉に締め付けられる痛みが走った。
「うっ」
僕は思わず喉元に両手を当てるが、その後に心臓部分に痛みが走る。
「ぐわっ」
僕は立てないくらい気分が悪くなった。頭痛もしてきている。
全身に痛みが走っているのか……。
僕は死ぬんじゃないかと思った。
やっぱり、日頃の行いが悪かったんだ。
結果、もがき苦しむといった答えなのか……。
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