第6話 助け人 6
その女性に連れてこられたのは、路地裏の人通りがいない場所だった。そこで鑑定を占っていたのであろう、女性は大きな水晶玉を机に置いてある場所まで歩き、会議室で使われている安っぽい椅子を引いた。鈍い音が響いた。
「お前さん、良かったな。只今、お客さんは誰もいないのう」
「あなたはここで毎日、占っているんですか?」
「いや、あちこち歩き回ってるよ。何か悩み事を抱えてる人を呼び込んでね。フフフ」
その笑みが、余計に身体を硬直させる。
「今日は悩みを抱えてきた方は何人いらっしゃったんですか?」
「フフフ、それはナイショ」
そういって、お婆さんは水晶に触れた。
「あの、お金はいくら掛かるんですか?」
僕はふと心配していたことを口に出した。
「お金はいらないよ。わしは人々の願いを叶える役目をしてるからね」
「と、いうことは、占いではなくて願いを叶えてくれるというわけですか?」
「本当に困っていたならね。お金がたくさん欲しいとかは叶えられないよ。……お前さん、今の人生満足してるのかね?」
そういってお婆さんはフード越しから、僕を見上げる。睨みつける目だ。
「いえ、満足はしてません。仕事も忙しいですし……。仕事と休みの往復なので……」
「誰しも仕事と休みの往復じゃから、お前さんだけ仕事をせずに人生を謳歌することは出来ないが、お前さん、今も誰かのことを想ってるんじゃないのかい?」老婆は水晶を見ながらいった。
関根さんのことだろう……。僕は何となくピンときた。
「いや、父親や姉のことは想ってますが……」僕はしらばくれるようにそのことを隠した。
「弟もそうじゃろう。しかし、それだけではない。三年前に想っていた子がいるんじゃないのか?」
そこまでいうと、僕は全てお見通しだと分かって、観念した。
「そうですね」
「その子とはどうしたんだい?」
「まあ、元々一緒の職場で働いてたんですけど、三年前の冬に会社の都合で異動になったんですよ。それで、最後にラインを交換してやり取りをしてたんですが、その後、突如途絶えて音信不通になってしまって……」
「……なるほど。お互いが上手く行かなくなったってことじゃな」
「それで、彼女の方は何て思ってます?」僕はいつしかこのお婆さんに近づくように、身を乗り出して聞いていた。
「まあ、待ちなさい。わしが彼女の気持ちがどんなだったかなんて、いっても無駄じゃろう」
「どうして?」
「三年前のことじゃ。言葉に出さなくても、行動には出てるじゃないか」
「確かに、行動には終わったようには思いますが、中途半端な感じだからどう想ってるのかと思いまして……」
僕はいつしか感情的になっていた。
「まあまあ」と、お婆さんは色々と、僕の過去を当てられる才能があるのに、なぜか彼女の気持ちだけは見抜けないのか。
「それくらい想ってたんじゃったら。その願いを叶えてやってもいいぞ」
「どういうことですか?」
すると、老婆は自分のフードの袂から一本のビンを取り出し、机の上に置いた。
「これを飲むといい」
僕は栄養ドリンクだと思った。小さな便で、シールのパッケージは貼ってはいないものの、中身は液体が容器の九割くらいに入っている。
「これは?」
「これを飲むと、彼女に会うことが出来る」
「会うことが出来る? どうやってですか?」
「まあ、ちょっと待ってなさい」
そういって、老婆は液体のドリンクを両手に持って自分の胸に当てて目を閉じ、何やら呪文のようにブツブツ呟いていた。
それをすることによって、このドリンクは彼女に会えることになるのか。僕は半分期待と不安な面持ちだった。
三十秒ほど老婆は呪文を唱えた後、僕にそのドリンクを片手で差し出した。僕はそれを両手で受け取った。
「ありがとうございます」
「まあ、お主が日頃の行いが良ければ、その子に会えるじゃろう」
「もし、会えなかったら?」
「行いが悪いということじゃ。その時は、この世にもがき苦しむことになるじゃろう」
「もがき苦しむ?」僕は首を傾げた。
「さあ、もう時間じゃ。お主が本当にその子に会いたいのであれば、そのドリンクを一気に飲み干すんじゃ」
老婆は両手を強く叩いた。「今日はお開きじゃ。帰っとくれ」
「え、でも、会ってどうすればいいのか……」
「どうすればいいのかは、お主が一番知ってるじゃろう。さあ、帰っとくれ。わしも、次の悩みを抱えてる人に会わなくちゃいけん」
「分かりました……」
そういって、僕は立ち上がった。
僕は電車で座っている最中、先程の占いのお婆さんのことを考えていた。
あの人はいったい何者なんだ……?
あの通りは、いつも渡っているのに、あのフードを被っている老婆を見たのは初めてだった。
まあ、この時期なので、フードを被っているホームレスなんてたくさんいるのだが……。
しかし、浮浪者の臭いもなかったな。
僕は渡されたドリンクを見た。
何か得体のしれないものが入っているのではないのか。
例えば、この中に毒が入ってあって、ホームレスからするとまともに働いている人間が羨ましく思えて、どこかで手に入れた毒をこのビンに入れて、飲んだ者がもがき苦しんで亡くなるのを、ほくそ笑みたいんじゃないのだろうか。
そう考えると、なぜ、僕の家族構成を当てたのかが不思議だった。
あれは、探偵を雇ったんだ。近くにある探偵……。いや、あいつらは日中ヒマだから、探偵なんて雇わなくても尾行していったら、おのずとその人の情報が分かってくる。そして、あたかも超能力を使って当てたように仕向けたのではないのか。
もし、そうなると、関根さんのことをいわない方が良かった。もちろんそのことを話したのも気恥ずかしいし、関根さんに対しても申し訳ない気持ちになる。
僕は鼻息を大きく漏らして、そのビンを前に抱えているリュックサックの中に入れた。
安易に喋るんじゃなかった……。
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