第2話 助け人 2
僕の仕事場は港近くの大きな倉庫場だった。地下鉄を使い、一回乗り換えて駅から十分ほど歩いてその現場に到着する。通勤時間は約一時間。
仕事はフォークリフトを使った物流センターの倉庫内の作業、兼テレビ部品の包装、製造業務がある会社だ。いろんなトラックが行きかうこの場所では、同じような別の会社の倉庫がある。
その為、この場所は昼夜問わずせわしない。
僕はこの日も八時に出勤して、階段を上がり、二階の更衣室で作業服に着替えた。
「おはようございます」
「おはよう」
と、挨拶を交わす。
従業員は、この時間、現場の人間が三十人ほどいる。シフト制であり、土日も倉庫内では稼働している。
電車通勤の人もいれば、車通勤、バイク通勤もいる。港付近なので、駐車場等はたくさんある。みんな駐車し放題だ。
一階に降りて、事務所内に入ると、近藤センター長に呼び止められた。
「三島君ちょっと……」
出勤してすぐに呼び止められるのは、大きいことをしでかしたに違いないと僕は内心ビクビクしていた。
「はい」
「昨日のフォークリフト充電、きっちりコードに差し込んでなかったぞ。気を付けろ」
「はい、すみませんでした」
僕は椅子に座っているセンター長に対して頭を下げた。
そんなことで呼び止めないで欲しい。こっちはやらなくてはいけないことがある。まずは一番苦手な朝礼だ。
そんなことを思っていたら、チャイムが鳴りだした。八時五分になると、チャイムが鳴る仕組みになっている。
……朝礼時間だ。
「えー、今日の朝礼行います」といわれ、僕はみんなを集めた。
向かい合って立ち止まって聞く、三十人ほどが全員僕に注目する。
「安全に対して、この前、別のセンターの作業員がフォーリフトを使っていた時にですね。えー、フォークの差込口にパレットをいれ、荷物を運ぶときに、前方に集中してたのはいいのですが、左カーブを曲がるときに、リフトのお尻部分を見ていなくて、そこに置いてあったパレットに積まれていた荷物を損傷させるという、作業事故がありました」
ここまですんなりいえたのに、急に三十人の目が怖くなって、途端に頭の中が空っぽになってしまっていた。
「えー、とにかく、注意しましょう。以上です」
すると、耳を傾けていた、三十人の内の何人かが失笑の声を漏らした。
次は、近藤センター長が全員に向けて勢いよく話をした。
僕は先程の失敗と失笑から、そのことばかりを悔やみ、あまりセンター長の話を聞けないでいた。
全ての朝礼が終わると、僕もようやく肩の荷が下りるのだが、これから本来の作業に取り掛かるのである。
朝から忙しい。荷物の仕分けをする人もいれば、僕のようにフォークリフトで、荷下ろしをする人もいる。
製造、包装の社員は八時出勤なのだが、パートの若者や女性たちは九時から出勤が多く、その時間帯から会社内での出入りが激しくなる。
僕はこの場所で、正社員としてもうすぐ五年になる。慣れたといえば慣れているし、忙しいといえば忙しい。
昨今は働き方改革の影響もあって、労働時間を削られている。それはいいことなのだが、その分、効率性を求められている。
体力や行動だけでは評価が認められない時代でもある。そう、頭も使わないと、尚且つ、チームプレイも求められる。
先程行っていた、朝礼担当とは、僕は去年の夏頃にセンター長から任命された。
朝礼担当は正社員の三人が選ばれる。
そこに整備管理者がこの物流業では不可欠なので、その管理者を選ぶのだ。
以前の朝礼担当の方が、十年ほどやっていたことで、次の世代にやって欲しいとミーティングで発言したことから、センター長が僕を任命したのだ。
全員が見守る中、あくまで朝礼担当は任意ではあるが、僕としてはイイエと答えられるわけがない。
その日から、朝礼担当に抜擢されたのだ。
それだけではない。その人が担っていた仕事というのは、色々あって、もちろんフォークリフトの点検を管理するという仕事、また、安全会議というものに参加しなくてはいけない。
この成越物流株式会社は一流企業なので、あちらこちらにセンターを構えている。
僕もパート時代は別の場所で働いていたのだが、正社員に登用して、この場所に異動した。
僕はこの日、ヘルメットを着用して、パレットに積まれていた荷物を早速やってきた十トントラックに荷物を積んだ。
「今日は寒いね」
そう言ったのは、十トントラックを走らせていた、ドライバーだった。鳴越の人間ではなく、別の会社のトラックだ。向こうも運送会社では一流企業だ。
「そうですね」
僕はそう言って返した。フォークリフトに集中しているが、もちろんコミュニケーションは大事である。
「昨日、わし、中央競馬に行ったんだけど、もう本当に人がいっぱいだったぜ」
そうドライバーは両手を広げてジェスチャーをする。年齢は五十代……。もしかしたら還暦近い、このドライバーは競馬の話で盛り上がる。僕も今はしていないけど、昔は競馬に夢中だったものだ。
「へえ、昨日重賞だったんですか?」
「そうだよ。ジースリー。やっぱり、今強い馬がいるからな。ここで勝ったら次は皐月賞だろうな」
「それで、その馬は勝ったんですか?」
「ああ、ぶっちぎりだったよ。あんちゃん、テレビで観なかったのかい?」
「いえ、僕は昨日仕事だったんで……」
「ああ、仕事だったら無理だな。春になれば桜花賞もあるからな。今度一緒に行くかい?」
「そうですね。予定があえば……」
「以前から、希望休出せばいいじゃないか。牧野なんて、バンバン希望休出してるぞ」
「うーん、でも、希望休出せたらいいんですけど。今、結構人手不足なんですよ」
「そうか……」
そんなやり取りをしていたら、パレットはどんどんトラックに積まれていく。
いつもこんな話をしている。このドライバーだけではない。いろんなドライバーが見慣れた顔でやってくる。
大体話はギャンブルか風俗の話になっている。年配のドライバーはギャンブルの話。若い男性は風俗の話。まあ、九割は結婚をして家庭を持ちのドライバーなのだが、僕が独身と分かっているのか否か、そんな話をしている。
僕もある程度知っているので、その話を上手く合わせられることはできるが、ただ、どちらに対しても、今はそんな興味はない。
もし、今僕が、興味があるとすれば、お金儲けの話だろうか。例えばギャンブルではなく、最近流行りの積立の投資信託や、確定拠出年金などだろうか。まあ、そんな話をするドライバーも少ないだろうが。
話をする時間もあれば、忙しくてそれどころではない時間もある。そのほとんどが忙しい時間だ。大型トラックが朝から、荷下ろしをしろといわんばかりに次々止まっている。僕は必死にできる限りに、スピードを求めていた。
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