13 素直じゃないな

「噂に聞いただけなのですが、必ずそうなると言うのではないようで、長持ちをしたようなだけではないかと考えていました。それが」

 ちらりと男は花瓶を見る。

「聞いていた形状とその花瓶がよく似ているようなのです。そこで私は仮説を立てました」

「お聞きしよう」

「枯れる花瓶から、長持ちする花瓶に、花の生命力が移っている」

「は?」

「それは興味深い」

 クレスは口を開けたが、リンは身を乗り出した。

「つまり、枯れた花がなければ、もうひとつの花瓶で花が長持ちすることもできない。それ故、必ずそうなるのではない」

「そうです」

「ちょ、ちょっと」

 待ったと言おうとしたが、ふたりはクレスの言葉など聞いていなかった。

 ああだこうだと、クレスには胡乱としか思えない仮説と推測を並べ立てはじめる。仕方なくクレスは、茶の支度でもすることにした。

 二日ぶりに触れた隊商の備品たちは何だか妙に懐かしく、クレスは愛用の鍋で湯を沸かし、鼻歌交じりでカラン茶を淹れた。オンキット、ジャルディ、ホー=ダンにも振る舞ってから、注目の舞台に向かう。

 その頃にはリンとカルダーは、言い合っていたことなどなかったように、真剣に話し込んでいた。

「しかしカルダー。持ち主に手紙を書いて、その返信を待つなど悠長すぎないか」

「でも、そうするしかないでしょう」

「そうだろうか? 第一、似ているようだと返ってきただけでは、何も確信できない」

「ですから、日時を指定して、私が花を飾ろうと思います。そのあとで長持ちするかどうか、確認してもらえば」

「悠長だ」

 リンはまた言った。

「出向けばいいじゃないか」

「はい?」

「あなたの知人たる、花瓶の持ち主のところに出向く。もちろん、こちらはこの花瓶を持っていく。実験ならば隣でやった方が確実だし、確認も早い」

「それは、リン殿の言う通りですが」

 カルダーは目をぱちぱちとさせた。

「私は、歩いて数日の距離くらいにしか、旅に出たことはありません」

 知人とは隣町で知り合って、親しくなったのだとカルダーは説明した。

「私は旅慣れている。その町を教えてもらい、知人宛てに一筆でも書いてもらえれば、結果を必ず知らせると約束しよう」

 どうやらリンは、新たな目的を花瓶の片割れに定めたらしかった。

「ですが、それでは」

「何か不都合が?」

「私が参加できないです」

 カルダーは真面目な顔で言った。

「なら、あなたもくればいい」

 リンは肩をすくめた。

「ですが」

「ああ、離れられないような仕事か。それとも、妻子がある」

「どちらも、違います」

 カルダーも肩をすくめた。

「ただ、遠くに旅に出たことがないだけで……」

「もちろん決めるのはあなただが、考えてくれ。最上の案だと思う」

 そう言うとリンは、クレスの運んできた盆に気づいて、感謝の仕草をすると茶杯を取り上げた。

「カルダーも」

「ああ、有難う」

 男も礼を言って、茶を受け取った。

「俺は、花瓶に興味はないけどさ」

 自分の杯を持ち上げながら、クレスは言った。

「ああしたものが好きなら、この隊商での旅は楽しいんじゃない? いい料理人もいるし」

 澄まし顔で言えば、リンが顔をしかめた。

「よくもまあ、自分をそうやって」

 それから彼女は、言葉をとめた。

「だが、お前は……」

「行くよ、リンと」

 まず、クレスは結論を話した。

「父さんには伝えてきた。勝手な言い草だけど、『残念だ』と言ってもらえただけでも、俺は嬉しかった」

「お前、馬鹿なことを」

「言うと思ったよ。でもリンは連発してたし、いまもカルダーに言っただろ」

「何の話だ。カルダーの件が、お前のことと何の関係がある」

「『決めるのはお前だ』」

 クレスは言って、茶をすすった。リンは黙る。

「俺は決めたの」

「――仕方ないな」

 リンは唇を歪め、茶杯に口を付けた。

「……うん、美味い。ホー=ダンやオンキットでは、こうはいかない」

「だろ」

 うんうんとクレスはうなずいた。

「なあ、カルダー。ホー=ダンに言って、いくつか変なものを見せてもらうといいよ」

「何が『変なもの』だ。うちの商品だぞ」

「俺には、変なものとしか思えないね。リンたちが面白がるのを否定するつもりはないけど、俺じゃ興味を引くような案内はできないから、ホー=ダンがいいだろうって言ってるんじゃないか」

 クレスは地図師を呼んで、カルダーを促した。

「見てきなって。たぶん、その気になるから」

 男は躊躇いがちに、にやにやする地図師の手招きに従う。

「これで、解決じゃないかな」

 クレスはリンを振り返った。リンは茶杯を手に、じっとクレスを見ていた。

「何」

「本気か。一緒にくると」

「しつこいなあ」

 今度は彼が顔をしかめた。

「俺が決めたことだよ」

「私は、二度もお前の居場所を奪うつもりはないんだが」

「は?……ああ、〈赤い柱〉亭のこと。あのときだって、決めたのは俺じゃないか。リンに説得された訳でもないだろ」

 お節介男からの後押しはあったが、リンと行きたいと思ったのは彼自身だ。居場所を奪われたなんて、思うはずもない。

「今度だって同じだよ。全くもって同じ。いい人たちの間で定住もいいかなって少し迷って、でも結局、リンと〈パルウォンの隊商〉を選ぶ。何だ、俺、何も変わってないな」

 自分に少し呆れた。自分の考えることは変わっていない。ならば、迷う必要など最初からなかったのだと。

「それとも、専属料理人はもう要らない?」

 片眉を上げてそう尋ねた。

「いてもらえるに越したことはない」

 リンは息を吐いた。

「実のところ、今後の食事事情については困っていたんだ」

「最初から素直にそう言えよ」

「私の好みでお前の選択を狭める訳にはいかないだろう」

 むっつりとリンは言う。

「散々、家族といることを勧めてきたくせに」

「私の意見を述べただけだ。選択を狭めることにはならないだろうが」

「俺には、クビを宣告されたみたいにも思えたけど」

「それは被害妄想だ」

 さらりと隊商主は言ってくれる。クレスはうなった。

「――有難う」

 呟くように、リンは言った。

「え?」

「ああ、カルダーのことだ。巧いこと、持っていってくれたな。確かに彼なら、うちの商品を好いて一緒に行くことを前向きに考えそうだからな。その提案は思いつかなかった」

「そんなこと」

 ないだろう、リンならすぐに思いついたはずだ、と言おうとして、クレスは言葉をとめた。

(ああ、いまのは)

(俺が隊商に残るって言ったことへの礼か)

 素直じゃないな、と笑いがこみ上げた。

「何かおかしいか?」

「いや、別に」

 クレスはくいっと茶を飲み干した。

「もう一杯、入れてくる。リンは?」

「頼む」

「了解」

 差し出された杯を受け取って、クレスは踵を返した。

 「ターキンの町に残る」か「リンと行く」ではなく、「隊商に残る」と自然と考えたことに気づいて、それにも少し笑った。

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