05 慧眼だな

「それにしても」

 リンはカルダーから視線を外すと、周囲を見回した。

「閣下はどうされたのか。てっきり、話がまとまる前にお見えになると思ったんですが」

 まとまったことに文句などないのだが、少し拍子抜けだなとリンは思った。

「主催でいらっしゃるのだからお忙しいのですよ」

「ごもっともですね。それに、閣下にとっては花瓶と女商人のことなどちょっとした息抜きなのでしょう。こちらは、遊びではありませんが」

「あの。閣下にもあまり遊びという感じは見受けられませんよ」

 カルダーが言った。

「この会はターキン住民のための気軽な会とは聞いていますが、身分を隠して参加なさっている方もちらほらいらっしゃいます。おそらくは余所の、貴族の第二子か第三子」

「何故お判りに?」

「見ていれば、立ち居振る舞いが違うのが判ります。ほら、たとえばあちらの」

 カルダーが指した。ひとりの金髪男が、数名の若い娘と談笑をしていた。

「まず姿勢が違う。それから、給仕から酒杯を取る動作などもたいそう手慣れて自然です。あちらの若い方も、舞踏を見ていれば、このために数時間習った程度ではないのが判ります」

「成程。確かに」

 指摘されれば、彼の言うことはよく判った。

「しかし、貴族の息子が嫁選びでも愛人選びでも、こっそり参加していたとして、それが何だと仰るんです?」

「ですから、ターキン閣下が旅の娘の手を取って、主賓のように扱ったという話はいずれ噂に上るということです。失礼ながら、彼らの間ではよい評判にはならないでしょう」

「そうでしょうね」

 リンは怒ることなく同意した。

「閣下はもちろん、出席者を把握しておいでのはず。ということは、悪評を立てるために私を誘ったということになるが」

「す、すみません、あなたを悪く言うつもりでは」

「悪く言われたとは思っていません」

 リンは肩をすくめた。

「閣下にとって私は、通りすがりの変わった旅商人以外の何者でもない」

「失敬、失敬。リンドン嬢を貶めるつもりではなかった」

 笑いを含んだ声が背後から聞こえて、きたなとリンは思った。振り返れば、当のターキン伯爵がそこにいる。

「閣下」

 リンとカルダーはぱっと立って、敬意を表そうとした。ターキンは手を振ってそれをとどめる。

「今日は無礼講だ。いちいち挨拶を受けていたら、私は一歩も動けない」

 笑うターキンの言葉に応じてふたりは腰を下ろし、会釈をするにとどめた。

「この町の者はみな知るが、旅のそなたには判らぬことだな」

 伯爵はそう前置いた。

「簡単に言えば、私は妻と離別しているのだが、悪友どもが再婚させようとうるさいのだ。その気がないことを示すために、旅のうら若き女性と遊んでいるふうを演出させてもらった」

「左様でございましたの。けれど、それで判りましたわ」

 にっこりと笑んで、彼女は素早く商売用の仮面を付け替えた。

 クレスが見ていれば、吹き出すところであろう。

 リンは普段、二段階の口調を使う。普段のものと、カルダーに対して使っていたような、商売用だ。

 だが、必要とあらばジャルディが笑うような「女のふり」もする。実際のところリンは、「女のふり」が有用だと思えばいつでもこうしたことをやっており、過去にはクレスを助けるために彼を案じる婚約者を演じたこともあった。

「判ったとは?」

「閣下は、私との対話を楽しんでくださいましたが、それ以上をお考えとは思えませんでしたから」

 本当に思っていたことだった。

 隊商の男連中の前ではそうは言わなかったが、それは下手に「閣下はそのようなおつもりではなさそうだ」などと言えば「リンは遊び上手な男に騙されているのではないか」などと要らぬ不安を煽りかねなかったからだ。

 「向こうがその気ならこちらにも準備がある」としておけば、余計な心配はしないだろうと踏んだのである。クレスについては、逆だったようだが。

「ふむ。慧眼だな」

 ターキンは感心したように言った。

「だが貴女に魅力がないということではないぞ。美しいと口にした気持ちに偽りはない」

「有難うございます」

 絵に描いたような世辞を言われれば背筋がうぞうぞするようだ。特に自分が不美人だとは思わないものの、目を瞠るような美女ではないことはよく判っている。

 言うなれば、礼賛しても心が痛まないという程度だろう。そう考えたリンだが、ここは澄まして礼を言った。

「同じように思うだろう、カルダー殿?」

 いきなり水を向けられて、気の毒な男は焦ったようだった。

「は、はい。とてもき、きれいな方で」

 本心が少しは混じるのか、伯爵に追従しているだけなのか。リンはどちらでもかまわなかったが。

「それにしてもカルダー殿。素早くリンドン嬢を見つけて交渉か。やるではないか」

 にやりと伯爵は笑った。

「え、いや、私は」

 困惑した顔でカルダーはリンを見た。

「偶然お会いして、お話を伺っておりましたのよ、閣下」

 やはりにっこりと、リンは告げた。

「彼は高名な占い師から言葉をいただいたそうですわ。不思議な魔法の力などが関わるのでしたら、わたくしは身を引いた方がよさそうかしら」

 カルダーは目をしばたたいていたが、クレスと違ってリンとは会ったばかりだ。多少ばかり口調が違っても、吹き出すほどの差異ではないのだろう。

「占い師か。ココラールのことだったな」

「ええ。既にカルダー殿からお聞き及びでいらっしゃいましたか」

「金額の話が出る前だったな」

 伯爵はうなずいた。

 となると、助言者はまとめて彼に助言をしたようだ。

「ウェレスに、ココラールから予言をもらった貴族がいる。怪しい託宣をする似非占い師が多いなか、彼女は彼の破滅などは予言せず、ささやかな悩みを解決したそうだ」

 ターキンは両腕を組んだ。

「先日、それが評判となってな。芸人トラントを呼ぶように、王陛下はその占い師を城に呼んでいるのだ」

「城に?」

その通りアレイス。私自身はあまり魔術の類を好まないが、王妃殿下が楽しみになさっている。もし、ココラールが我が町を通る際に何か求めてくれば、そう大げさなことでない限り、叶えるつもりでいるが」

 成程、とリンは思う。

(助言者の思惑が少し判ったようだ)

(その人物は、ココラールがウェレス王妃の賓客であることを知っていたのに違いない)

 カルダーの悪友がどんな人物であれ、いまは問題ではない。

 彼らの話は和やかに進んでおり、だいたい思う方向に行きそうだな、とリンは内心で手応えを覚えた。

 あとは現物を見せてもらう方向に持っていけばいい。

 どう話を運ぼうかと、商人は姫君の笑顔を浮かべながら考えた。

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