04 好きなんですよ

「一言一句違えずにお教えくださいとは言っていません。大よそのところを話していただければ」

「その、私は」

 男はおどおどとして見えた。何か秘密を言い当てられまいとするかのようだが、例の花瓶と彼の間に、いったいどんな秘密があるものか?

「私は……そういうものが好きなんです」

「は?」

 やってきた台詞に、リンは思わず聞き返していた。

「ですから、魔法の品と言われるものでありながら、魔術師の魔術とは異なる法則によって不思議な力を持つモノ」

 言いにくそうにカルダーは言い、リンはわずかに口を開けた。

 オンキットやホー=ダンは、リンの扱う品に興味を持っているが、好きだと言い立てたりとか、自分から探そうだとかはしない。

 こうした品をと言う人物、しかも積極的に手に入れようとする人物など、非常に珍しかった。

「ココラールは、その、伯爵閣下の館に私の探すものがあると教えてくれたんです」

「それが、例の花瓶」

「だと思います」

 男はうなずき、リンは黙った。

「あの」

 沈黙に、カルダーは困惑したような声を出す。

「おかしなことを言っていると、お思いですか」

「いえ、そうした品に惹かれることに理屈はない。それは判りますが」

 それは、リンにはよく判る。

「いまひとつ話が通じないようです、カルダー殿」

「ど、どこがでしょう」

「あなたはココラールから、件の花瓶を特定できるような予言をもらったのですか?」

「それは、その」

 また曖昧になる。カルダーの言うことにはどうも整合性が取れない。

「私としましては、あなたがどんな予言をもらったのでもかまわないですし、たとえ占い師の予言が花瓶とは関わらなかったとしても、現状であなたは花瓶と、そして私と関わっている。予言の内容については突き詰めないことにします」

 リンが宣言すれば、カルダーは明らかにほっとした。

「では問いを変えます。あなたは花瓶を自分のものにしたいのですか?」

「え?」

「私はそうではない。商売の道具と言いましたが、何も買い上げ、売ることで儲けを出さなくてもいい。そんなものは副産物で、私はただ見ることさえできればいいんです」

 商人は正直なところを話した。

「要するに、私もそういう品が好きなんですよ」

「はあ」

 カルダーは目をぱちぱちとさせた。商人が「商売に興味はない」と言ったも同然のことに戸惑っているのか、同じ趣味の人間がいるということに驚いているのか。

「あなたは閣下に具体的な数字を示されたと聞きました。どうです、あなたが買い、好奇心を満たしたところで私が同額か、少し上乗せしてあなたから買うというのは。もっとも」

 法外な値段でなければですが、と彼女はつけ加えた。

 こういう流れにしてしまえば、リンは伯爵と折衝する必要がない。競って値を釣り上げることにならないよう、カルダーには最初からこうした相談をするつもりだった。

「ですが……」

 しかしカルダーは、容易に応とは言わなかった。

「その、本当のことを言いますと、パルウォン殿」

 カルダーは声をひそめた。

「私は、閣下に申し上げたような金額を持っていないんです」

「は」

 リンはまた口を開けた。

空札からふだ……空手形を切ったのですか」

 商人には考えられないことである。買えなかったら意味がないどころか、売主の印象を悪くしてよいことだって何もない。

「すみません」

「いえ、私に謝られましても」

 リンは謝罪を遠慮した。

「ではどうして金額の提示など?」

「その、そうした方が話が進むと、助言を受けまして」

「誰が助言をしたのか知りませんが、それは交渉を決裂させるだけの助言ですよ」

 伯爵が金に困っていないということはこの際、関係がない。払えるとした金額が出せなければ、そこで終わりだ。

「ちなみに、いくらと言ったんですか」

「これだけです」

 男は指で数字を示した。リンは両腕を組む。

「まあ、妥当だと思います。現物を見ていないので何とも言えませんが、伯爵家に飾られ、いわくつきであっても『夜にさえ活けなければいいのだ』と手放されないだけの逸品。花瓶の価値だけで、その八割はあるでしょうね。あとの二割が、効用の値」

 うなずいてから彼女は、わずかにあごを引いて見上げるようにカルダーを見た。

「――その価格も、誰かから助言を?」

「え、あ、いや、それは」

「いえ、かまいません。誰から助言を受けようと」

 尋ねておきながら、リンはすぐにその疑問を引っ込めた。

 話を聞いている感じでは、慎重そうな男だ。自分が出せる以上の金額で伯爵の気を引くなどという手段には出そうもない。だから「助言だ」と判断したのだが――何だか奇妙だなとリンは思った。

 その助言者は、本当にカルダーに協力するつもりがあるのだろうか。むしろ、話を混ぜ返しているだけのような。

(案外、悪友の冗談を真に受けた、というような感じなのかもしれない)

 カルダーは、よくも悪くも真面目な男に見えるのだ。「とりあえず高値で気を引けよ」みたいな軽口を本気にした可能性も十二分に考えられた。

「問題は、所持金が足りないということでしょう」

「その通りです」

 お恥ずかしい、などとカルダーは言って頭をかいた。

「所持金さえあれば、パルウォン殿の提案に従うのに、異論はないのですが」

「それならば簡単です」

 リンはぱちんと指を弾いた。

「不足分は私が出す」

 カルダーにはカルダーが出した分だけ返す、これなら話は同じことだとリンは言った。

「同じじゃないんじゃないですか」

 男は首をかしげた。

「上乗せをしなくても、あなたは私よりも多く支払うことになる」

「妥当な価格だと言いました。貴方も所有するつもりはないのならこちらで売りますので、そこは取り戻せます」

 花の枯れる花瓶など普通に考えれば売れそうにないが、口上次第では売れるだろう、と商人は踏んでいた。

「決まりだ。カルダー殿、閣下には私が巧い話運びをしますので、私が同意を求めたときだけに返事をしてください」

「え? あ、は、はい」

 まばたきを繰り返しながら男はうなずいた。年下の女に主導権を奪われっぱなしだが、気にしている様子は全くなかった。

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