06 そういう間柄
「それでは解決にならない」
リンはそれに同意せず、もっともなことを言った。
「あのさ。マイサリエの意見でいいんだけど」
それを無視する形で、クレスはマイサリエを見る。
「な、何よ」
妹は反射的に身構えるようだったが、今朝ほどまでのように、こちらが出した手にとにかく噛みつこうという様子ではなかった。
「もう、こういうことは起きないよな? つまり、ミーエリエが危ないとみんなが心配したり、どうしてか根拠なく俺が疑われたり、なかったから根拠が……作られたり」
責める調子にならないようにしながら、クレスは言った。マイサリエは黙る。
「何の話か」などと尋ね返してくることはない。それはクレスとリンが、おおよそのからくりを見抜いたことに気づいたということだろうか。
つまりは、リンの推測が合っていたということになる。
この現状に対して、果たしてマイサリエはどう出てくるのか。
今朝までであれば、うんざりするものであったとしても、彼女の態度は判りやすかった。だがいまは、何だかさっぱり判らない。
何かを企んでいた? 本当に?
どうやら、そういうことになりそうだ。
だがしかし。
そうであったとしても――もうやらないと言うならそれでいいかなと、クレスはそう思ったのだ。
「なあ。もう、起きないよな」
彼は返答を促した。リンは呆れたように少し口を開けてクレスを見ていたが、仕方がないとばかりに肩をすくめた。
「確かに、起きないことが望ましいな」
リンが言えば、マイサリエはこくりとうなずいた。
「起き、起きないです、もう……」
マイサリエは、父親に怒られるよりもしゅんとしたようだった。
「意見の一致を見ることができて嬉しい。だが、話はそう簡単には済まないな」
「済まないって、何が」
「真犯人は誰だ?」
そうとだけ、リンは言った。
現状では、クレスが容疑者。リンの考えではマイサリエ。様子を見ていると、それはほぼ合っているようだ。クレスもそう判定したからこそ「もういい」と言った。
となれば「真犯人」はマイサリエ、ミーエリエも共犯ということになる。
「いや、誰であれば問題が片付くか、ということだが」
狂言説をウォルカスとラッシアにそのまま伝えるのではなく、何か丸く治める手はないかと、リンはそんなふうに考えているようだった。
「クレスはうやむやに済ませるつもりのようだが、それでは済まない。私はもうひとつ、訊きたいと思っている」
リンはマイサリエを見据えた。
「マイサリエ嬢。この狂言誘拐を企み、クレスを咎人に仕立て上げようとした人物が誰か、心当たりはないか」
リンこそ意地の悪い、とクレスは思った。
友人の考えによれば、その人物はマイサリエのはずだ。彼女に自白をさせるつもりか、はたまた嘘を続けさせる気なのか。
案外とリンは同性に厳しいのかな、などとクレスは考えた。
「心当たりなんて、ない」
マイサリエは唇を結んだ。彼女の立場をどんなものに仮定してみても、それ以外の回答などなさそうであった。
「ない、本当に、ないです」
彼女は首を振る。
しかし本当に、どうしてここまでしおらしくなったものか。
クレスは彼女の答えより、様子の方が気になって仕方なかった。
「あの!」
そのときである。しおれた青菜が突然しゃきっとなって大きな声を出した。クレスのみならず、リンもまばたきをした。
「あの……伯爵閣下とふたりでお会いしていたとクレスから聞きましたけど、本当ですか」
いきなりの質問、それも直前までの話題と何もかみ合わないそれに、クレスとリンは顔を見合わせた。
「嘘か本当かと言うなら、本当だが」
それが何なのか、というようなことをリンは問おうとしただろう。だがそれより早く、マイサリエが言った。
「それじゃ、ターキン閣下とそういう間柄なんですか!?」
リンは可能な限りに目を見開いた。クレスは口を開ける。
「あー……いや、そういう訳では。仕事上の話をしただけで」
今度は、こちらも珍しくと言おうか、困惑気味にリンが答えた。
「閣下の交友関係に興味がおありか。いささか、マイサリエ嬢には年上過ぎる御仁だと思うが」
ターキン伯爵は四十ほどだ。リンとだって似つかわしい年齢とは言えないのに、マイサリエはリンより五つは年下である。
「い、いえ、閣下の話じゃないんです」
マイサリエは首を振った。
伯爵の話でなければ、何なのだ?
「それじゃ……クレス、とは」
「は?」
何ごとか、と彼は声を出す。
「俺が、何? 俺は、伯爵とは会ってないよ」
「伯爵じゃないと言っているでしょ。だから、その……あなたたちは」
「ああ」
リンが唇を歪めた。
「本物の妹君の前でこう言うのも何だが、私たちは姉と弟のようなものだ。もし、あなたの訊きたいのがそういうことならば、だが」
「姉だって?」
「不満か?」
「初耳だな、と思っただけ」
「先ほど、確か『弟分』と言ったと思うが」
「『弟分』と『弟』は違うだろ」
「しかしたとえとしては適切だろう」
「適切って言うより、簡便、じゃないのか」
ややこしい説明を嫌っただけではないのか、と言った。
「なかなか巧いことを言う。確かに『縁あって長く一緒に旅をしているが、隊商主と料理人という関係に過ぎない。性別には関わらず、友人である』と言うより、姉弟のようだと言うのは、簡便で楽だ」
クレスの皮肉は通じなかったか、或いは皮肉で返された。
「男女の関係ということは……」
「無い」
「全然」
「姉」
「クレスは気に入らないようだが」
「『お姉さん』とは呼べないね」
「そう呼べなどとは言っていないだろう」
「呼んでもいいですか」
「……え?」
挟まれた質問に、クレスとリンは異口同音に返した。
「――リン様! 私のお姉様に、なってくださいっ」
何とも言えない沈黙が、部屋に流れた。
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