04 どうしろって言うんだよ
クレスは肩を落とした。
感情的に嫌われているだけではない、そこまでして追い払いたい邪魔者と思われているのか。
「そう落ち込むな」
落ち込ませることを言った当人が、そう言った。
「これは真実に限りなく近いと思うが、証拠はない。それに、詰めも甘いのが気になる」
考えるようにリンは続けた。
「私なら、まだミーエリエに出てこさせない。最低でも丸一日は引っ張って、アクラス夫妻がお前をもっと疑うようにさせる。父親が町憲兵隊に届けたり、母親が心配のあまり倒れたりするようなことになる寸前で、自分が見つけたなどと言って効果的に妹を登場させ、そこでお前を怖れさせる」
「リンの計画なんか、聞いてないよ」
思わずクレスはそう言ったが、もしも話がそう展開していればと思えば、ぞっとした。
兎のぬいぐるみが彼の部屋に落ちていたという出来事は、かなり大きい。さっきはリンがウォルカスをたしなめてくれたが、マイサリエが現れて「絶対にクレスが犯人だ」と言い立てれば、ウォルカスは娘の言葉に傾いただろう。アルンは唯一の手がかりにして証拠になり得たからだ。
だが、ミーエリエが比較的早く姿を現したことで、両親は疑心暗鬼になる時間がなかった。クレスを怖れているというのは彼を疑う要素になるが、ミーエリエは「クレスにさらわれた」などとはっきり言った訳でもない。何かの誤解だと、両親が思う余地はある。
「中途半端な計画だ。それが計画者の限界だったのか、それとも予定外の何かが生じてミーエリエを登場させざるを得なかったのか、それは判らないな」
リンは続けた。
「お前を陥れようとする、これは意地の悪い計画ではあるが、底意地までは悪くない。一時的にアクラス夫妻を騙すことはできても、こちらが本気になって調べれば、誰が嘘つきであるかはすぐに知れるからな。いや、意地の問題ではなく、底の浅い計画と言えばいいのか」
一種、容赦のない言い方であった。
「少し気にかかるのは、気に入らないから悪口雑言を浴びせて追い出してやろうという短絡的な思考と、偽の誘拐劇を仕組んで罪をなすりつけようとする思考が同じ頭から出たようには思えないことだが……」
「リンは、本当にマイサリエの企みだと思ってるのか?」
クレスはそこを尋ねた。リンは思索を中断して、彼を見る。
「可能性は高いと考えている。だが証拠はない。言った通りだ」
証拠はないがそう考えている、という答えだった。
「俺、ちょっとマイサリエと話してくる」
そう言うと、クレスは一歩を踏み出した。
「おい」
リンは彼の首根っこを猫のように掴んだ。初めて会った頃と違い、いまではクレスの方が身長も力もあるが、いきなりそうされればとめられてしまう。
「全員の前で正面切って尋ねでもする気か」
「悪いかよ」
リンの手を払って、クレスは返した。リンは呆れた顔をした。
「マイサリエの仕組んだ狂言誘拐だ、なんて両親の前で騒げば、お前の立場が悪くなるだけだぞ」
「騒ぐ気はないよ。でも、リンがそうだと言ったんじゃないか」
「
「判ってる。俺がそんなことを言ったって、マイサリエは目をつり上げて俺のことを『とんでもないことを考えつくとんでもない悪党だ』と罵るだけだって」
「なら、どうして」
「だってさ」
クレスは唇を歪めた。
「本当だったら、腹立つじゃんか、そんなの」
「それは、立つだろうな」
リンはかすかにうなずいた。
「で?」
「うん?」
「それだけか?」
「うん、まあ」
クレスは頭をかいた。リンは息を吐いた。
「やめておけ。彼女が本当にずる賢いのであれば、お前が感情的になったら負け。お前が話していたように、彼女こそが感情的なのであれば、一緒になって感情的になっても、やっぱり負けだ」
「じゃあどうしろって言うんだよ。俺は何か小細工なんかできないよ」
「だろうな」
判っている、とリンはまたうなずく。
「お前は調理の塩加減なら絶妙にこなすのに、それ以外には本当に無頓着だな」
「褒められてるのかけなされてるのか判らないけど、一応、礼を言っとく」
クレスは感謝の仕草をした。リンは肩をすくめる。
「お前の飯が食えなくなれば、本当に残念だと思っている。だが、残るのがお前のためにいちばんだという思いは変わらない。少しばかり問題は立ち上がったようだが」
「少しばかり、ねえ」
本当にマイサリエがクレスを陥れようと画策したのであれば、既に彼女との関係は修復不可能なようにも思えるのだが。
「少しばかりだ。問題は解決に向かっている。マイサリエに二本目の尻尾があるのなら、それを掴んでやれ。そうすれば、彼女はお前に強いことが言えなくなるだろう」
「弱みを握って脅すみたいで、嫌だなあ、そんなの」
「このまま誘拐犯にされてもいいのか」
「よくないよ」
「なら、真犯人を見つけなくてはならない。……既視感があるな」
「俺も思った」
苦々しい顔つきで、クレスは挙手などした。
「お前はよくよく、冤罪をなすりつけられる運命の下に生まれたに違いない」
したり顔でリンは言う。
「そんな運命なんか要らないよ」
「家なんか要らない」と言ったときと同じように、クレスは首を振った。
「生憎、人は運命を選べないものだな」
「選べる場合だってあるさ」
「たとえば?」
「――内緒」
「何?」
「俺が何か言えば、リンに論破されるから、言わない」
「何だそれは」
「まあ、俺なりの防衛術ってとこかな」
彼はそんなふうに言って、思い浮かんだことを口にしないままにした。
「しかし、マイサリエと話すという選択肢自体は、悪くない」
追及はせず、リンはそう言った。
「お前から正面切って斬りかかるのではなく、まずは私に任せてもらえるなら、だが」
「嫌だと言っても、どうせリンが巧いこと持ってっちゃうんだから」
クレスは肩をすくめた。
「判ったよ。任せる。でも、俺も言いたいことは言うよ」
「それは、あまり任せていないと思うが」
「黙ってろってのか?」
「可能ならば」
「不可能だね」
「なら仕方がない」
リンはぱっと両手を上げた。
「口火を切るのは、私。そこは譲らないが」
「判ったよ」
「あとは、成り行き次第だな」
そんなふうに言うリンの頭のなかにどんな新しい絵が展開されているものか、クレスには計りようがなかった。
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