05 わざわざ見物か

「パルウォン次第だろ」

 ホー=ダンはリンに言ったのと同じことをクレスにも言った。

「もっとも、向こうにはジャルディもいる」

 酒場で酒飲ませないなんて可哀相に、と地図師は笑った。

「パルウォンが拒絶することにして、話が穏やかに済まなければ、ジャルディが我らの隊商主を守るという寸法。そうなれば、最悪はターキン追放だろうが、逆に言えば最悪でもそれくらいで済む」

「でも、リンならあんなことしなくたって」

「別に、きれいにして酒を飲んでるだけじゃないか。いまは、だけどな」

 ホー=ダンは肩をすくめた。

「駆け引きの一環、だとさ。彼女自身は自分の身体なんて屑札だと考えてた風情だけどな、それでも使えるなら使うとあっさり言ってたよ。俺はその辺の度胸も好きだが、お前には割り切れないところがあるかな?」

「リンがいいと言うなら、俺には何も言えないけど……でも……」

「言う気じゃないか」

 ホー=ダンは指摘した。

「親兄弟や恋人だってんならともかく、雇われ人に雇い主の決断をどうこう言う権利はないわな。いや、言ったっていい訳だが、聞き入れるかどうかは、やっぱりパルウォン次第」

「ホー=ダン」

「うん?」

「俺、行ってくる」

「おい、待てよ」

 クレスが立ち上がると、ホー=ダンは慌てたように彼の手首を掴んだ。

「俺は、パルウォンの化けっぷりが面白かったから、お前にも見せてやろうと誘ったんだ。とめさせようってつもりじゃ」

「不思議な花瓶だか何だか知らないけど、そんなもののためにリンが馬鹿やるのを黙って見てろってのか? みんなは見物することにしたのかもしれないけど、俺はやだよ」

「待てってば。パルウォンには何か考えがあるんだろうから」

「何だよ、考えって。権力者を敵に回したらまずいって言ったのはホー=ダンじゃないか。でも、リンが喧嘩を売らなくていいように、俺が売ってくる」

「阿呆か、同じだろうが」

 リンの隊商の人間であれば、結果は同じだと男は言った。

「いや、同じじゃ済まないだろ。お前はこの町に家族がいるんだし」

 そう言われ、ぎくっとしてクレスは動きをとめた。

 ただのクレスならば、この町を出てしまえばそれでいい。最悪でも、ウェレス領に二度と足を踏み入れなければいい。

 しかし、クレス・アクラスであれば、たとえ町を去ることを決めたところで彼はアクラス家の人間ということになる。領主の不興を買って、何かいいことがあるはずもないだろう。

「お前の行動こそ『馬鹿なこと』さ、クレス。いいから座って――」

「あ」

「え?」

 幸いにしてと言うのか、ホー=ダンはそれ以上クレスをとどめる必要がなかった。ターキン伯爵が椅子から立ち上がり、同様にしたリンの手を取るとそこに口づけて――クレスはもぞもぞした気分になった――踵を返したからだ。

「どこかの宿なりお屋敷なりにご招待、という話にはならなかったのか。いまの様子じゃ、交渉決裂って感じでもないが、と、おい」

「リン!」

 領主が店から去るが早いが、クレスは友人のもとに駆け寄った。

「何だ。わざわざ見物か? お前はこんなし物を見ているより、家族と話し合うべきだろうに」

 まるで姫君のような――と言うのはいくらか言い過ぎだったが、本物のお姫様を見たことなどないクレスにはそう思えた――格好をしながら、リンはいつもの口調で言った。

「何がっ、演し物っ」

 呑気な言い様に、クレスは悲鳴のような声を上げた。

「オンキットもあっちにきてるぞ」

 ジャルディが寄ってきて、笑った。

「馬車を放って、何をやっているんだ」

 隊商主はしかめ面をした。

「そう言うなよ、滅多にない見せもんだ。ホー=ダンも、クレスだけに見逃させたら可哀相だと思ったんだろう」

「大して面白いものでもないだろう」

「面白いね」

 戦士はにやにやと笑った。

「やり取りが聞こえてたのは俺だけだろうがなあ、隊商主、あんたに役者トラントの素質があるとは思ってなかったよ」

「外観に相応しいやり方というものがある。この格好をしていつも通りに振る舞っていたら、台無しだろう」

「いまは台無しという訳だ」

 くくくっとジャルディは笑い続ける。いったいリンが伯爵とどんな会話をしていたものか、クレスは訝った。

「明日はホー=ダンとクレスを護衛につけたらどうだ。吹き出さずにいられる自信があればだが」

「お前たちが楽しいのはけっこうだが、それだと護衛にならないじゃないか」

 地図師と料理人ではただの野次馬であって護衛ではない、と隊商主はもっともなことを言った。

「明日だって?」

 クレスは目をしばたたいた。

「また、明日も会うのか?」

「花瓶を受け取っていないんだ。当たり前じゃないか」

 リンは肩をすくめた。

「でも、明日もこんなことをするって?」

 顔をしかめてクレスは尋ねる。

「おいおい、クレスよ。お前さんは、娘の夜遊びを注意する口うるさい父親か?」

 戦士は笑いっぱなしだった。酒は飲んでいないはずだが、酔っ払っているかのようだ。いや、それだけ可笑しいのだろう。

「さあ、とにかくいまはもう帰ろう。早く塗りたくったものを落としたい。顔がごわごわする」

 姫君は唇を歪めてそう仰った。

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