11 本当に?
優柔不断だ、とは、少なくとも自分では思わない。
家族が見つかったことは――上の妹はともかくとして――嬉しくてたまらない。だが、言うなれば、二年半をともに過ごしたリンのことも家族のように思っているのだ。
クレス自身はそうと気づいていなかったものの、誰か――たとえば、西の街のお節介男――がクレスの相談に乗ってくれたら、そんなふうに言っただろう。
悪党たちは別として、リンはいまやクレスがいちばん長くつき合っている相手になる。家族のように寝食をともにした。
〈木々が種を落とすのか、種が木々に育つのか〉、どちらが先とは言えないが、リンを異性として見ることがないのも家族のように思っているからではないのかと、ヴァンタンがいればそんな分析したかもしれない。
お節介男ならばその上で「その壁を破れ」などと言ってきかねなかったが、幸か不幸かヴァンタンはいない。
クレスは隊商の天幕を離れ、ひとりでターキンの町を散歩した。
大きな町ではないが、案外富んでいると見える。
王城都市や自由都市で見られる、貧乏人の街区などはないようだった。店を覗けば、日用品として陳列されているものがクレスの想定より一段階ほど高級なものであったりする。
美味そうな食事処も見つけたが、珈琲の苦みがまだ口に残っていて、何かを食べたいという気持ちにはなれなかった。高そうだ、ということもあったが。
そうしてクレスは、しばらく散歩を続けた。
だが特に当てもなく、何か買いたいものがある訳でもない。アクラス家に戻って、エランタに昨日の菓子作りで判らなかった点を尋ねてみようかと思った。
そんなことより彼には考えるべきことがあるはずなのだが、これは一種の現実逃避であったのかもしれない。しかし当のクレスは、これは名案だと考えて、くるっと踵を返した。
すると、彼はびっくりした。だが、向こうも同じだったことは間違いない。
薄茶色の兎はぎゅっと抱かれて、少しひしゃげた。
「ミーエリエ」
クレスは少女――下の妹の名を呼んだ。
「買い物?」
尋ねてみたが、ミーエリエはやはり黙っていた。兎のアルンを抱いていさえすればこの世に何も怖いことはないとでも思う様子で、ぬいぐるみをますます変形させる。
だがクレスとしては有難いことに、そこにはマイサリエの発するようなとげとげしい空気はない。少なくともアクラス家の末娘は、長男憎しとは思っていないように見えた。
もっともそれはあくまでも「見えた」だけであり、真偽は明らかではない。
「どこか行くなら、一緒に行こうか?」
返事はない。
「そりゃ、俺がここを案内するなんて変だし、できないよ。でも、ひとりで出歩くよりは誰かしら一緒にいた方が」
クレスにこの町を案内できるはずもないが、年若い少女、それもこんなおっとりした子をひとりでうろつかせておくのは危ないような気がしたのだ。
「ええと。どこか行くならつき合うし」
答えを待ちながら、クレスは繰り返した。
「家に帰るなら、俺もつき合う……って言い方はおかしいかな」
今後のことやクレスの心情はどうあれ、ふたりでアクラス家へ向かうならば「一緒に帰る」ということになるだろう。
「ねえ、ミーエリエ」
「……クレス」
か細い声が彼を呼んだ。クレスはどきりとする。
「何?」
「ほんとに、お兄さん?」
「た、たぶんね」
話からすれば間違いなくそういうことになりそうだが、むしろ彼が訊きたいくらいだ。
本当に?
「マイサはね、クレスが嫌いだって」
「……そう」
百も承知と言えば承知なのだが、はっきり聞けば少しめげる。
「でもアルンがね、クレスはよい人だって言うの」
少女は兎のぬいぐるみに無体を働いていたことに気づき、ぽんぽんと叩いて形を戻した。
「そ、そう。アルンが」
笑みが引きつってしまった。
リンやエランタの言う通りだ。十歳くらいまでの子供なら可愛いと思えるが――成人している少女ではやや不安だ。
「あのね」
「な、何?」
小さな子供に対するようにした方がいいのか、それとも普通に接するべきか、クレスは迷いながら尋ねる。
「ほんとは、行きたいところがあるの。でも、マイサは駄目って言うの。クレス兄さんなら連れてってくれるって」
アルンが、とミーエリエは言い、アルンが、とクレスも繰り返した。兄さん、という初めての呼びかけにどきっとするより、それがぬいぐるみの意見であると聞いて困惑してしまう。
「行きたいのは、どんなところ?」
「連れてってくれる?」
「それは、聞いてみないと。マイサが」
呼び方が伝染った。あんたにそんな愛称を許していない、とマイサリエが眉を吊り上げて怒る顔が容易すぎるほど容易に想像できた。
「ええと、彼女が駄目だと言うなら、俺が勝手なことはできないし」
迷いどころだ。
ミーエリエの希望を叶えれば、下の妹は――それとも兎のぬいぐるみは――「クレスはいい人」と判定をするだろう。だがマイサリエの禁止を破れば、上の妹と折り合いをつけることは絶望的になりそうである。
リンの言うように、マイサリエが彼を嫌い続けてもクレスの人生にそれほど悪影響はないだろう。リンと行くならもちろん、仮に残るとしても、居心地が悪い程度だ。
ただ、修復不可能なまでの段階に行くのは――。
(さすがに嫌だと言うか)
(……半日では早すぎると言うか)
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