06 引っ込み思案にもほどがある
やはりと言うのか、ミーエリエはアクラス家の娘であるようだった。
そして、どうやら下の妹だ。
使用人は彼女に会釈をし、「お姉様がお茶を欲しがっていますが、ご一緒されますか」というようなことを尋ねた。少女はただ首を振って、要らないということを示したようだった。
クレスは奇妙な気分でミーエリエのあとをついていった。
逃げたりするような様子はないから、やはり案内してくれているのだろう。だが渋々となのか、緊張しているだけなのか、判り難い。
「おや、これはミーエリエお嬢さん。珍しい」
台所までたどり着けば、最初にクレスを出迎えた四十前後の女が、料理用と思しき前掛けを身につけ、頭に布を巻いて出迎えた。
「早速お友だちになったんですか。それはよかった」
クレスを見た女が無難な言い方を選んでくれたようで、彼はほっとする。ここで「お兄さんが」云々とでもやられたら、ミーエリエの沈黙は永遠に続きそうな気がしたからだ。
「マイサリエ姉さんと兎のアルン以外に友だちができたのなら、それはとてもいいことです。ご褒美に、あとで
女使用人が母親さながらそんなことを言えば、ミーエリエはぱっと顔を輝かせた。
それは彼女が初めてクレスに見せた「表情」であり、なおかつその様子はこれまで以上に少女を可愛く見せてくれて、兄たる彼はどきっとした。
「それで、えー、
少し迷うようにしてから、女は彼をそう呼んだ。
「セルだなんて」
クレスは手を振った。
「ただのクレスでいいよ」
「それは今後の動向によるだろうね」
女は少し笑った。
「でも、いまは要望に応じて」
クレス、と女は彼を呼んだ。
「私はエランタ。この家の家事全般をやっているよ」
エランタは手を差し出し、クレスはそれを握った。
「何しに台所へ? お腹が空いたのかい」
「手伝わせてもらいたくて」
正直に彼は言った。エランタは片眉を上げる。
「あんたはお客さんか、或いはそれ以上かだろう。仕事をもらうためにここへきた訳じゃあるまいし」
「雇ってほしいとは言ってないよ。ただ、何もするなと言われても手持ちぶさたで、好きにしていいと言われたら、俺は何か飯を作ってたいんだ」
クレスは自分が料理人であると告げた。へえ、とエランタは面白がるような顔をした。
「
「夕飯の仕込みが終わったらね」
「大衆食堂みたいな場所にばかりいたから、菓子の作り方はあんまり知らないんだ。教えてもらえる?」
「変わった子だ」
エランタは笑った。
「もちろん、いいとも」
うなずいてからエランタは、じっと黙ったきりのミーエリエに目をやった。
「お嬢さんはどうします? 前に、菓子を作りたいと言ってましたけど」
水を向けられた少女は目をぱちくりとさせて、それからふるふると首を振った。
「それじゃアルンと一緒に見物してますか? それともお部屋に帰る?」
ミーエリエは少し迷うように首をかしげ、兎のぬいぐるみを抱き締めた。
「あとで、くる」
「はいはい。それじゃいい匂いがしてきたら、またいらっしゃい」
エランタが言うと、ミーエリエは踵を返した。クレスは何となくそれを見送る。
「おとなしい、子なんだね」
「引っ込み思案にもほどがあるね。十歳くらいまでなら『可愛い』で済むかもしれないけど、成人した娘があれじゃ」
使用人は肩をすくめた。
「さてクレス。本気で手伝うつもりなら、きれいに手を洗って。前掛けと頭巾は予備があるから、私のを貸そう。おばさんくさくても、文句を言うんじゃないよ」
「言わないよ」
クレスは笑った。
「よろしく、エランタ」
ここには問題なく、そう挨拶することができた。エランタも同じように返して、前掛け類が下がっている棚を指す。
クレスは指示通りにしながら、ミーエリエのことを思った。
(妹)
ぴんとこない。
(妹なんだ)
ぴんとこないのに、何だか嬉しい。
クレスがくすくすと笑ってしまったのは、花柄の前掛けと橙色の頭巾という二十歳の若者に似合いそうもない調理着がおかしかったからだけではなかった。
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