月が綺麗すぎました
がららん坊
第1話
とっくに賞味期限の切れた飴を食みながら、今日もネットサーフィンをする。それが男のルーティンだった。朝とも言えない時間に起き、ドアの外に置かれたご飯をモソモソと食べ、皿はまたドアの外に置きネットの世界に浸る。頭を搔くとシラミがぱらぱらと部屋に落ちる。髭は自由に伸びきっていて脂ぎっていた。
男の見る世界は楽譜のようであった。黒と白で作られた世界。目を開けても閉じてても変わらないようで、それは生きてても死んでいるような感覚と似ていた。
「はあ、死にたい」
男の口癖であった。部屋の隅には赤いロープがギラギラ光っており、その気になればいつでも男はあちら側に行くことが出来る。しかしギラギラ光るロープもホコリ被っていて、何年もの間男がそうしなかったことがよく分かる。覚悟がないのか? いや覚悟だなんだという話でもない。ただ透明人間みたいに、この世から存在をこっそり消したい。死ぬ時でさえも死んだことを悟られたくない。その思いだけでこの世に留まる至極我儘な人間だった。
男の頭はずっと重たかった。目眩のような感覚が頭をぐるぐる回っていた。横になると幾分楽だったから男は一日の殆どを寝台の上で過ごしていた。ご飯を食べるのも、ネットサーフィンするのもいつもそこだった。男は自分はいつも汚れているのに、寝台に汚れを着くのを酷く嫌った。ご飯の汁がはねることがあれば苛立ちが止まらなくなり、壁をドンッと叩いたり虚空に叫んだり。そんな毎日だった。
夜は良かった。自分のダメさも怠惰さも緩和されていくようで男は夜が好きだった。ふと小さな画面のニュースに目を止める。どうやら今夜の月は特別なものらしい。56年振りとかなんだとか。何となく気が向いて、暫くぶりに身体を起こして小さな窓を覗きに行った。縁に手をかけおでこを窓にくっつけてまで月を探した。丁度雲が流れ、男の目に大きい月が現れた。眩しいほどの黄金色だった。静かな__静かな夜には似つかわしくないほどに輝いていた。男の脳裏に1つの言葉が浮かぶ。確か意味は愛してる、だとか。全く自分に似つかわしくない言葉で嘲笑う。愛してるなんて他人に言えるのは毎日朝に起きて、労働に勤しみ、風呂に入り、人に感謝して眠ることのできる人だけということだと男はよく知っていた。間違っても脂っこいニキビだらけの自分が言っていい言葉では無いと。でも、それでも今夜だけは許されるような気持ちだった。
「つきがきれいですね…なんて」
口からこぼれた途端やっぱり男は後悔した。あまりにも綺麗な言葉だった。
月が綺麗すぎました がららん坊 @beruugun
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