第3話

 楓はすこし俺を舐めすぎだ。これまで言うことの聞いてくれる良い子ちゃんとしか見ていなかったのかな。

 そうだとしたら、悲しいな……。


「あのさ、今の楓、1番ダサいよ」


 まさか俺からそんなことを言われると思っていなかったのか、視線が右に左に落ち着いていない。


「もし、本当に嘘ならなにも面白くないし、誰も得しないし。そもそもさ、どうしてそんなこと言い出したの?」


「えっ、いや、それはほら! 眞尋のこと試したくて!」

「それって、俺の態度に不安を感じたってこと?」

「そ、そう! 最近一緒に出掛けられなかったのに、全然バイト以外のときに連絡くれないじゃん!」


 隙を見つけたつもりなのかな。勢いに任せて適当なこと言っちゃって。


 考えながら話してるのが表情から透けてるよ。


「そもそも俺からよく連絡してたのって付き合って1ヶ月くらいだったよね。いつも月曜日の朝に今週デートしよって楓からMINEが来るのがどれだけ憂鬱だったか分かってるの?

 稼いだ金の9割が楓に消えていくんだよ」

「そ、それは好きな恋人に使ってるんだから、嫌な気がしてたわけじゃないでしょ?」


 遠慮気味に主張してる。若干の申し訳なさはあるみたいだ。


 それでも正当化することは出来ないけど。


「だから初めの1ヶ月間は連絡してたんだよ。好きな人の笑顔は綺麗で、面倒見も良くて誰にでも自慢したくなる人だから。

 でも、その幸せを得るために課される負担は異常だった。はっきりいって高校生がするようなことじゃなかったし。

 知ってる? お昼前からデートして当然のように服とかアクセ買ってご飯食べて別れたあとに、俺が仕事してたの?」

「それは……」


 都合が悪いことには目を背けて、こういうところはいただけない。


 ただ、俺だってこれ以上責め立てて、それこそ喧嘩別れみたくなるのは望んでない。


「まあ、他にもいろいろあったけど、それは楓のことが好きって気持ちで覆うことができたから。改めて考えてみたら凄いなとは思うけどね。

 とにかく、そんなを蔑ろにするような嘘をつく人とはこれ以上無理だよ」


 言われて気付く時点でもう復縁は諦めの域にある。

 一度癖が治ったとして、結局根底に根付いているからどこかで顔を出すだろう。


 さて、返事は……ないか。

 ひとつに当てはまったら思い当たる節がとめどなく出てきて、言葉を交わすのも躊躇っているのかもな。


「バイトは俺が辞めるから。もうする理由も無くなったし、勉強に集中しなきゃならないし。今までありがとう」


 清々しい気分でいるのは間違いないのに、面白いことに好きという感情が消えてくれないせいで席を立って店から出ていこうとする足取りが重い。


 あんなに言っておいて、どこかで期待してるんだろうな。楓が生まれ変わる可能性に。


「ありがとうございました!」


 事情の知らない店員の元気な挨拶を背に、店を出て帰路に着く。


 あー、あと1週間は出したシフトを全うしなきゃならない。楓が週に2回の出勤だから顔を合わせるのも気まずいし。

 店長が気を利かせて俺たちを一緒のシフトに入れてくれていたのが厄介な形になってしまうとは……。


 でも、それが終われば晴れて健康的な学生生活に戻れるんだ。もうあと踏ん張り、頑張ろう。


 夜風に吹かれ、空を見上げる。

 そのとき、弦月が雲に喰われるように姿を消した。

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