最終話

 ようやく付き合いを解消できたあの日以降楓からの連絡は完全に途絶えた。残り2回のうち1回の共演機会も体調不良で休みを取ったらしい。


 さすがにそれだけじゃ店長は俺たちの関係の変化に何も気付けないから、良かったらこれを持っていってあげなさいなんて優しい言葉といくつかの飲食物をくれた。

 もちろんそれは全部俺の家の冷蔵庫に仕舞われているけど。


「今日が俺の最終日か」


 更衣室で制服に着替え中、なんとなくスマホを見ても相変わらず楓からはなにもなし。

 まあ、別れ際があんなだったから本当に嫌気が差しているのかもしれない。それはそれで楓にとっても都合の良い終わり方だったんじゃないのかな。


 コンコン


「はい! すぐ出ます!」

「眞尋ならべつに気にしないわ」


 えっ? 今の声……。


 遠慮なく開かれた扉の先、全て俺の金で買ったコーディネートの楓が現れた。


「あ、えっと、どうして?」

「なにが?」


 これが日常みたいな反応されても困るんだけど。


「今日は私のシフトだし、この服は眞尋が私のために買ってくれたものだけど、なにかおかしいことでもある?」

「いや……」


 そう言われたら口に出して何か言うこともないか。

 今までの日常だもんな。


「一昨日は大丈夫だった?」


 何を言うべきか悩んだ末に平凡な会話を始めてしまった。


「一昨日だけじゃないの。数日前に凄くショックなことがあって、そのときからずっと気分が悪くてね」


 それってまさかあの日の出来事のことを指して言ってるんじゃないだろうな。いや、その可能性以外考えにくいことはわかっているんだけど……でも、そうだとしたらどの口がと言いたくなるだろう。


 奇跡が起きたとして、もしそれが本心なら何を今更と言いたくなるし、嘘なら人としてあまりに最低な行為だ。


「ねぇ、眞尋はもう私のこと嫌い?」

「は? どういう意味?」


 多分一瞬のうちに俺の表情は強くなったと思う。当然だろ?それを知って何になるんだ?


「そのままの意味だよ。私があのときしたことは、本当に悪かったって思ってる。

 もしあれが原因で嫌いになったのなら、やっぱり別れた方がいいのかなって」


 …………ん? 今なんて言った?


 まるであの日から未だに恋人関係が続いているみたいな、そんな有り得ないことを言ったんじゃないだろうな。


「ねぇ、今週末さ、デート行かない?」


 挙句の果てにデートの誘いまで?

 この期に及んでまだ俺から金を吸い取るつもりか? そのために反省の色見せに来たとか? だとしたら、楓のこと心配になるよ。


「お金は私が全部払うから。私プロデュースで絶対に眞尋を楽しくさせるから。別れたいとしても、ちゃんとした答えはその後じゃダメ?」


 もうわけわかんないよ。

 あのとき僅かだろうが楓への希望を残していた甘い心を殴りたくなる。


 聞き間違いじゃなければ、別れたいのは俺だけみたいな雰囲気だったし、捨てられた可哀想な女になりたいのか?

 いや、それなら記憶を改ざんする必要もない。あの日、たしかに捨てられた女にはなれたんだから。


 じゃあ、なんだ。

 理解が追いつかないことがこんなに怖いものだなんて知らなかった。


 なによりあのとき逸らしてばかりだった目が、ばっちりと合っているのがそれを加速させている。


「今これ以上話してたらシフトの時間間に合わないから、終わったらファミレスで話そ?」

「えっ、ああ……うん」


 このとき、どうして肯定してしまったのか分からない。本能がここで否定することを拒否したんだとしたら、それは正解だったのだろうと思うしかない。


 叶ったと思っていたはずの別れ話が何故か白紙に戻っていた。ただそれだけのことじゃないか……とはならないよなぁ。

 でも、それなら何回でも楓に突きつけてやればいい。別れたいという意思を。

 自らを奮い立たせ、恐怖に縛られないよう身を守る。


 もはやこれはプライドバトルだ。ここまできたら楓のしたい計画に従ってやるものか。


 互いの別れたい思いは同じでも、望むその形が違うならどちらが折れるまでこの戦いは続くことだろう。

 その先に待つ結末は誰も知る由もない。

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短編「バ先の美人先輩と付き合えて3ヶ月、別れたいという両思いが叶わないのですが」 木種 @Hs_willy

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