第二章

ゆずの話

 線香花火で遊んでいた時、けいはゆずに子供の頃のことを聞いた。

その時ゆずは小野寺桜澄と過ごした子供の頃のことを思い出していた。



 私は幼い頃から使用人として小野寺家にいました。

私の仕事は主に桜澄さんの身の回りの世話でしたが、桜澄さんは私が世話などする前に自分で全てやってしまう、ある意味私のことを考えてくれていないことをする方だったので、私の実際の仕事は桜澄さんの話し相手になることくらいでした。


私は桜澄さんと同じ学校へ通っていましたが、桜澄さんは私が学校で使用人として接することを好まなかったので、人前では私はいつも少し離れたところから桜澄さんを見守っていました。


桜澄さんは優秀な生徒でした。

勉強も運動もそつなくこなし、態度も至って真面目。

家が特殊な事情を抱えているため、クラスメイトと価値観が合わないこともあったようですが、それを自覚した上で驕ることもなくただ事実として受け入れ周囲に馴染めるように努力していました。


私はそんな桜澄さんとは表面上ただのクラスメイトとして接していました。

私が小野寺家の使用人であることは学校の人間は誰一人として知りませんでした。


クラスメイトは桜澄さんの家庭をただのお金持ちだと理解していて、偏見から嫌がらせをするようなことになりそうなこともありましたが、桜澄さんがどういう人間かを接しているうちに知っていき、そのような事態にはなりませんでした。



ある日。

いつものように桜澄さんをつかず離れずで見守っているとクラスメイトの女の子、菊池香織きくちかおりさんに話しかけられました。


「市川さんっていつも小野寺君のことみてるよね」

「はい」

「素直だね……なんでみてるの?」

「なんでと言われると困りますね」

「答えられないの?」


「そうですね」

「好きってこと?」

「好きですけど、好きだからみているわけではないです」

「んー。よくわかんないや」


「菊池さんは桜澄さんのことが好きなんですか?」

「ほら。そういうのがよくわからないんだよ。桜澄さんって。同級生に対する呼び方じゃないよね」

「そうですかね」

「そうだってば」


「それで桜澄さんのことは好きなんですか?」

「この前ね。相談に乗ってもらったんだ。それで私はすごく助かったんだよ。だからとっても感謝してる」


「そうだったんですか」

「実は、普段話さないのに市川さんに話しかけたのは小野寺君と仲良くなりたくて、多分一番小野寺君と仲がいい市川さんとまずは友達になろうと思ったからなんだ」

「なるほど。外堀から埋めていくと」


「そんな打算的な考えじゃないけど……まぁそう受け取られてもしょうがないよね」

「それで、結局桜澄さんのことは好きなんですか?」

「こ、こだわるね」

「答えてもらってないですからね」


「恋愛感情はないけど、それでも好きっていうのは気恥ずかしいもんだよ? なんの抵抗もなく好きって言っちゃう市川さんがおかしいんだよ」

「私は桜澄さんを敬愛してます」

「そっか。うん。私もいい人だと思う」

「そうですか」


私にとって桜澄さんに害をなそうとする人は敵として強く警戒しますが、それ以外に関しては特に興味がなかったので、桜澄さんに好意的な菊池さんには関心がありませんでした。



 その日の放課後。

「市川さん。一緒に帰ろ」

菊池さんが来ました。


「えっと」

さりげなく視線を桜澄さんに向けると、桜澄さんは軽く頷きました。

二人で帰れという意味だと思いました。


「はい。一緒に帰りましょう」

「あれ? 小野寺君はいいの?」

「え?」

「いつも一緒に帰ってるじゃない」

「気づいてたんですか」


「うん。仲がいいなーって思ってた」

「よく見てますね」

「ありがと~」

「別に褒めているわけではないんですけど」

桜澄さん以外の人と帰るのは初めてでした。


「市川さんはなんで小野寺君と仲がいいの?」

「どうして仲がいいと思うんですか?」

「いつも一緒に帰ってるし、なんかいつも目配せして通じ合ってる感があるし」


「そうですか。……なんでと訊かれると困りますね。秘密だと答えておきましょうか」

「ふーん」

その日から私は菊池さんと帰るようになりました。


学校でも菊池さんはよく私に話しかけるようになっていきました。


私は違和感を覚えていました。

桜澄さんと仲良くなるために私に近づいたと言っていたのに、いつまで経っても全然桜澄さんに話しかけようとしないからです。

私は訊いてみました。


「菊池さんは桜澄さんに全然話しかけないですけど、どうしてですか?」

「……えっと。それは」

「桜澄さんと仲良くなりたい、というのは噓だったんですか?」


「ううん! 仲良くなりたいと思ってる。でも……うん。私が市川さんに近づいた本当の目的は別」

「やっぱりそうですか」

「えっとね。私、市川さんが好きなんだ」

「……え?」


予想外でした。

菊池さんが良からぬことでも企んでいるのだと思い、警戒していた私は、急展開に頭が追い付きませんでした。

「びっくりした?」


「……はい。驚きました」

「ごめん。迷惑だよね」

菊池さんは俯いてしまいました。


「驚きはしましたけど、迷惑だとは思いませんよ」

「そっか」

「あなたが勇気を振り絞って告白してくれたことは、その涙をみればわかります」

「……」


「嬉しいです。私なんかを好きになってくれてありがとうございます」

「うん」

「でも、ごめんなさい。私には……」

「小野寺君がいるもんね」


「……はい」

「ちゃんと断ってくれてありがとう。気持ちを伝えられて良かった」

「そうですか」

「うん。それじゃあ……これからは友達として仲良くしてくれる?」

「もちろんです」

こうして私と菊池さんは友達になりました。



 次の日。

菊池さんが桜澄さんに話しかけていました。

「小野寺君、ダメだった」

「そうか。でも落ち込んでいないようで安心した」

「ちゃんと伝えられたから」

「頑張ったな」

「うん。ありがとね」


その日から桜澄さんと私と菊池さんの三人でいることが増えました。

私たちが通っていた中学校はその時、部活動がありませんでした。


私たちの入学時はあったのですが、色々あって二年の二学期頃には学校から部活動が消えていました。


色々に関係した桜澄さんはその頃、周りから冷たい扱いを受けていました。

そんな中、菊池さんが話してくれるようになったので、私としても嬉しかったです。



 そろそろ文化祭という時のことです。

クラスで出し物を決める話し合いが行われていました。

みんなやる気がない様子でした。

学級委員で進行役だった桜澄さんは少し困っていました。


「誰かやりたいことはないか?」

誰も答えることはなく、教室は静寂に包まれています。


「出し物の案がある人は挙手してくれ」

誰も手を挙げません。


「……そうか」

桜澄さんが途方に暮れていると、一人の生徒が手を挙げました。


「どうぞ」

桜澄さんが発言を促すと

「お前が全部一人でやればいいじゃん。俺らが余計なことするよりお前一人の方がよっぽど上手くいくって」


「……何を言っているんだ。文化祭の出し物はクラスメイト全員で作り上げるものだぞ」

「んなこた分かってるよ。でもどうせお前は一人でもできるだろ。お前なんでもできるもんな」


皮肉を込めて、そう吐き捨てるその生徒を非難するクラスメイトはいませんでした。


「小野寺がいい奴なのは分かってんだ。でも……それでも、許せねえこともある」

その発言を聞いて菊池さんが立ち上がりました。


「ちょっと! あれは小野寺君が悪いわけじゃないでしょ?」

「どうかな。少なくとも小野寺がいなきゃ起こらなかっただろ」

「でも……」


私は桜澄さんが困っているというのにどうにも出来ませんでした。

クラスメイトの気持ちも理解できたからです。

結局誰も案を出すことがなく、仕方なく私と菊池さんが考えて案を出し、桜澄さんがクラスメイトに採決をとりました。


賛成反対に関係なくどうせ手を挙げてくれないことは分かっていたので、反対の人間に挙手を促すと、案の定誰も手を挙げませんでした。


きっと賛成の人間に挙手を促しても、同じように誰も手を挙げないんだろうなと思いました。


出し物はプラネタリウムになりました。

私は、これ以上クラスメイトが動いてくれることはないんだろうなと悟っていました。



 迎えた文化祭当日。

教室には私と菊池さんと桜澄さんしかいませんでした。

結局準備も三人でやりました。


ほとんど桜澄さんがやって、私と菊池さんはちょっとお手伝いしたくらいですけど。


「あいつら最初から最後まで手伝わない気かな」

「桜澄さん一人でできるっていうのは、まぁそれはそうなんでしょうけど、先生に怒られないんですかね」


「市川さんはイライラしないの? あいつら準備も手伝ってくれなかったし」

「気持ちは分かりますからね」

「それでも……酷いよ。先生もだよ。注意もしないで傍観してさ」


「俺の自業自得だ。二人とも付き合わせて悪かったな」

「小野寺君のせいじゃないって」

「……ありがとう。とにかく三人で頑張るか」

文化祭はほとんど桜澄さん一人で、実際にやりきってしまいました。


文化祭が終わった後のクラスには、桜澄さんが何もかも全てやればいい、という諦めのような空気が流れました。


桜澄さんは平気な顔をしていましたが、時折思い詰めたような表情をみせることもありました。

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