お祝い

 先生が帰ってきたのは夕方のことだった。

早乙女さんたちは全員意識を取り戻した後、何もすることなく引き上げていった。


先生によると、元々僕たちをどうこうする気はなく危機感を煽るためのことだったらしい。

それにしてはやけに本気でかかってきたような気がしたけど。


早乙女さんが先生を表舞台に立たせたいのは本当だったらしいけど、できたらいいなくらいの感じであんまりこだわりはなかったようだ。

帰ってきてから先生は、自分の家のことや僕たちと出会うことになった本当の理由を話した。


先生の父親は狸おやじだったようだ。

手のひらの上で踊らされていたことは気に入らなかったようだが、先生は憑き物が落ちたような晴れやかな顔をしていた。



 とりあえず問題が解決したということでお祝いをすることになった。

僕と桜はご馳走を作った。

我ながらなかなか美味しくできた。


「はぁー今日は疲れたなー。あーそういえばゆずたち大丈夫だった?」

「はい。三人ほど家の中に侵入してきましたけど、二階に上がる階段を隠したので屋根裏まで到達されることもなかったです」

「この家ほんとどうなってんの?」

「おもしろいよなー」


「そういえばさ。なんで恭介たちは家が囲まれてるの気づいたの? 私全然気づかなかったんだけど」

「僕たちは先生に不意打ちされても反応できるように常に耳をすませてるからね。あのくらいじゃ気配は全然消せてない。息遣いも足音も聞こえてたし」

「いや全然聞こえなかったけど」


「音が聞こえんでもなんか気持ち悪くなかった? 自分のテリトリーに知らん奴が勝手に入ってくる気持ち悪さ」

「野生動物くらい警戒心強いな」

「そうじゃないと先生の不意打ちでくたばっちまうからね。先生の教育の賜物ですよ畜生が」

「ちょっとキレてるやん」


「いてて」

「あ、げんじー大丈夫? 無茶するからだよ。もうおじいちゃんなんだからね。わかってる?」

「わかっとるわい。あの状況じゃわしが風河の相手をするしかなかったじゃろ。こんな老いぼれより二人がよわっちーのが悪いんじゃろが。年寄りに無理させよってからに」


「げんじーがそんなに強いのが悪いんでしょ。僕たちだって強いはずだよ」

「早くわしより強くなってくれ」

「頑張る」


「ラーメンうめぇ!」

「けいはほんとにインスタントラーメンでよかったの?」

「うん! うまい! はやい! きつい! ねむい!」

「疲れたんだな。目が死んでる」

「七人倒すのは結構骨が折れた。恭介のとこも七人行ってたな」

「うん。僕も疲れた」


「一発ももらってないのは流石だな。僕だったら囲まれたらきつそう」

「二人とも頑張ったみたいだな」

「ほんと頑張りましたよ。あー疲れた」


「デザートですよ」

「おぉ桃やん! ありがとゆず! うっひょーい!」

「うふふ。日向ちゃんは桃が好きなんですね」

「そうやで。桃うまい。桃好き。桃や! ヒャッホー!」


「テンション高いですね」

「桃って頬ずりしたら痛い目に遭うんだよな。前やってみたら予想外にザラザラしてて痛かった」

「なんで桃に頬ずりしたんですか……」

「なんかしたくなった」


「アホなのか天然なのか。あなたってなんなんですか?」

「なんなのと聞かれても。あと天然っていうな。気にしてるんだぞ」

「あ、すみません」


「あれ? 天姉どうしたの?」

「……」

天姉は下を向いて黙っている。


「あ! これ酒じゃん。先生の間違えて飲んだな。やばい。めんどくさいぞ」

「え、天音ちゃんってお酒飲んだら面倒なんですか? っていうかお酒飲んじゃだめでは?」

「前にも間違えて飲んじゃったことがあったんだよ」


「……」

「何も喋らないですね」

「そう。酒を飲んだ天姉はしおらしくなる。というかこれが本来の天姉」

「本来の?」

「そう。普段のとち狂った感じは本来の天姉じゃない」


「とち狂ったは流石に言い過ぎでは?」

「とにかく。普段のあれは強がってるんだよ。まぁでも噓から出たまことって言葉もあるようにあれが天姉の本当の姿になりつつある、というかもうなった気もするけど」


「それで、お酒を飲むことで本来の、昔の自分に戻るって感じですか。なるほど。でも何が面倒なんですか?」

「じゃあ試しにどっか行こうとしてみて」

「? わかりました」

桜が席を立つと天姉は泣きそうな顔をして桜を見つめだした。


「え……すごい見つめられてますね」

「うん。すごい見られるの」

天姉はうるうるしながら桜を見つめ続ける。


「うっ。これは……罪悪感が」

「そうなんだよ。元々天姉は寂しがり屋だからね。離れようとするとすごい見られるの。地味だけど結構きつい攻撃」

「なるほど。これは大変ですね……」

桜が席に戻ると天姉は少し頬を緩めた。



 しばらく喋りながら食べながら今日のお祝いをしているとトイレに行きたくなった。

「ちょっとお手洗い」

「いってらー」


席を立つと天姉が袖を掴んできた。

「……」

「あの、天姉? トイレ行きたいんだけど」

「……いかないで」


でたよ。

めんどくさいぞ。

前もトイレに行かせてくれなくて危ないところだったのだ。

間に合ったけど。

断じて間に合ったけど。


「……ひとりにしないで」

震えた声で天姉が呟く。

別にみんないるし全然一人じゃないんだけど。


「天音。恭介はトイレに行きたいそうです。離してあげてください」

「ゆず……」

天姉はゆずに抱きついた。

ゆずは天姉の頭を撫でている。


助かった。

これでトイレに行ける。

間に合うぞ。

いや間に合わなかったことなんかないけど。

前も間に合ったけど。

間に合いましたけど。



 食事も終わりに近づいたころ先生が

「けいのラーメンのついでに花火を買ってきたんだった」

といった。

「お! 面白そうですね。やってみますか」

「風流じゃのー」



 庭にでた。

夜風が心地良い。


げんじーがバケツに水を汲んできた。


「よし。やるか」

「結構買ってきましたねー」

「危ないから人に向けるなよ。線香花火もあるぞ」

初めてやるけど、結構楽しそうだ。

カラフルなデザインを見るだけでなんだか気持ちが浮つく。


「恭介さん」

「ん? 何?」

「ファイヤー!」

「うぉ! わぁすごいな! 綺麗だ」

「ありがとうございます」

「桜じゃないよ?」

「ほら恭介さんの出してくださいよ」


言われた通り手に持ってる花火を差し出すと桜は自分の花火の火を僕の花火につけた。

僕の花火は黄色い光を放ち始めた。


「おぉー!」

「綺麗ですね」

桜は自分を指さしながらいってきた。

僕は

「そうだね」

と答えておいた。


「ほら、天姉花火だよー。楽しいよーわくわくだよー」

天姉の方はけいと日向がついてくれてるみたいだ。

「線香花火もあるよ。する?」

「……うん」

「じゃあ誰が一番長くもつか勝負しようか」


「……トーナメント形式?」

「え? いや、普通に一斉に……いや! そうだね! トーナメントしようか! うん!」

天姉が泣きそうな顔をしたためトーナメントをすることにした。


「僕、子供をあやす才能あるかも」

「どうやろな」



と、いうことで謎にトーナメントで線香花火対決をすることになった。

ちょうど八人いるため、二人ずつで対決。

勝った四人で二人ずつに分かれて対決。

それに勝った二人で決勝となった。


「負けられねぇっ!」

「けいはなんでそんな気合入ってんの?」

「これに懸けてきたからな」

「やること決まったのさっきだけどな」

「じゃあじゃんけんしますか」


じゃんけんの結果、僕対日向、天姉対ゆず、げんじー対桜、先生対けいになった。


「まずは僕たちからやろうか」

「かかってこいやっ! ぶっ潰したるわ!」

「……線香花火だよ? ぶっ潰すとかないからね?」


僕たちは同時に火をつけた。


これは……。

とても綺麗だな。

さっきの花火も綺麗だったがこれは凄く綺麗だ。

ずっと眺めていたい。


パチパチと光る線香花火はその命を刻一刻と散らせていき、名残惜しくもとうとう儚く消えてしまった。


日向のはまだ残っているようだ。

したり顔でも向けられるかと思ったが、日向は線香花火を食い入るように見つめていた。


「……綺麗やな」

日向が呟くと同時に火は消えた。


「日向ちゃんの勝ちですね」

「うん」

薄く微笑んで日向は頷いた。



「次は私たちですね」

「うん」


天姉はしゃがんで手に持った線香花火の光をただ眺めていた。

ゆずはそんな天姉を自分の子供のように愛おしそうに見ていた。


花火は天姉のが先に落ちてしまった。


「負けちゃった。でも綺麗だったね」

子供のように天姉は笑った。



次はげんじー対桜だ。

「負けません! 絶対勝ちます!」

「ふん。どうじゃろな」


勝負が始まった途端、二人は同時に互いに相手の花火に息を吹きかけ始めた。

「ふぅー! ふうぅー!」

「ふー! ふー!」


なんだこれ。

さっきまでのしんみりした空気が嘘のようにおちゃらけてる。

「ふううぅううぅぅ! っ! よし! 勝ちました!」

「負けた……か」

どうやら桜の勝ちのようだ。


「なにしてんだよ……」

まぁ本人たちがいいなら別にいいけど。



「次は僕たちですね」

「ああ」


けいはさっきの気合はなんだったのか、しゃがんで膝の上に肘をのせて、頬杖をついてなんともない顔をして線香花火を眺めている。

先生はいつもと変わらず無表情に近い顔でじっと花火を見ている。


「初めてやったのになんだか懐かしい感じがします」

「そうか」

「いいですね。線香花火」

「ああ。俺も好きだ」


先生の花火が先に落ちた。


「俺の負けだな」

「初めて先生に勝ってしまった。こんなことで」



さて、勝った四人は日向とゆずと桜とけいだ。

またじゃんけんして誰とやるかを決めた結果、日向対桜、ゆず対けいになった。


「私と桜ちゃんからやな」

「よろしくお願いします!」

「……さきゆーとくけど、ふーふーは無しな」

「承知しました!」


今度は桜も大人しく花火を眺めていた。

日向はまた興味深そうにじっと見つめていた。


「……あれま。私のが先に落ちてしまいました」

「私の勝ちやな。上で待ってるで」

「ノッてんなおい」



次はゆず対けいだ。


「よし。やりますかね」

「お願いします」


「ゆずってこういうのしたことあるの?」

「子供の頃にしたことがありますね」

「へぇ。ゆずにも子供だった頃があるんだね」

「もちろんありますよ」

「どんな子供だったの?」


「そうですね……いつも桜澄さんと一緒にいましたね」

「あーそっか。使用人だったんだっけ」

「はい。ですので桜澄さんに影響を受けて感情の起伏が少ないような子供だったと思います」


「ふーん。まぁ概ね予想通りだね」

「ゆずは頼りになるやつだったぞ」

「先生に頼りにされるとか流石だね」


「……家出したとき連れて行ってくれなかったくせに」

「うっ」

「ふふ。冗談です。怒ってないですよ」

話しているうちにゆずの花火が落ちた。



決勝。

日向対けいだ。


「よっしゃー。このまま優勝や」

「勝つのは僕だー」


日向はやっぱり興味津々で花火を眺めている。

線香花火が気に入ったのだろう。

けいはボーっと眺めている。


「そういやけい。話はちゃんと書いてる?」

「書いてるよん。話考えるのが結構大変だね」

「楽しみに待ってるわ」

「え、けい話書いてんの?」


「そうなんや。この前の中途半端やったやん? 続き書いてもらってんねん」

「おー。僕も気になってたんだよね」

「まー気長に待ってくれや」


けいが欠伸をしたタイミングで、けいの花火は静かに落ちた。


「おっ。私の勝ちみたいやな。いぇーい」

「おめでとさん」


こうして天姉の発言で謎にトーナメントになったが、僕たちは線香花火をじっくり楽しむことができた。

そういえばその天姉はさっきから静かだ。

一体どうしたのだろう。


天姉の方を見てみると立ったままうつらうつらしていて、今にも倒れそうだ。

っていうか今まさに倒れてる。

天姉に近づき、地面に落ちる前に受け止めた。


「天姉起きてる?」

「んーうん。……起きてる」

猫のように手で目をごしごし擦るとゆっくり目を開けた。

「あ、花火終わっちゃったんだ」

「うん。日向が優勝」

「そっかー。ほぇー」

そういってまた目を閉じてしまった。


今日はよっぽど疲れたんだろう。

天姉は僕たちをかなり心配していたようだから、体力的にというよりも精神的に疲れたようだ。

僕たちが無事でほっとしたのもあり、気が抜けてしまったのかもしれない。

酒が眠気を誘っているだけってのもあり得るけど。



 その後、花火の始末をしてから天姉を桜に預け、僕も床に就くことにした。

しつこいようだが今日はほんとに疲れた。

ぐっすり眠れそうだ。

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