海で遊ぶ話

 次の日、昨日の天気が嘘のように晴れた。


先生は

「昨日はすまなかった。お詫びといってはなんだが、気分転換にスイカ割りでもしないか?」

と言った。

先生からの遊びの提案は本当に珍しい。

スイカ割りは存在は知っているものの実際やったことはない。

楽しそうだしやってみようということになった。



 スーパーにみんなでスイカを買いに行く途中、すれ違う人々に好奇の目を向けられた。

理由は多分和服を着てるからだろう。


僕たちは普段から和服を着ている。

「いや〜旅館ってのは浴衣着れるから良いもんだね〜。似合ってた?」

「んー。普段から同じような格好してんの見慣れてるからなー」


「そっかー。そっかー。そっかー。そっかー。いや褒めろや!!」

「うわびっくりした!! 中和滴定曲線みたいなキレ方すんな」

「理系は黙ってろ! いや私も理系だわ!」

「ノリが鬱陶しいよ」


「中和滴定曲線ってなんや?」

「ギュイーンってなってる曲線」

「それで分かると思うか?」


「横軸に滴下量、縦軸にpHをとったときに現れる曲線のことっていって伝わるか?」

「日向七歳だぞ。さすがに」

「あー中和滴定ってホールピペットとかビュレットとか使うやつのことか」


「いや知ってるんかい」

「二十年くらい前、学生の頃実験したわー」

「だからお前七歳なんだってば。適当な嘘つくな」

「ほんまやって。本気と書いて嘘や」

「嘘やんけ」


「日向、嘘はダメだ。嘘をついた者は、地獄のエンマ様にドロップキックされるぞ。これマジ」

「アグレッシブなエンマ様やなー」


話してるうちにスーパーについた。

そこでスイカを四つ買った。

こんなに食べれるだろうか。

ともかくその後水着に着替えて砂浜に行った。



 ……目立っている。

主に先生とげんじーが。

二人の体には歴戦の猛者を思わせる無数の傷跡がある。

げんじーの年齢を感じさせない引き締まった体に、先生の見ただけで戦意喪失してしまいそうなほど鍛え上げられた体は周囲に威圧感を与えまくっていた。


当の二人は気にする様子もなく僕たちは誇らしいような、恥ずかしいような気持ちになった。

「ねーねー、水着似合ってる?」

天姉が聞いてきた。


「んー。普段から同じような格好してんの見慣れてるからなー」

「おい。セリフを使い回すな」

「これは照れ隠しやろ。なー。ほら照れて……あれ照れてない。照れ隠しなんやろ? ……アカン自信なくなってきた」


「おい。褒めろや」

「素敵な髪型だな」

「そこじゃねーよ! もーいいや。けいは? どう思う?」

「素敵な髪型だな」


「仲良しか!! もう日向で良いや。褒めてくれ」

「素敵な髪型やな」

「水着だよ! 髪のことはいいよ! 桜澄さんは? どうですか?」

「素敵な三つ編みだな」

「三つ編みじゃねーわ!! げんじー褒めてー」


「良いツーブロックじゃな」

「何が見えてるの!? これはポニーテールっていうんだよ! もうゆずだけが頼りだよ」

「ナイス大和撫子です!」

「どゆこと!?」



 じゃんけんをして順番を決めた結果、げんじー、先生、僕、日向、ゆず、けい、天姉の順になった。


「今日はなにかと不憫だな私」

「わしからじゃのー。ほんじゃグルグルバットするかのー」

「いーち、にーい、さーん、……にじゅー!」

「よし。えーっとね。真っすぐだよげんじー」


「おう。こんなもんかの」

そういってげんじーはその場からバットを投げた。

投げられたバットはスイカに当たり、スイカはコロコロ転がっていった。


「……は?」

「いやわし別にノーヒントでもスイカの場所分かるし、わしが割ってもつまらんじゃろ。どうじゃ? 当たったじゃろ?」

……人は鍛えすぎるとこうなるのか。

覚えておこう。


「次は俺だな」

「……にじゅー。よし、そのままーあ……」

先生はスタスタ歩いてスイカの前に立った。

「この辺か?」

先生がバットを振り下ろす。

しかし惜しくもスイカの少し手前の地面を打った。


ズドンッ!


およそ砂浜を叩いたとは思えない凄まじい音がした。

砂浜で遊んでいた人々が一斉にこちらを向いた。

先生は

「ん? あー外したか」

と少ししょんぼりしていた。


「はっはっは。まだまだじゃの〜」

「いやなんで二人ともノーヒントでやるんだよ」


次は僕の番だ。

僕はさすがにノーヒントでは無理なので普通に指示を聞く。

「んーもうちょい右! よしそこだ! やっちまえ!」


僕は思いきりバットを振り下ろした。

さっきのバットは先生がへし折ってしまったのでこのバットは二本目だ。

「おりゃ!」


ドンッ!


スイカに当たった感触があった。

なるほど。

これは結構楽しいかもしれない。

ウキウキで目隠しをとると、グチャグチャになったスイカが目にはいった。


「……恭介、力加減って知ってる?」

「天姉にそれを言われるとは……」


多分こうなると思って多めに買っておいたのだろう。

次は日向の番だ。

「よーし。やったるで一。……バット重! 何キロあんねんこれ」

「十キロくらいじゃないか?」


「重すぎやろ! こんなもんどうやったらへし折れんねん」

「気持ちだ」

「なんやそれ。まーええわ。よっこいせっと」

フラフラしながら歩いてスイ力の前に立った。


「よしそこだ日向!」

「おっしゃー!」

バットは全然持ち上がらずスイカから十センチくらい上からこつんと落とした。


「今はこれが精いっぱい」

日向は跪き、微笑んだ。

スイカは当然割れなかった。


「次は私ですね」

ゆずはグルグルバットが苦手なようで何度か尻餅をついていた。

「お、お待たせしま、うっ」

すごくフラフラしてる。

普段しっかりしているので新鮮だ。


「真っすぐ進んでーそう! そこだやっちまえ!」

「えい!」

いい感じにスイカが割れた。

「やりました」

ゆずは満足気な顔で小さくガッツポーズをした。


次はけいの番だ。

「ちょい左で、一歩前! そこ!」

「オッケイ。そりゃ!」


けいが信じられないくらいの速さでバットを振り下ろした。

スイカは粉々に砕け散り、そのあまりの迫力に遊んでいた人々は思わず拍手した。


「え? あーどうもどうも」

「どうもじゃないよ! だから力加減!」

「いやこのバット重すぎて加減しにくいんだってば」

「それにしたって跡形もないじゃん」

「ごめんってば」


「はぁ。私がお手本見せたげるよ」

「……えーっと。もうちょい左向いて、そう、そこだよー」

「そいやー!」

天姉は美しいフォームで構えたかと思えば、次の瞬間にはバットが地面についておりスイカは消滅していた。


遅れて音がきこえてくる。

激しい爆発のような音に思わず後ずさってしまった。

「やべ。やっちまった」


直後、大歓声が上がった。

割れんばかりの拍手が沸き起こり、天姉は照れ臭そうにしていた。


「ちぇー負けた」

「なんの勝負してんだよ。ってかまともなスイカー個しかないじゃん」

「まー楽しかったからいいだろ」

「それもそうか」


その後、日向とゆずが割ったスイカを食べた。

なぜだかいつもより美味しい気がした。



 今日までゆっくりして明日から訓練ということになったので、スイカを食べた後も砂浜で遊ぶことにしたのだが、さっきの様子を見ていた子供たちが話しかけてきた。

「おにーちゃんたちすげーなー! いっしょに遊ぼー!」

キラキラした目で言ってくるので断れず、いっしょに遊ぶことにした。


「何して遊ぶの?」

「みずでっぽう!」

そう言って僕たちの分の水鉄砲を渡してきた。

「ちーむにわかれてやるんだよー。ぎぶあっぷしたら負けだよー」

全然終わらなさそうだなそれ。


子供たちは四人いたので四対四に分かれることになり、僕と日向と子供二人と、けいと天姉と子供二人のチームになった。


開始から二分。

「ぜんぜん、あたんねー。も、もうだめ。ぎぶあっぷー」

子供たちが次々とギブアップし、日向も

「水なくなってもうた」

といってギブアップした。


僕たちは二対ーになった途端、真剣な目つきになった。

先程までと打って変わって鋭い緊張感が走る。


二人は一切の油断なくこちらの出方をうかがっている。

前触れなく天姉の放った水が飛んでくる。

それを避けた先には、けいが放った水が迫っていた。

後ろに跳んで避ける。


今は正面に二人ともいるが挟まれるとマズい。

じりじりと二人が迫ってくる。

すると大胆にも天姉が走って向かってきた。


走りながら放たれた水を地面に倒れ込むようにして避けつつ天姉に水を放つ。

天姉は側転しながらそれを躱した。

マズい。

挟まれてしまった。


獲物を追い詰めるようにじわじわと距離を縮められる。

僕は覚悟を決め、けいに向かって水を放った。

けいが左に避けた先に水鉄砲を投げる。


それをけいが後ろに跳んで避ける、その一瞬で距離を詰め、スライディングし水鉄砲を拾うと同時にけいを撃つ。

水が顔に命中し

「うわ!」

とけいが体勢を崩す。


さらに二発撃ち込んだら、今度は天姉に向かって全力で距離を詰める。


天姉が放った水を左にしゃがみながら避ける。

そして右斜め上に思いきりジャンプしながら天姉を撃つ。

「くっ!」

天姉は顔を手でガードした。

僕はガードの下から水を撃ち込む。

「グアァ! ……ふっ。負けたぜ」

天姉が膝をついた。


僕の勝ちだ。

子供たちから歓喜の声が上がった。

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