初恋の話

 のんびり海を眺めていると日向が

「なんや学生っぽい人多いなー」

と言った。


「世間じゃ夏休みだからねー」

「天姉昔学校行ってたんやろ? どんな感じなん? 楽しかった?」

「うーん。周りの子見てたら凹むからあんま好きじゃなかったかなー。担任とかとも馬が合わんかったし」



 ある日の放課後担任の女に呼び出された。

「白石さんあのね? 言いづらいのだけど、もう少し楽しそうな顔できないかしら?」

「楽しそうな顔?」

「そう。なんというか……ずっと悲しそうな顔をされているとクラスの子も気を遣うじゃない?」


「……あー。私がいるとクラスの雰囲気悪くなるって話ですか?」

「……そういう捻くれたようなことを言うのもやめてくれないかしら」

「しょうがないでしょ。実際捻くれてるんだし」

「あのね!! 自分は世界で一番不幸だとでも思っているの? いっつもいっつも悲劇のヒロインみたいな顔して! あなたより不幸な人なんていくらでもいるわよ! 不幸自慢みたいなことはやめて!」

「ほう。私より不幸な人はいるから私は不幸を嘆いてはいけないと?」

「そうよ! あなたより辛い思いをしている人がいるのだから駄目に決まってるでしょう?」


「じゃあ世界で二番目に不幸な人でさえ不幸を嘆くことは許されないと? だってそうですよね? 世界で一番不幸な人以外には全員自分より不幸な人がいるんですから」

「っ〜うるさい! あなたは屁理屈ばっかりね! 不幸自慢なんて誰もいい気がしないのだからやめなさい!」

「だったら最初からそういえよバカ」

「なんですって!?」

「はいはいキーキーうるさいですよ猿じゃないんですから。一人で勝手にテンション上げないでくださいよ。ヒステリックなババアだなー。あなたが母親になったらきっと子供は私みたいに育ちますよ」

「っ~!」

「おっ暴力ですか? いいですよ慣れてますし」



 こんな感じで担任とは仲が悪かった。

今思えば私はクソガキだったのだ。

「まー、こんな感じであんま楽しくはなかったかなー」

「そっかー。ちょっと興味あるんやけどな」


私たちは行方不明ってことになってるため学校は厳しいかもしれないが、一応桜澄さんに話しておいてあげよう。



 遊び疲れ、旅館に帰る途中電柱に貼ってあるポスターが目に留まった。

そのポスターによると今晩はお祭りがあるらしい。

せっかくだからと行くことになった。



 会場に着くとすごい数の人で賑わっていた。

見たところそこそこ大きな規模の祭りらしい。

いざ人の波に入っていこうというところで、テレビの中継をやっているのが見えた。


『はい、こちらが祭りの会場となっております! 大変多くの人で賑わっております!』


周りの人々にインタビューをしているようだ。

これはマズい。

私たちは行方不明ということになっているので、テレビに映るのは本当に良くない。

目についたお面屋さんに急いで向かった。


恭介は狐、桜澄さんは鹿、けいは狼、私は羊、ゆずと日向とげんじーは般若の面を買って装着した。

これで万が一、インタビューされることがあっても大丈夫だろう。

まーインタビューされないに越したことはないが。


『おや? なにやらお面をつけた集団がいますねー。話を伺ってみましょう!』


やばい。

逆効果だったかもしれない。

ノリノリのリポーターがやって来た。


『こんばんは! 今日はご家族で来られたんですか?』

「んー。まーそうやな。間違ってはない」

『あらそうなの〜教えてくれてありがとう。可愛いお子さんですねー』

「そうですね。自慢の子たちです」

『そうですよね〜。ところで、どうしてみなさんお面をつけてるんですか~?』

「いや、あの……テンション上がっちゃって」

『テンション上がりますよね〜私も買っちゃおうかしら。上がるといえば今日は花火も上がるんですよ~ご存知でしたか?』

「いえ知りませんでした。花火ですか」

『はい〜。とっても綺麗なので是非見ていかれてくださいねー。ではお邪魔しましたー』


はぁー。

危なかった。

桜澄さんがテンション上がっちゃって、とかいうから吹き出しそうになった。

それにしても

「桜澄さん、自慢の子たちです、だってさー。うへへへ」

「先生にとって僕たちは自慢なのか〜。そっかそっか~」

「自慢の子たちです(キリッ)」

「からかうな」


みんなで桜澄さんをいじっていると声をかけられた。

「もしかして……白石天音さん……ですか?」

「え? ……あなたは……」

私はその先の言葉を飲み込んだ。


そして

「……人違いですよ」

と言った。

何度も言うが私たちは行方不明ということになっている。

そのため、もし昔の知り合いに見つかっても誤魔化さなければならない。


男は黙ってしまった。

この男はかなり昔の知り合いのはずだ。

当時より背が伸びていて雰囲気も変わっているが、おそらく小学生の時に、同級生で同じクラスだった、

「松本です。松本結翔まつもとゆいとです。……覚えて、ないですか?」



 俺の初恋相手は小学生の時に同じクラスだった白石天音という女の子だ。

いつから好きになったのかは覚えていない。

いつからか白石の物憂げな表情が気になるようになった。


俺はガキ大将だった。

人を笑わせるのが好きで、いつも友達相手にギャグを披露して笑いをとっていた。

そんな俺を冷めた目で見てくる白石のことが最初は嫌いだった。



 ある日、俺がいつものように友達を笑わせていると女子達が

「松本ってほんとバカよねー。男子ってほんと幼稚」

といった。


そこから男子と女子の言い合いが始まった。

ほとんど内容はなく、バカだのアホだの罵り合っているだけだったが。


そんな時女子のリーダーみたいな奴が白石に

「黙ってないでアンタもなんか言いなさいよ」

と言った。

白石はいつも通り冷めた目で、ため息をついて

「あなただって幼稚でしょ? 争いは同じレベルの者同士でしか発生しないのよ。あなたは男子をみて、自分を大人だと勘違いしてるんでしょうけど、どんぐりの背比べよ。私から見れば男子も女子もみんなバカな子供。猿が戯れてるようにしか見えないわ」


全方位に喧嘩を売った。

それまで対立していた男子も女子もみんなで白石に文句を言い始めた。


俺はというと白石のことを面白い奴だなと思っていた。

それまで話したことはなく、何を考えているか分からないが、なんか嫌な奴だという認識が、嫌なことを考えている嫌な奴に変わった。


だが不思議と不快感はなかった。

それどころかすっきりした気持ちになった。

みんなが白石に文句を言う中、俺は一人、腹を抱えて笑っていた。

なんだか笑えて仕方なかった。

そんな俺をクラスメイトはポカンとしながら見ていて、白石は引いていた。



 次の日から俺は白石に話しかけるようになった。

白石は最初俺を相手にしなかったが、しつこい俺に根負けし、話してくれるようになった。


あの日以来、白石はクラスメイトに煙たがられていたが、その時の俺は気づいていなかった。


俺は白石のことが気になるようになっていた。

気づけば目で追ってしまっていた。

俺は白石と仲良くなりたくて

「何か困ってることとかないか?」

と聞いた。

白石は

「うーん。給食をわざと少なく注がれるのは困ってるかな。家であんま食べれないから結構死活問題なんだよね」

と言った。


当時の俺は子供ながらになんとなく気がついていた。

ふとした時に見える傷やあざ。

明らかに栄養が行き届いてない顔色を見て、きっと白石の家庭では良くないことが起きているんだと確信していた。

だけど子供の自分になんとかできる領域でないことも同時に悟っていた。

俺は、せめてクラスメイトの嫌がらせをやめさせようと思った。


そして帰りの会の時に

「みんな! 白石に嫌がらせをするのはやめてくれ!」

といった。

担任も見ているし上手くいくと思った。


しかし、

「結翔君は白石さんが好きだからそんなこと言うんでしょ〜」

「別に嫌がらせなんてしてないし〜」

クラスメイトは認めなかった。

縋るように担任を見るも何も言わない。


後で分かったことだが担任は白石を嫌っていたらしい。

俺は諦めなかった。

「お前ら白石の給食だけ少なくしたりしてるだろ!」

「勘違いなんじゃないの? 証拠は?」

「……松本君、もういいよ」

「良いわけないだろ! いいから嫌がらせをやめろ!」

「そんなこと言われてもー。やってないしー」

「っ!」


俺は悔やしくて泣いた。

白石のために何もしてやれない自分が恥ずかしかった。

白石は俺に申し訳なさそうな顔を向けた後、帰った。

俺はその後を泣きながら追いかけた。

追いついて謝ろうとした。

「ごめん……俺」

「いいよ。でも今後私に話しかけないで」

白石は突き放すように言って帰ってしまった。


多分俺のためだろう。

敵が多い白石の味方をしたら俺が傷つくことになるから。

白石の優しさと自分の情けなさで俺はその場で泣き続けた。


 次の日から俺は白石に話しかけるのをやめた。

本当は話しかけたかったが勇気がなかった。

そんな日々を過ごしていたある日、白石は行方不明になった。



 俺が白石を見間違えるはずがない。

あの頃より遥かに元気そうだし、穏やかだが目の前の相手は絶対に白石だ。


……多分事情があるのだろう。

突然いなくなり今も行方不明ということになっているのだ。

事情がない方がおかしい。

きっと話してはくれないのだろう。

でもせっかく再会できたのにこのまま別れるなんてできない。


「じゃあ人違いでもいいので、一緒に花火見ませんか?」


……いくらなんでも無理やりすぎたか?

緊張しすぎて頭が回らない。

これはやってしまったかもしれない。

「……いいですよ」


キタ。

きましたよこれ。

最近ゴミ拾いしたからきっと神様がご褒美くれたんだ。

「近くの神社からよく見えるからそこで見よう」

「はい」


「……あの二人どういう関係だ? 誰あの男?」

「誰だろうな。本当に人違いってわけじゃないだろうし」

「あっれ〜? 嫉妬? 嫉妬やんなハハハ……あれ嫉妬してない。純粋に心配なんか」

「そりゃそうだろ」



 神社までは黙って歩いた。

ちょっと高台にあるので階段を上がる。

結構な段数があるから息が上がる。

階段のせいなのか緊張のせいなのか心臓が早まる。


境内のベンチに二人で座った。

花火が上がり始めても言葉はない。

意を決してこちらから切り出すことにした。


「お前のこと誰かに話したりはしないから安心してくれ」

白石は微笑むだけだ。

また無言の時間が流れる。


「……花火。初めてみた。綺麗」

俺は胸が痛んだ。

きっと白石は本当に初めて花火を見たんだろう。

子供の頃に家族で見に行くようなこともなかったのだろう。

俺は白石の子供の頃の境遇を想像し、何も言えなくなった。


 ついに花火が終わってしまい白石が立ち上がった。

俺は心を決めた。


「あの頃、お前のことが好きだった」


白石はこちらに背を向けていて表情は分からない。

「……すまん。そういや人違いだったな」


白石は何も言わない。

しばらく沈黙が続き、そして白石は振り返らないまま歩き出した。

思わず俺は白石を呼び止めた。


白石は背を向けたまま

「あの時は私のために……ありがとう。嬉しかった。さようなら」

そう言い残して去っていった。


俺は、あの時みたいな気持ちになった。

白石が女子のリーダーに、クラスメイトに喧嘩を売った時みたいに、すっきりした。


白石が行方不明になってから俺はずっと初恋にしがみついていた。


それが今、終わった。

俺はようやく初恋を終えることができたのだった。

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