第5話 3人の奴隷と解毒スライム
馬車はアラマス村を後にし、バリジン森林地帯へと進んでいる。快調だ。休憩後、サルンサの隣にはハントが座り、ジュリーダ牧師様が馬にまたがった。超アクティブな牧師様。お馬だってお手のモノらしい。
馬車の中、ハントはサルンサ姐さんから説教を受けている。ライル君の意見を無視し、開拓メンバーから彼を外そうとしたことについて、「直接謝りなさい」と言われた様だ。
ハントは小声で「お前だって、スライム街なんて聞いたことが無いって言って...」と不満げに呟いた。しかし、「あんた、何か言ったかい?」と、サルンサ姐さんからぎろりと睨まれて、「い、いえ、ライル、すまなかった!」とライル君に謝った。
「そ、そんな、やめて下さい!僕も、うまく説明できなかった自分が悪いのですから」と、ライル君がハントに謝った。2人ともお互いに頭を下げている。ライル君!本当に優しい!う~ん、いい子!
一緒に冷やしキュウリをもぐもぐしたい!
ただ、平和な馬車の旅はここまでだった。この後のライル君の言葉を境に、予想だにしない展開に巻き込まれるとは、この時は誰もが知る由もなかった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
魔物も鳴りを潜めている。天気もいい。幸先いい開拓地までの旅路だ!
ライル君と楽しくおしゃべりをしながら快適な馬車の旅を続けていると、ライル君がいきなり「何か聞こえません?」と、馬車の中にいる皆んなに尋ねてきた。
「人のうめき声の様な...痛みを堪えるような声が...」と、ライル君は私たちに真顔で尋ねてきた。
「ちょ、ちょっとやめておくれよ。私はそういう話は苦手なんだよ。あんたも止めておくれよ!」
眉をハの字にしてサルンサはハントの顔を見つめる。小刻みに体も震えている様だ。いつものポニーテールの勢いも感じられない。本当に...苦手な様だ。
「ほう?ライル、もっと詳しく教えてくれ。もし病人がこんな森沿いにいるのなら、放っておけないかなぁ」と、ハントはライルに詳しく話すように促した。
ハントは少し悪い顔になっている。
先ほど一方的に怒られたことを根に持っている様だ。仕返しとばかりに、サルンサ姐さんをからかっているようだ。
本当はサルンサ姐さんが可哀そうなのだが...。姐さんが怯える姿なんてめったに見られるものではない。私もハントを止めないでおこ~と。
「いえ、東の森の方から声が聞こえたと思ったのですが...」とライル君が呟いたとたん、「い、痛い...」と、ライル君が言った通り東の森から、人らしき者の呻き声が私たちにも聞こえた。
「キャー!」とサルンサ姐さんが叫び声をあげ、ハントは周囲を鋭い目で見まわした。
ジュリーダ牧師様が馬車に並走して、「行ってみましょう!」と大きな声を上げた。
ただそんな中、「ほ、本当に、い、行くのかい...?」と小さく呟く声を、私は聞き逃さなかった。
「こっちの方から聞こえたと思います。注意して下さい!森の中にはオークやゴブリン、コボルトがいてもおかしくありませんから...!」と、ジュリーダ牧師様は私たちに小声で警告を出しながら、愛用のランスを背中から、そっと取り出した。
ハントとジュリーダ牧師様が馬車道から森の奥へ慎重に進もうとすると、突然、森の方から「お前たち!来てはいけない!」という大きな声が聞こえた。
その大声に驚いたサルンサはまた、「ヒィ!」と叫び、ハントに飛びついた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「だ、誰だ!森の中になぜいる!」と、いつもはサルンサに頭が上がらない優男、ハントとは思えない威厳があり、殺気を含めた声を森の奥に投げかけた。
「お、俺たちはお前たちに危害を加えるつもりはない!俺は元ウェイリー王国3代目、キューメイ国王に仕えていた武道家、レイメントだ!そして、同じく騎士のリューファンと、同じ身分のソフィーナという者がいる。お、俺たちは...」
そう言った後、レイメントという者は、「お、俺たちはデス・キラー病に感染している!近寄ったらお前たちもうつっちまう!近寄っちゃだめだ!」と、茂みの中から男はさらに大声をあげた。
レイメントさんの声に、ハントたちは動きを止めた。「その者の言う通りです!近づいてはいけません!」と、ジュリーダ牧師様が鋭い声で、彼らに近づくことを制した。
馬車道沿いから聞こえてきたレイメントさんの声に反応し、私たちは彼らと一定の距離を保った。その様子を森の中から見ていたであろう一人の手足の無い長髪の男性が、茂みの中から必死の形相で自分の体を引きずりながら出てきた。
あれが...レイメント...さん、なのだろうか?
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
デス・キラー病。この一帯で広く知られた原因不明の病。治療法も分かっていない。
全身に斑点様のあざと激しい痛みに襲われる病。そして飛沫感染が特徴だ。つまり、感染した者と近くで話すだけでも、
「デス・キラー病の患者がここにいるという事は...お前たちは奴隷か...」とハントは何とも切なく、辛そうな声で茂みにいる男に向かって話しかけた...。
「ああ...そうだ。だからこそお前たちは俺たちに近寄るべきではない。道連れにしてまで他人を不幸にしたくない」と、男は自分の首筋にある奴隷紋をみせながら、迷いのない誠実さのこもった声で、こちらに告げてきた。
「お前たちは俺たちをデス・キラー病から守ってくれた。俺ができることは...死にたい奴は前に出ろ。心臓を一突きしてやる。それがお前たちにできる、感謝の気持ちだ...」と、ハントはその男に告げた...。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
デス・キラー病は不治の病として知られている。
一般人がこのデス・キラー病に感染した場合、ホスピスと呼ばれる場所に収容され、半魔により看取りケアが行われる。不思議なことにこのデス・キラー病は半魔や魔族には感染しない。
しかし、これはあくまでも一般市民に対する措置だ。奴隷がこの病に感染した場合、多くは人里離れた場所に捨てられる。
奴隷紋の効果により、人里に戻りたくても今いる場所から離れることはできない。
つまり、魔物に食われて死ねということだ。
ハントの行動は、魔物に全身を嚙み砕かれながら死ぬよりも、一瞬の痛みで死ぬ選択肢を与えるという、いわば慈悲であった。
「今、仲間を呼ぶ。少しの間だけ待ってくれ。そして...慈悲に感謝する...」とハントの言葉に応じた。
レイメントさんの呼びかけで、馬車道の脇の草むらから左腕と右脚を失った女性が姿を現した。彼女は思うように動かせない身体を木の棒を杖代わりにして、必死の形相を浮かべながら私たちの前に現れた。
更にもう一人の女性が現れた。身体の欠損はないが、私とサルンサ姐さんは思わず目を逸らした。同じ女性として見るに耐えられなかった。
その女性は全身に大やけどを負ったのか、目に見える部分の皮膚がただれ、髪の毛も生えていない。あまりにも哀れな姿であった。
そして全員がボロボロの
「俺たちはこの道沿いに捨てられ、魔物たちが見つかりやすい様にだろう...。コカトリスの血を頭からかけられた。俺たちを殺したら、すぐに逃げてくれ。そして...慈悲に感謝する」
男性、いや、レイメントが話し終わると、3人は道沿いに並び、静かに目を閉じた。
覚悟を決めた様だ...。
「あ、あまりに不幸すぎるよ!」サルンサ姐さんは見ていられないのだろう。私に抱き付きながら泣きだした。
ヨハンにドル、そしてジュリーダ牧師様も神妙な表情をしている。そんな中、ハントは静かに弓の
どうしようもない現実が、皆の心を傷つける。
そんな中、ジュリーダ牧師様が「せめて3人に...主の愛があなた達を包み、安らかに休むことを...」と言葉をかけたその時...。
「ちょっと待って、ハントさん!皆さんを殺さないで!僕が、いや、スライム達に頼んで、病気を治してもらうから!弓を下ろして!」
ライル君がハントに向かって大声で叫んだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ラ、ライル君、何を言っているの?デス・キラー病は不治の病だよ⁉
唯一の希望は、伝説のエリクサーだけ...なんだよ。
突然、ライル君に弓矢を射る動作を止められたハントは、困惑した表情を浮かべた。
デス・キラー病は治せない病気。そのことを思い出したハントは、再びレイメントさんに照準を合わせた。しかし、やはりライル君が「やめて、僕を信じて!」と、再び止めに入った。
そんなライル君に向かってハントは、「無責任なことを言うな、ライル!デス・キラー病は、治せる病気じゃないんだ!俺だってこんないい奴らを殺したくない!だが...彼らが苦しみ続ける姿などもっと見たくない!」
ハントはライル君に言った後、もう一度レイメントさんに向かって矢を構えようとした。だが...。
「本当だって!僕の仲間たちなら、こんな病気を一発で治しちゃうよ!」
ライル君は再びハントを止め、ハントと奴隷たちの間に立ちはだかった。ライル君は真剣な眼差しでハントを見つめている。
「ラ、ライル君!危ないって!弓矢の前に立っちゃだめだし、3人に近づくとライル君まで!」と、私は気づかぬうちにライル君に向かって大きな声で叫んでいた。
静けさがライル君とハントの間に流れ、言葉も交わさずに2人は見つめ合う。
そして...。
ハントが弓矢を下ろし、「分かった、ライル。お前に任せる」と言った。
弓矢を下ろした手が震えている。そして、重圧から解放されたかのように、深いため息を吐いた。
そんなハントの背中に、サルンサ姐さんが飛びつき、「馬鹿だよ、あんた!そんなに震えて!ムリしちゃってさ...。でも、最高に恰好よかったよ...!」と、力強くハントを抱きしめた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ハントとサルンサが落ち着いた後に目にした光景は、実に奇妙だった。
ライルの奴はレイメントたちを治療すると言っていたが、これが治療なのだろうか?
サルンサはモーリーに、「ライルが呼び出したスライムたちは、奴隷たちを拷問...しているわけでは無いんだよね?」と尋ねた。
サルンサの目にとらえた光景は、ライルが呼び出したスライムに、体をすっぽりと包まれた奴隷たちの姿。更にそのスライムの体内は、何か不思議な液体で満たされているようであった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
溺死していないよね...。スライムちゃんの体内で、ピクリとも動いていないけど...。消化中...?
「だ、大丈夫だよね...ジュリーダ牧師様...」と、サルンサ姐さんは自分の近くにいたジュリーダ牧師様に尋ねた。
ジュリーダ牧師様はサルンサ姐さんに、「私も初めて見た時は驚きました。ライル君が呼び出したスライムが突如、3匹に分裂して、それぞれが奴隷1人を包み込み、自身の体内に液体を排出して彼らを満たしたのですから」と大きく見開いて、その時の状況を伝えた。
更に、ジュリーダ牧師様は話を続けて、「でも、彼らの表情をよく見て下さい。とても安らかで心地よさそうな表情をしています。あの液体には、体を癒す効果があるのでしょう。もしかすると...本当にデス・キラー病まで治してしまうかもしれません」と話された。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ライル君たら、またへんてこなスライムちゃんたちを呼び出した。
いきなり現れたスライムちゃんたら、「この3人だな」と言った後、すぐに3匹に分裂しちゃった!
もうびっくり💦
しかも、分裂したスライムは奴隷3人に近づき、いきなり包み込んじゃうし!
説明も無しかよ!もう...捕食じゃんか!
ドルったら、かくれて飲んでいたお酒を全部吐き出しちゃうし...。皆んなびっくりしたんだから!!
本当に奴隷の人たちを食べちゃったかと思って心配したんだから!も~ライル君、説明してよ!
でもライル君と話しているスライム、大きい!2mはある!本当にライル君の周りには、今まで見たことのないスライムちゃん達が沢山いる。まだまだ現れるのかな?ドキドキ、ワクワク♡
いけないいけない!今、ここにいるスライムちゃんについて聞いてみないと。
「ねえねえ、ライル君!このスライムちゃんのお名前は?どんなことをしてくれているの?ライル君との仲は?ライル君の好きな女性のタイプは?私の事はどう思っているの?ねえねえ?」
「モ、モーリーさん、ぐいぐい来ますね...。最後の質問は関係ないと思いますが...。この子はゲドンですよ!3人の体内にあるデス・キラー病を体外に排出してくれる、優秀な
ゲドンと呼ばれたスライムちゃんは、中にいるレイメント達を刺激しない程度に、3匹同時に身体を左右にフルフルとライル君の声に合わせて揺れた。
「今、ゲドンちゃんは何をしたの?」とライル君に尋ねると、「「よろしくね~」と挨拶をしたんですよ」とライル君が教えてくれた。
可愛い!大きいのも可愛い!ベッドにしたい!気持ちよさそう!育てた~い!
「皆さん!ゲドンが頑張ってくれています!デス・キラー病の病原体がもうすぐ体外に出てきますよ!」とライル力強く伝えてきた。
「「おー!」」ヨハンとドル、それにジュリーダ牧師様も感嘆の声を上げた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
しばらくすると、ゲドンちゃんの体内にいる奴隷3人の身体内から、どす黒い煙のようなモノがじわじわと出てきた。
「な、何なんだい⁉あの忌々しい黒い煙のようなモノは...」
奴隷たち3人の体内から煙のようなモノがどんどん吐き出される。そして、その不気味な黒い煙のようなモノがゲドンちゃんの体内で1つにまとまり、固まっていく。
そして...。
その固まったモノは全長10cmほどの 1つの塊となり、ゲドンちゃんの体内から吐き出された。吐き出されたモノは、スライムの形をしており、まるでゲドンちゃんのミニ版のようであった。
「ラ、ライル君、あれは何なの⁉真っ黒なスライムの置き物の様なモノが出てきたけど...」と恐る恐るライル君に尋ねた。
何となく嫌な予感がするが...。
「ああ、あれですか?あれは奴隷の人達の身体の中で悪さをしていた、デス・キラー病の元ですよ」とさらりと言った。
「「え~!!」」
「危険じゃないのかい⁉早く燃やしちまった方が...」
「いやいや、お
「埋めちまおうぜ!」
「でも...何だか美味そうだな...昔、酒のつまみで食べたことがあるチョコレートに似ている様な...」
皆がバタバタしている中、ライル君だけは落ち着いて、「奴隷の皆さんの解毒作業が終了しましたよ!ゲドンありがとね~!」と、まるで治って当然のことのよう私たちに伝えてきた。
皆んあの目が点になっている。
ライル君、マイペースすぎ...。人の話を聞いてよ~。このデス・キラー病の元はどうすればいいのよ💦
ねえ、ライル君てば~!!
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