第1話 会議室でのお話 誰かいね~かな~。
バーモンド共和国の首都バルモッサにある大きな会議室では、緊急会議が行われていた。
会議が開かれているのは4月5日、窓からは新緑の梅の花が咲き始める街の風景が見え、春の訪れを感じられた。
しかし、会議室内は緊張感に包まれ、出席者たちは真剣な表情で話し合い、唸り声をあげていた。
その中心にいたのは、バーモンド共和国の元首マリマッタだ。彼は深い悩みに頭を抱えていた。
元首なんて柄じゃないと辞退を申し出たが、バラマウンド独裁国家で政治学の教授を行っていたという経歴と知識が評価され、第5代目の元首に選ばれてしまった。
そんな柄じゃないと何度も言ったのに...押し通されてしまった。
あの時、脱走しておけばよかったかな。隣のモルデルン王国に逃げちゃえばよかったかなー。はぁ...。
今日、何度目となるか分からないため息を、隠すことも無くつくマリマッタであった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
バーモンド共和国の歴史はそれほど古くない。この国は、近隣の国々に不満を持つ人々や、居場所を失った人々、新しい場所で一旗揚げたい者など、さまざまな背景を持つ人々が集まって作られた国。
この共和国を設立した際には、一つだけ厳しい取り決めがなされた。犯罪者はこの国には奴隷以外の形で存在してはならない。
これを実現するために、"真理の
この真理の勾玉は、共和国内に存在する全ての者が身につけることを義務付けされている。まあ簡単に言えば、"犯罪者発見装置"。罪のない者に対しての暴行や強姦、さらには殺人などの犯罪行為をした者がつけると赤くなる。
この共和国内に入る時には必ず真理の勾玉を首にぶら下げ、人々に見えるようにしなければならない。
さらに、共和国の出入り口には"真理の
過去5年間で、共和国内に犯罪者が侵入したという報告は一度もあがってきていない。
わざわざリスクを冒してまで入国するほどの価値はない国と言えば、それまでなのだが...。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
マリマッタは頭を抱えている。いや、この場に集まったすべての者といってもいいだろう。
約300年前、人のいい奴、無闇に犯罪を起こさない者と楽しく暮らしたいという思いから、共和国を設立した。
しかし今、バーモンド共和国は最も困難な時期、つまり"試練の刻"に立たされている。
そう、財政難の問題に直面した。つまりお金がねえんだよ。すっからかん。やべえんだって。皆んな、
金の卵を生み出す鶏とか現れないかな~。はぁ~。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
バーモンド共和国は、現在賢王タルスが支配するモルデルン王国の東に位置している。
その他の地理的特徴をざっくりと説明すると...。
バーモンド共和国は北側にバリジン森林地帯とバラマウンド独裁国家、南側にマラブル砂漠地帯が広がり、東側は岩場と海に囲まれている。さらに、共和国全体にはダンジョンが点在している。
共和国を設立した時、約300年前は、各地にダンジョンまであり、資源に困らない地形と言われ、この200年程の間で、バーモンド共和国は急成長を遂げてきたが、ここにきて問題が生じた。
豊富な資源と良識ある者が集まり、その噂を聞いた不運な状況の人々が移住を求め押し寄せてきた。最初は犯罪歴のない者達を受け入れていたが、増え続ける移民により、財政が火の車になってしまった。
財政難。急激な人口増加により、特に食糧不足に陥ってしまった。森林地帯を焼き払って畑を作ろうとしても、魔物の出現や管理が追いつかない。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
昔はよかったよな~。その頃のモルデルン王国の王たちは、"侵略するほど暇ではない"と、ある意味で見逃してくれていた。でも、今では"侵略する価値がない"と言われる始末だ...。とほほだよ。
昔のバリジン森林地帯は果物が良く取れたっていうし。また、海は今とは違い、とても穏やかだったらしいしなぁ。
各地にあるダンジョンでも、昔は初心者レベルの階層で、オークやコカトリス、キラーラビットなど、食料となる魔物がぎょうさん現れたっていうしな。
しかし、最近の初心者レベル階層、出現ベストスリーと言ったら、ゴブリン、さまようゾンビ、ビッグ・ゴキブリだもんな。喰えねえって...。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ただ、まだ昔のいい頃の噂を信じて、共和国への移民の希望をしてくる者は後を絶たない。でもね、砂漠地帯や岩場地帯だって、問題は山積みなんだって。来ない方がいいって。
噂は、いいことしか伝わらないもんな~。本当のことを知ったら、移民希望者は増えないはずなんだけどな~。
何で、賢王の統治するモルデルン王国に行かないのかな?今の俺なら、間違いなくモルデルン王国に行くのだが..。
最近では、食糧が不足しているがゆえに、ダンジョンの深層に無謀にも挑もうとしたり、無理な狩りを試みたりして、魔物や動物に襲われる者たちが増えている。
さらに、古くから住んでいる者たちと、新たな移民との間で、トラブルも勃発しかねない事態となっている。
ただし、この共和国内では強盗や暴力行為などを起こした者は、どんなに地位の高い者でも、国外追放となる。
これを知っているから皆が我慢をしている。ただ、治安と人々の生活水準は日々低下している。やけになって暴動を起こさないことを願うしかない。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
今回、いやもう何回も、各分野の専門家である大臣とその補佐官たちが集まり、打開策を模索するための会議という名の唸り声大会を行っている。
今月に入ってから、すでに8時間以上の会議を8回は行っている。まだ、X511年4月5日。つまり、1日に2回会議が行われたこともあった。
あーあー。わしだって酪農の仕事があるのに...。
でも、そんなことを言える雰囲気ではない。誰もが唸っているだけで、会議は進展し無い。
やだなー。帰りたいな。ああそうだ、1週間ほど前にアラマス村のギルドに、開拓者を募る張り紙を出すようにと命じたはず。あの進展状況はどうなったかな?
多分集まっていないと思うが...一応聞いてみるか。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「冒険者たちは集まったからね?」
そう、個人秘書のイリーダに話をふってみた。
「ああ、あの件ですね。一応、ギルド内に掲示して声をかけていますが...
期待はしていなかったが、事実を突きつけられると辛いものがある。開拓地への参加希望者がたった2名とは...。
「2名なら中止した方がいいだろう。わざわざ死に行く必要はない。5名に満たないなら、開拓の話は無しにするように、アマラス村のギルドに伝えるんだ」と、イリーダに伝えた。
すると、イリーダは何かを思い出したようで、「ああ...あと、自称"スライム街"育ちの少年も、同行を希望しているようですよ」と付け加えてきた。
スライム街?スラム街じゃなくてか?スライム街ね...。はぁ~。そんな魔族の国から来たって?頭痛薬をがぶ飲みしたいわ。
アマラス村に託した開拓の話から、また、終わらない会議に意識を戻すマリマッタであった。
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