夜中の街での戦闘

 人の姿が見えないからまだいい。

 いないのは、僕が広げている霧に違和感を覚えて無理に出ようとしていないからなのかも。

 もしもこれが、往来の中だったら戦闘になった瞬間に被害が出てしまうだろう。

 だからといって───


(クソッ……やりづらい!)


 広げた霧が微かに揺れる。

 それを視界の端に捉えた瞬間、真横へと飛んだ。

 すると、僕達のいた場所にまたしてもクレーターができ上がる。


「な、なんなのですか……!?」


 腕の中にいる女の子が叫ぶ。

 目の前で起こっている現状や、今の状況を理解していないんだろう。

 でも、僕としては大人しくしていると嬉しいと言いますか……ッ!


「すみません、僕も分かってないんで静かにしてもらえると! っていうか舌噛んじゃいますよ!?」

「ひゃっ!?」


 僕が咄嗟に屈んだから、彼女は口を押さえる前に僕にしがみついてくる。

 その瞬間、頭上から重たい空気が薙いで通った。


(さっきから姿が見えなくてやりづらい! 霧の変化だけで把握するのしんどい……ッ!)


 ここ一帯に広げた僕の霧。

 これの微妙な動きの変化で、今はなんとか反応できている。

 つまりは、相手はということ。


(まぁ、だからといってどうすればいいのか分かんないけど……ッ!)


 水の刃を使えば、間違いなく敵は倒せるだろう。

 何せ、見えていなくとも最低限身長分は立っていることになる。だったら、人が死ぬであろう真ん中よりも上を狙って横薙ぎに振るえば確実に倒せるはず。

 ただ、水の刃は圧縮した水を放出している。

 射程を短くするには圧縮濃度を低く設定しなければならず、こんな至近距離まで射程を縮めれば切れるかどうか分からない。

 かといって射程を維持したまま振るえば、建物ごと切ってしまう。


 他の魔法だってそうだ。

 どこにいるか分からない相手を狙うのなら規模の大きい魔法を使わなくちゃいけないけど、それだと他に被害が出てしまう。

 つづらで常時身を守れたらいいんだけど、あれは抱き抱えていようが僕オンリーだ。

 少しでも調整をミスして彼女が触れてしまえば、この子を傷つけてしまう。


(総じて、倒すのは無理……ッ!)


 逃げる一択。

 僕は彼女を抱えたままそのまま走り始めた。

 しかし、微妙な霧の揺れが追いかけているのだと教えてくれる。


「あ、あの……!」

「なんですか!?」

「その、もし私が足でまといであれば置いていっても」


 彼女は震える手を僕に押し当てる。


「それに、狙われているのは私のようです。であれば、見ず知らずのあなたが命を張る理由は……」

「…………」


 確かにそうだ。

 僕はこの子の名前だって知らないし、自他ともに認める赤の他人。

 助ける筋合いはない。命を張る理由はない。

 だけど───


「君のお願いを僕は聞いた」


 僕はキッパリと、彼女に向かって言い放った。


「それを聞いたからには、僕は約束を守るよ。それが悪者だろうがお姫様だったとしてもね」

「ッ!?」


 とはいえ、こんなことを言っても見えない敵を相手にどう逃げられるかどうか。

 女の子一人を抱えて、重りも何もない相手から逃げられるかどうか。


(一応方法があるのはあるけど……)


 使うか? 使わないか?

 僕一人だったらどうにでもなるし、ことではあるんだけど───


「……信じます」


 少女は、僕の服をもう一度握った。

 そして、震える口で確かにその言葉を。


「あなたを信じます! だから、……私を助けてください!」


 ……心は決まった。

 こう言われてしまえば、引き返せない。


As you wish仰せのままに


 走りながら、意識する。

 この際、敵の位置なんて至極どうでもいい。

 イメージは、箱。

 まずは建物の眼前に氷の柱を形成させる。

 一直線。退路など生ませない。天井を塞ぎ、僕とこの子と敵だけの一本道を顕現させる。


(魔力消費が激しいから、一発っきり……ッ!)


 僕の使う魔法は、範囲を絞らず解放させる───


「質量だ」


 その瞬間、一本道に天井まで覆い尽くすほどの津波が襲いかかった。



 ♦️♦️♦️



「はぁ……はぁ……やっぱり、実態が見えないなら個体でも気体でもなく液体の物量で勝負するしかないわけだが」


 とある路地裏。

 僕は建物の壁にもたれ掛かりながら、荒くなった息を整える。

 霧はもうない。街の一部まで広げた魔法は、僕の魔力をごっそりと持っていってしまった。

 その代わり、見えない敵が追撃してくる様子もない。

 もし追撃してくるなら、今頃はやられていることだろう。

 というより、あの逃げ場のない水の波を食らって追ってこられたらそれはそれでキツい。

 まぁ、生きてはいると思うけど───


「あ、あのっ……」


 僕の顔を見下ろすような形で覗き込んでくる女の子。

 ドレスはビシャビシャで、くっきりと肢体が浮かび上がっているけど、怪我らしい怪我は見受けられない。


「言ったでしょ」


 僕は荒くなった息のまま、なんとか見栄を張って笑みを浮かべた。


「僕はお願いを断れない性格なんだよ……」

「〜〜〜ッ!!!」


 そう口にした瞬間、彼女は目尻に涙を浮かべながら僕に飛び込んできた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る