誘拐
ごった返した人混みを、私はようやく抜ける。
誰かのお話が終わったら次の誰かがやって来る……社交場なんていっつもこんな感じなのは分かってるけど、作り笑いがほんとキツイ。
最年少魔法士だからって、皆おべっか使い過ぎなんだよ。まぁ、今日はあんまり男の人いなかったから「婚約してくれ!」って話はあんまりなかったからよかったけど……サクくんに聞かれて勘違いされちゃったら困るからね。
「さーて、サクくんに会って気分転換でもしよー」
そう思って、私は庭の端に向かって歩き出す。
確か、こっちで立っていたのを見かけたから―――
(……あれ?)
でも、そこにサクくんの姿はなくて。
(どこ行ったの、サクくん?)
♦♦♦
(あーっ、クソまじで……ッ!)
庭の柵を飛び越え、街灯が照らす道路へと降り立つ。
『おいコラ、お前何やってんだ!?』
飛び越えたのを見かけた騎士の一人が駆け寄ってくる。
だけど、僕はそれを無視して薄暗い廊下を走り始めた。
糸が向かっている先はこっちの方角。でも、乗り物に乗った形跡はない。
スピード感から鑑みるに、恐らく向こうも走って逃げているんだと思う。
だけど―――
(僕より速いってどういうことなんだよッ!)
もし誘拐でもしているのなら、女の子一人を抱えていることになる。
それでも僕が引き離されるって……マジで化け物。確かに僕の本職は魔法士で、いつも体を鍛えている騎士に比べたら非力だけど、女の子一人抱えて走っている人に負けるとは思えない。
となると―――
「相手も魔法士」
きっと、あの姿が消えた瞬間も、実態が透けて見えていたのも魔法だ。
ただ、一度見ただけじゃどういう原理でどういった魔法なのかが見当もつかない。アリスやセレシア様、リゼ様が一緒にいたら意見を出し合って解明できかもしれないんだけど、今はそうもいかない。
というより、解明している暇があるならあの子を追いかけて連れ戻さなきゃ。
(すみません、リゼ様! 職務放棄の罰はあとでちゃんと受けます!)
このまま成果なしで連れていかれた……で終わってしまったら、僕はただ職務放棄しただけの人間なだけになってしまう。
いや、それよりも逃せばあの子の命まで危ないのかもしれない。
だから―――
「……魔力の消費が激しくなっちゃうけど」
僕は立ち止まり、大きく息を吸う。
そして、全身から白い濃い霧を噴射させる。
「絶対に、捕まえてみせる」
こうして、僕の体は薄暗い霧がかった夜の街へと溶け込んでいった。
♦♦♦
……私は、なんでここにいるんだろう?
というより、何故私の体は透けて見えるんだろう?
揺られている感覚が、誰かに抱えられているような気もしますが、よく分かりません。何せ、その人の姿すら見えないのですから。
ぼんやりとした視界から分かるのは、移り変わっていく見慣れた私の領地の夜の街。
公爵家の、私の屋敷から少し離れた……あれ? ですが、どこか暗く視界が悪い。まるで、どこか霧がかっているような―――
(ダ、メです……意識が……)
何をされたか分かりませんが意識が朦朧としています。
先程までいた屋敷からどんどん離されていく。つまり、これは私を誘拐しているのだと思うのですが、体がまったく動かせないのです。
(本当に、マズいです……)
きっと、今頃会場はパーティーの主催者がいなくなって大騒ぎしているはず。
でも、こんな姿が見えない私を見つけられるとは思えません。
いくら、捜索しても―――
「……ッ!」
怖い。
どんどん現実が襲い掛かって怖くなる。
冷静でいなければならないのに、今すぐ抱えている人から逃げ出さなきゃいけないというのに。
怖くて抱えている人から離れたいのに、体がまったく動きません。
(怖い……)
少し人混みに酔ってしまったから少し離れただけなんです。
一体、どうしてこんなことに? これから私は、一体どうなってしまうのでしょうか?
(怖いッ!)
このまま連れ去られたあとを想像して、瞳から涙が零れてしまいます。
それでも、私は願わずにはいられませんでした。
「お願い、します」
届かないと分かっていても。
本当に願わずにはいられなくて。
「誰か、私を助けて……ッ!」
そして———
「
私の体が思い切り引っ張られた。
「ッ!?」
一瞬だけの浮遊感。
しかし、先程とは違う抱き抱えられた感触が私の体から伝わりました。
ふと、視線を上に向ける。
そこには、白い霧に覆われた一人のタキシードを着た少年が代わりに私を見下ろしていました。
「よかった……間に合った」
その少年は胸を撫で下ろしたかのように、安心したような優しい笑みを浮かべてくれます。
「っていうか、本体と離れたら自然と触れていた対象の姿は見られるようになるのか」
視線を下げると、確かに私の体がようやく目視できるようになりました。
ですが、体が思うように動かないままではあります。
それでも―――
(あぁ……)
助けてくれた。
名も知らない少年が私のことを助けてくれた。
どうやって? なんて疑問が湧き上がりますが、それ以上に湧き上がる恐怖からの開放感が余計に涙を生ませます。
ですが、彼は私とは違って安心した顔からすぐに表情を引き締めます。
「安心しているところ悪いけど、まだ終わったわけじゃないよ」
彼が咄嗟に私を抱えたまま跳躍します。
すると、先程までいた場所の道路にいきなり何かに殴られたようなクレーターが浮かび上がりました。
「相手さんは、君を逃がすつもりはないみたいだからね」
まだ、恐怖は続く。
解放されたはずの感情が、再び私を締め付けてきます。
ですが、彼は―――
「でも、これだけは約束する」
私に向かって、精一杯の笑顔を作りました。
「君のことは助けてみせるよ。僕は誰かのお願いは断れない性格だからね」
そして、始まります。
相手が誰かも分からない、夜の街での戦闘が。
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