ドレス選び

 結局、それから進めど進めど小さな魔獣しか現れず、噂の『幽霊』とやらは現れなかった。

 流石に異常なのは間違いない。

 何せ、平和な街の下にあんなにもの魔獣が這いずり回っていたのだ。

 被害が出ていないのも変だし、誰も目撃していないのはおかしいと言わざるを得なかった。

 ということで、後日改めてもう一度任務を受けることになった……僕もセットで。


 そして、馬車に揺られ夜会の準備のために王城へと僕達は戻ってきていた―――


「ねぇねぇ、サクくんっ! 青と赤、どっちがいいかな!?」


 そう言って、二着のドレスを手に取って楽しそうに話しかけてくるアリス。

 現在、僕は友人のアリスに与えられた部屋に呼び出され、彼女が着ていくドレスを一緒に選んでいた。

 なお、このやり取りは現在五十八回目である。

 素直に言おう、疲れた以前にどうしてそんなにドレスを持っているのか不思議で仕方がない。

 だって自宅ならまだしも、ここは王城の寮なのに。


「僕的には赤かなぁ」

「赤ね! じゃあ、この赤とこっちの赤だとどっちがいい!?」

「右の赤かなぁ」


 どれを着てもアリスならなんでも似合うというのに、この様子。

 女の子は、やっぱりいつでも最高の自分を見せたい生き物らしい。僕の妹も、友達とお出掛けする時はいっつも鏡の前で睨めっこしていた。

 だから、男の役目は常に最後まで付き合うことなんだ。

 たとえ「どれでもいいじゃん」って思いながらも、決して顔には出さず、女の子に悟られないよう機嫌を損ねることは言わず、ずっと興味ありげな雰囲気を―――


「……サクくん、絶対「どれでもいい」とか思ってるでしょ?」

「ソンナコトハナイヨ」


 バレてら。


「はぁ……サクくん、付き合わせてる私が言うのもなんだけど、そういうのは態度に出さない方がいいと思うんだよ」

「けど、正直異性とあんまり交流がなかった僕に意見を求められても困るよ」

「じゃあさ、私が「どんな下着がいい?」って言っても―――」

「白のレース付きだと、アリスの可愛さとあどけなさが残る清純さが表現できると思う」

「即答!?」


 アリスは背伸びをして黒とか赤を挑戦するより、自分の魅力を最大限生かす方がいいと思います。


「くそぅ、この変態さんめ! その意識をえっちな方向じゃなくてドレスにも向けてほしい!」

「でもさ、アリスって何着ても似合うんだし」

「…………」

「今の姿でも充分に可愛いのに、これ以上何かで着飾ってもさらに可愛くなるだけだって。男の子いっぱい寄ってくるだけだよ」

「…………」


 素直に思ったことを口にする。

 すると、アリスはしばらく呆けたあと、急に顔を真っ赤にさせて―――


「サクくんの女たらしめっ!」

「なんで怒られたの僕!?」


 酷い、確かに内心は「どれでもいいなぁ」って思っていたけど、付き合わせたのはそっちなのに。

 やっぱり、女の子っていうのはどうにも難しい。


「そういえばさ、今回アリス達が行く夜会ってどんなものなの?」


 気になって、ドレスをクローゼットにしまっているアリスに尋ねる。


「今日はね、ウィルネス公爵家のご令嬢さんの誕生日パーティーなんだー」

「へぇー」

「確か、私の一つ下の子だったかな? 学校で何回か顔を合わせた程度なんだけど、なんか誘われちゃった」


 そこにリゼ様と、聞けばセレシア様も参加するらしい。

 きっと公爵家の人間で、同性だからとか交流があるからだとかで誘われたんだろう。

 にしても、誕生日会でこうしてドレスまで選ぶなんて流石は貴族だ。

 僕が参加したことのある誕生日パーティーなんて、私服で数人ぐらいの集まりだったっていうのに。


「じゃあ、夜会はアリスにリゼ様のお世話をお任せすればいいんだね」

「ふぇっ? 何言ってるのサクくんも行くんだよ」

「何故? その時のお世話はアリスがいるし、男の僕が行く必要はないと思うんだが……」

「あのねぇ、サクくん……私は今回、招待客として行くんだよ? リゼちゃんの身の回りのお世話なんてできるわけないじゃん」


 確かに、言われてみればそうだ。

 招待されているのに、つきっきりで飲み物持って来たりできないもんね。

 アリスはこうして気さくに話してくれているけど、れっきとしたお貴族様だ。こういう場で交流を広げなければいけなかったりするのだろう。


「それに、サクくんはマストです。私とリゼちゃんとセレシア様の護衛としてでも行くんだから」


 この子は僕の体が三つに分裂できると勘違いしていないだろうか?


「でも、そっかぁ……僕も行くのかぁ」

「そんなに嫌なの?」

「いや、パーティー用の礼服とか持ってないし」


 一応お仕事用の燕尾服とかはあるけど、多分あれだとダメだろう。

 たまに先輩の使用人さんがパーティーに行く時にビシッとしたタキシードを着ていた。

 誰かの傍付きになるなんて考えたこともなかったから買わなかったけど、今はかなりそのことを後悔している。


「ふっふっふ……サクくん、安心しなよ」


 アリスが腰に手を当て、キメ顔で口にする。

 そして、クローゼットの中から一着のタキシードを取り出した。


「こういう時もあろうかと、サクくんのタキシードはちゃんと用意していますっ!」

「え!? なんで!?」


 いや、ありがたいし非常に助かるんだけど。

 なんでアリスが僕のタキシードを用意していたんだろう? それが不思議で仕方ない。


「(い、いつかサクくんが私のところで働いた時用に買ってた……なんて言えないなぁ)」


 ほんと、どうしてアリスは用意なんかしてたんだろ?

 僕は気になりながらも、ありがたくタキシードを頂戴した。

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