夜会、参上

 絢爛……というよりも幻想的って表現が正しいのかもしれない。

 辺りがすっかり暗くなった頃、馬車から覗く公爵家の屋敷は落ち着いた色の灯りに照らされ、広大な庭には多くの着飾った人で賑わっていた。

 そんな平民がお目にかかれないであろう光景を見て、僕は───


「うぅ……お腹痛い」

「サクくん、大丈夫? 背中よしよししてあげるね」


 盛大にお腹を壊していた。


「朝は元気だったのに、急な腹痛って災難ね」


 対面に座るリゼ様が心配そうに見てくる。

 こうして気遣ってくれるところが本当に優しい。

 中々平民相手に王族ができるようなことじゃないと思う。

 現に、チラッと第二王子様を見たことがあるけど、あれは傲慢不遜がよく似合うような人だった。

 上の立場の人だからあんまり言いたくない。でも、仕えるなら絶対にリゼ様のような人がいいよね。


「背中さするとね、落ち着いて少し気分が楽になるんだよ。だからあと少しで着いちゃうけど、このまま続けちゃうね」


 一方で、アリスは横に座って僕の背中をさすってくれる。

 アリスも、分け隔てなく優しさを向けてくれるいい人だと思う。可愛いし魔法の才能もあるし、こうして友人として一緒にいられる時間は心地いい。

 サボり気味でちょっと抜けてたり甘えたがりなところもあるけど、そういった部分を含めて彼女の魅力なんだろう。

 正直、将来彼女と一緒に人生を過ごせるパートナーさんが羨ましい。

 アリスといると、絶対に毎日が楽しいはず───


「……痛いぃ」


 でも、羨望よりも目下腹痛の問題だ。


「サクくんって意外と緊張でお腹壊すタイプなんだねぇ」

「あら、そういうことなの」

「だって、平民の若輩使用人風情はこんな豪華なパーティーで働きませんって……」


 廊下を雑巾で拭くようなポジションにいるような人間が、こんな盛大なパーティーで準備したり調理したりエスコートなんて参加するわけがない。

 パーティーは貴族の顔。

 主催者は己の権威と相手への最大限の敬意を示すために、格に見合った舞台を整える。

 そのため、雑な仕事なんてできるわけもないので、決まって一流の人達ばかりが準備を行うのだ。


「ふぅーん……まぁ、でも早いこと慣れてちょうだいね。しばらく傍付きを続けるのなら、こういう機会はこれからもっと増えるわよ?」


 リゼ様が足を組み替えて小さく笑ってくる。

 艶と鮮やかな装飾が特徴的な黒のドレス。大人びた印象がさらに強まり、少し微笑んだだけで蠱惑的な印象へと変わってしまう。

 元々お美しい人だというのは分かっていたけど、こうして着飾ると余計に目を奪われる。


「サクくん、ふぁいと! なんだったら、私がパーティーに参加しまくって練習の場を作ってしんぜよう!」


 アリスは結局、可愛らしく薄桃色のドレスを着ている。

 愛嬌ある顔立ちに明るい雰囲気だからこそ、余計に遊び心が垣間見られる薄桃色のドレスは彼女の魅力をさらに引き立たせる。

 きっと、明るく話しかけられただけで大体の男はコロッと手のひらで転がされてしまうに違いない。

 それぐらい、アリスもまた着飾った姿が大変綺麗だった。


(……冷静に考えると、こんな二人に挟まれている僕って幸せ者なんじゃ?)


 地元では中々異性との交流が薄かった僕。

 それが、今となっては両手に花……は恐れ多いけど、同じ空間にいる。

 可愛い妹が見れば、恐らく驚くに違いない。というより、未だに僕だって信じられない。明日は幸せ税の滞納で死ぬんじゃないだろうか?


「あ、着いたねー」


 アリスの言葉と共に、馬車が公爵家の入り口の前で停まる。

 流石に通行の邪魔になるから、警備の騎士様以外は人の姿はなかった。


「さて、そろそろビジネススタイルでいかないと」

「頬が引き攣らないよう今のうちにむにむにしておくんだよ」


 社交の場だからこそ、色々悩みも問題もあるのだろう。

 仲良く自分の頬をむにむにほぐしている二人を見て、密かに同情心を送る。

 すると、その時タイミングよく馬車の扉がゆっくりと開かれた。

 もちろん、リゼ様とアリスは一瞬で頬から手を離し、可憐な笑みを見せる。


「お待ちしておりました、リゼ様、アリス様」


 開けた執事と思わしき人が胸に手を当て頭を下げる。

 アリスとリゼ様は少しだけ頭を下げると、執事さんはその場からゆっくりと離れてくれた。

 僕は先に降りて足元を確認すると、離れていった執事さんと代わるように手を差し出した。


「あら、ちゃんとお勉強してきたのね」

「こんな平民がしてもいい行動じゃないと思いますけどね……」


 本当に恐れ多いんだよね……僕がお姫様方をエスコートするなんて。

 他の殿方がいれば、僕は先に向かって出迎えの準備なんかをしてたんだろうけど。

 頬を引き攣らせる僕を見て、リゼ様は先程とは違った笑みを漏らした。


「ふふっ、馬鹿ね。そんなこと考えてるの?」


 リゼ様が手を添え、ドレスを踏まないようゆっくりと降りてくる。

 これで、お姫様一人は終わり。

 あとは───僕の一番の友人で、だけだ。


「サクくん、サクくん」


 馬車の中で、アリスは明らかに分かるような満面の笑みを僕に向けた。


「私をエスコートしていい人は、っ!」


 そう言って、彼女はリゼ様と同じように僕の向けた手に自分の手を添えてくれた。

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